ひょっこりひょうたんの日誌

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生きがいって それぞれの心に 宿るもの…… 

サンスポコラム に「生きがい」について書いてあった。素材は、大リーガーで大活躍のデレク・リー選手とソフトバンクホークスの王監督である。

デレク・リー選手は年俸11億円の選手ながら、難病に冒されている娘のために残り試合の欠場を表明し、娘のそばでの看病を表明した。片方、王監督は胃がんの胃全摘出の手術を受け体重も15kg減の67kgになったにもかかわらず、来年もソフトバンクの指揮をとる意向を表明した。

コラムの中では江戸の国文学者の本居宣長の言葉を借りて、『人間は「生きがい」がなければ生きていけない、 人間が存在するための必然性は「生きがい」である』的なことも書いてあった。

デレク・リー選手は「家族のため」にが、生きがいであり、王監督は「野球があればこそ」が、生きがいである。二人とも金ではなく、自分自身の「生きがい」のために全てをささげている。あるいは、「生きがい」のために命を短くすることもあるかもしれない。「命」がなにより大切なことは万人の認めることであるが、「命」と「生きがい」を天秤にかける場面があるほど人間には「生きがい」が必要なものであろう。

じゃ、自分にとって「生きがい」を感じる時はどんな時だろうか?

ひとりで生きていても何も面白くない。人が恋しいから第一に頭に浮かぶことは、やはり家族のことであり、仲間友人との交流も頭に浮かぶ。そして健康も頭に浮かぶ。順番はつけられないが(つけたくない!)、「人の輪」のなかで「笑顔で健康に」過ごしたいというところかな。

「命」は時間的には有限であり、「生きがい」は空間的には無限の広がりと波及効果を生み出すのかもしれない。
by hyocori-hyoutan | 2006-09-25 21:09 | ああ無常

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


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