幸せと 愛は創り上げるもの 嬉しいよ!   

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2008年2月24日(日)には、ボクは神戸にいた。ホテルを朝10時半に出た。朝から積雪しており今冬最大の寒波襲来みたいだ。助手席にはオクさん、後ろの席にはオクさんの両親、その後ろに娘①、②の6人が乗車している。神戸のポートアイランドから六甲アイランドにかけての湾岸道路を走る。見知らぬ道だが十分に調べているから道を間違えずに、約20分で結婚式場「神戸○○館」に到着した。一日二組の挙式のみで、午前の挙式披露宴がお開きになるまで、控え室で待つことになる。
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息子の結婚式といってもまだまだ実感はなかったが、控え室では徐々に緊張をしてくる。2時過ぎにチャペルに誘導されて記念写真撮影がある。ひと呼吸のあとに挙式が始まる。バージンロードを新婦が父親と一緒に入場していく。新郎は祭壇の手前で待っている。そして新郎新婦は手を取り合って神父の前に立つ。讃美歌のあとに、神父さんの聖書引用からの説教がある。

「愛は心を豊かにしていく、そして人に対して優しくなる。人を陥れないし不正義を許さない。愛は人間のもっているものの中で一番大切なものである……。」

結婚式という晴れの舞台、正装の儀式の中で愛の尊さを再認識された。日頃の生活の中で「愛」なんて考えることはないが、普段着の生活の中でも愛に満たされて生活することは幸せなことだと……。愛は与えられるものではなく、愛は創り上げていくものだと思う。息子にも、愛を創り上げる喜び、家族のために尽くす喜びを感じて欲しい。その息子の顔を見ると、今までとは違う責任感のある、嬉しそうな顔である。親としても嬉しいものである。
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挙式が終わると、寒空のもとであったが長い白亜の階段を新郎新婦を降りてくる。未婚の女性だけが参加できる楽しい余興もあった。新婦の持つ12,3本のテープの片方を列席者の女性がもつ。新婦とつながっているのは一人だけ。その人が次の幸せを掴むというものだ。新婦が投げたブーケを掴んだ人が幸せになれる……のと同じものかな。
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披露宴の始まる前は、プールサイドでウェルカムパーティーみたいなものがある。カクテルを片手に新郎新婦と一緒に気軽に会話を楽しむ。しかしあまりにも寒い。強力な屋外用ストーブファンが回っている。そのそばは暖かく居心地がいい。新郎新婦の周りには、友人が取り巻いていて笑い声が聞こえる。それを遠くから見守るのもいいものだ。普通の結婚式の親と違うのは、デジカメを片手に撮りまくっていること。
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そして披露宴は始まる。親しい友人と親族だけのこじんまりとした披露宴だ。席札の裏には、それぞれの新郎新婦からの感謝の言葉が書いてあった。もちろん、列席者一人ひとりごとに違う。隣りのオクサンとお互いのコメントを見せ合う。そして、目を合わせてちょっと涙ぐむし、ちょっと笑顔がこぼれる。そうだ!それぞれに思いを込めたメッセージを書ける人を新郎新婦が招待することが本当に披露宴かもしれない。それが幸せなんだ。披露宴は新郎のお礼の言葉から始まる。御礼と自分の気持ちを述べる。堂々としている。やはり幸せだということが人間を成長させる。新郎新婦の紹介はプロの司会者がテキパキと上手に勧めて行く。思わず親も忘れていた逸話の紹介もあった。ウエディングケーキも二人の名前入りだ。お互いにスプーンでケーキを食べさせる儀式は、ボクたちの結婚式と同じだ。
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各テーブルを廻ってお礼を述べる。多くの友人と話をしたが、どの話も新鮮であった。高校を出て東京の大学に行ったのが19歳……それ以来もう8年も経過した。その間の息子の成長を見守って育ててくれたのは、多くの友人だ。親は親の役割、友は友の役割がある。いつまでも親にとっては子どもであるが、友の前では大人である。そして新婦の前でも大人にならなきゃいけない。でも夫婦は大人付き合いだけでもよくない。お互いに甘える支えあうことも必要かな。多くの友人に会えたのも結婚式の大きな収穫だった。デザートタイムは再び披露宴会場の外の芝生の上で始まる。ワインの飲みすぎで頬はほってりとしており、寒さは感じない。ゆったりとした,心も落ち着く結婚式であり,感激すること、この上ない。
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そして、最後は両親への花束贈呈と挨拶でお開きとなる。ここは昔の結婚式と同じである。酔っ払っていたものの、何とか恥をかかずに両家の代表の挨拶もできた。良かった、良かった。司会のプロアナからも挨拶に感激したと誉められ、大いに満足である。その後は、さらに主賓の新郎の挨拶で本当のお開きとなる。ボクの結婚式披露宴の時はしゃべる場は与えられなかったが、息子は、十分に自分の思いを述べていた。いいことである。自分で話すことは自分に責任を持つことだから。息子の結婚式に列席して、人生の駅伝というタスキを息子に渡した思いである。そのタスキは、ボクの親からタスキをもらい、わが息子夫婦に渡した。そして息子夫婦もそのタスキを次の世代に渡すであろう。このタスキリレーは、休んでも歩いてもいいものだ。途中のリタイアだけは許されない。でもタスキは渡すためではなく、タスキを掛けている、その時の一瞬一瞬を大切にして欲しい。ボクもタスキを渡したとはいえ、まだまだ、君たち夫婦と一緒にしばらくは走り続けていくよ!

by hyocori-hyoutan | 2008-02-29 08:37 | 家族