ひょっこりひょうたんの日誌

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天草ツアー イルカに夕日 そして海の恵み(その2-完)

この写真は、天草の天領時代の人徳のあった鈴木兄弟、そして幕末の英雄、勝海舟と頼山陽の人物像である。天候も良かったし、とてもこの4人が眺める海、4人の像の志の偉大さが思い浮かべられる。
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天草下島の海岸線は綺麗だ。そして、車の通行量が極端に少なくなる。いつも安全運転のボクにとっては好都合だ。西海岸のドライブで最初に立ち寄ったのは、熊本県富岡ビジターセンターだ。この場所は本当に田舎であるが、戦国時代から江戸初期には富岡城が築かれていた。何でこんな田舎、離島の西の外れの場所に城があったのか不思議だ、熊本市から2時間以上もかかる僻地である。でも、それは今の考え、九州のとらえ方ではないか…。島原半島~天草~長島~鹿児島阿久根を繋ぐ島々が囲む有明海、八代海を含んで九州と考えるならば、天草富岡は日本の西端であり、南蛮からの攻撃を守る拠点である。そして、天草四郎が大活躍した「天草・島原の乱」そのものが、島原と天草と連動して起こったこと事態が、現代以上に天草、島原の一体感を生み出している。そんな歴史背景を考えると九州の地、そのものへの愛着を感じる。
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次は本日の宿である天草下田温泉に到着する。夕陽の綺麗な宿、天草ジャルディン・マール望洋閣である。ホテルに着いてすぐに露天風呂に直行、しかし長風呂はしない。夕陽が落ちる時間が迫っている。すぐに屋上の展望台に向かう。館内放送でも
「もうすぐ陽が沈みます。夕陽は綺麗な展望台にどうぞ…」とアナウンスされる。確かに穏やかな海であるが、水平線付近には雲がかかっているから、海に沈む夕陽を見ることはできなかった。海が空が真っ赤に染まる風景は見ることができなかった。まあ、これも旅にはつきものだ。また綺麗な夕陽を見に来てくださいというメッセージかもしれない。
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夕食は、基本プラン+4000円の横綱プランをオーダーしていた。やはり前日の本渡のリゾートホテル[アレグリア」とは見劣りがするが、これも仕方ないことかな。穏当の九州、日本の西の果ての宿は快い眠りを誘ってくれた。
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翌日は頑張って朝ランをした。本当は海岸線を走るつもりだったが、予想に反して「山岳トレッキング」になってしまった。詳しくはインターネットで「五足のくつ」を見てもらえたらわかると思う。そのボクもネットで「五足のくつ」の解説を読んで感動した。その旅行は明治40年(1906年)の与謝野鉄幹、北原白秋などが歩いた旅行記、その中でも天草の山越え「富岡~大江の32kmを歩いたことが特に有名らしい。そのルートの往復8kmほど走ったが、とても急坂であり大変であったが楽しかった。そのお陰で朝食バイキングもおいしく食べられた。
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そして、最後は天草の教会めぐりを行う。大江天主堂と崎津天主堂巡りである。大江天主堂では、ちょうど礼拝の最中であり教会の内部を見学することはできなかった。崎津天主堂は中を見ることができた。珍しい畳敷きの礼拝堂は珍しいとのこと。異端の禁徒のレッテルが取り除かれたキリスト教であったが、この2建物ともに昭和初期の建物である。
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帰りもルートも往き同じであるが、大きな違いは「天草パールラインマラソン」の開催日であったこと。思わぬ渋滞に巻き込まれる。ボクは天草パールマラソンを走ったことはないが、市民マラソン大会の草分けであることは十分に知っている。40歳以上しか参加できない年齢制限のある大会であり、若い時の自分は「年寄りの大会」って思っていたが、その自分も60歳の手前に差し掛かっている。だから何となく愛着も感じる。来年は走ってみるか…。
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今回の旅、天草の旅は面白かった。まだまだ九州の知らないところは一杯ある。九州圏内であったら車で行ける。もっともっとガイドブックを見て新しい観光ルートを楽しもう!
by hyocori-hyoutan | 2012-03-20 23:47 | 家族

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan