ひょっこりひょうたんの日誌

hyocori.exblog.jp
ブログトップ

生きる道を問う法要 マラソン話も 生きがいつくり!

天気のよい日曜日、叔父の49日法要で田川まで行ってきた。小生の亡父は長男で今回の叔父は三男であり年齢は離れていたが、容姿がとてもよく似ていた。そして、年齢を重ねてきた近年はますます似てきていたと思っていたので、年齢順とはいいながら、とても残念に思う。また同時に、生前にもう少し親交を深めていたらと後悔の念もある。

最近は、叔父叔母等の法要で、従兄弟付き合いが増えてきた、これも自分の置かれた立場上のことであり月日の流れの早さを感じざるを得ない。そして、親戚からは自分では思っていないのだが、50歳を超えて、亡父にますます似てきたと言われる。時代が違うので、父親の50歳のときと自分を比べると、断然自分の方が若いと思うが、これも人様がどう思うかはわからない。まあ、体力は負けない自信があるけど……。

法要は浄土真宗でなので、最後に説法もあった。

”法事は、亡くなった方の偲んで、その徳を語るだけではいけない。亡くなった方を介して生きる意味、人生の意味を感じなければならない。仏教とは、もともと人の生きるべき道を探し続ける方法のひとつである……”

そのあと、会食になり、隣に座った従兄弟の夫と懇談が盛り上がった。職業は中学校の先生で、多彩な知識が豊富な方であった。

「学校教育でも道徳の欠如が問題になっているし、宗教も人の道を教えるのならば、道徳の一環として宗教的教えも取り入れていかなければならない。だから、ある面、仏教でもキリスト教でも宗教系の私立高校の方が、精神的な支柱がしっかりしており、教育が実施しやすい環境である。」……なかなか、面白い話で聞き入ってしまう。

その後は、更に盛り上がる。その人も昔別府大分マラソンに出たことがある!そんな話になった。マラソンが好きなら話題に事欠かない。先日の新北九州空港マラソンに夫婦で出たことなどの話をしていたら、2時間があっという間に過ぎてしまった。日頃、法要などは退屈することが多いが今回は、その逆で大変楽しかった。

法要では生きる道を探さなければいけないが、マラソンという生きる上での”生きがい”について話したのだから、和尚さんにも許してもらいましょう!
by hyocori-hyoutan | 2006-02-12 22:01 | ああ無常

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan