カテゴリ:ああ無常( 82 )

昨年を 振り返って 出来はマアマア

あけましておめでとうございます。
まずは新年のご挨拶…でもその前に昨年を振り返っていなかったので、
ちょっと振り返ってみる。昨年の私事中心の10大ニュースは考えてみた。

◎阿蘇100km、防府読売マラソンともにリタイア…記録なしの一年
◎健康に注意していたが、生活習慣病で毎日薬を飲む生活に…
◎孫に会うため、東京や大阪に頻繁に出かける
◎新しい治療、気術師療法で足は軽快に
◎4月に異動で、スポーツ施設運営管理セクションに復帰
◎ipad2の購入でますますPCの深部にはまり込む
◎糖質カット食事療法を継続中
◎真珠式記念、ちょっと遅れたが思い切ったプレゼントを
◎東京マラソン、大阪マラソンに連続落選、オクさんは連続当選
◎指定管理施設の公募…企画書を気持ちを込めて完成…結果はマアマア

by hyocori-hyoutan | 2012-01-01 23:29 | ああ無常

三連休でも 休みは1勝2敗 これも満足

三連休といっても日曜日だけ休みで、土曜と月曜日は仕事に出かけた。木曜日からは東京に行く予定だからね。その前に片づけなければいけない仕事は一杯…。休みの日に出かけて仕事すれば2日分以上の仕事をさばくことができる。その成果であるが、2日間のサービス勤務で明日、明後日はゆっくり過ごせるか。たまった仕事はなければ、余裕を持って電話応対もできる。資料の修正にもあわてずに取り掛かれる。いい天気三連休であったが、仕事をこなしてもそれなりの充実だった。明日の仕事と言いながらもう深夜2時だ。早く寝よう。このままじゃ仕事が片付いてといっても勤務中に居眠りをしちゃいけない…。

by hyocori-hyoutan | 2011-10-11 01:50 | ああ無常

暑い8月 孫が来る夏 頑張って乗り切ろう!

明日はお寺で施餓鬼法要が営まれる。しかし、こっちは仕事で出席できない。だから今日の夕方にお寺に出かけ、お布施を預け墓に花をお供えして帰宅した。この時期にはいつも思う。1年が早いこと。あと2週間もすればお盆である。仏壇があって仏様を祭っている以上お盆は家にいるものだ。そんな感じでずっと家にいた。今年は、仏さんがお盆で家に帰ってきても一緒に遠出をしようかと思っている。遠くから息子たちが帰ってくる。孫や息子嫁さんにも家にいるだけじゃ面白くないだろう…と思って遠出を計画している。お盆の特別料金の宿であるが大奮発だ。少々高くても思い出を作るには今しかない。

それまであと2週間もない。なんとか仕事の片づけをして、思う存分休みたいものだ。夏季休暇もまだゼロだ。あまり愚痴りたくないが仕事に関しては運がない。常に忙しいところばかり動いている気もする。半分以上は、自分が忙しくしている分もある。今までの資料でいいものを、全部新しく作り直すのが自分の癖だから仕方なし。仕事は好きではないのだが、手抜きも嫌い。凝り性なのは仕方なし。

あわただしい夏、楽しい夏、暑さを楽しむ夏、いろんな夏が次から次に押し寄せてくる。

by hyocori-hyoutan | 2011-08-01 21:40 | ああ無常

パワハラ セクハラ すみにくい社会にはしたくない

職場の研修を受けてきた。パワハラやセクハラ、それに職場での心の病…などの研修が主体になっていた。セクハラは一番世間の認知度が高いと思うが、ボクの場合は家ではオクさんに従い、職場でも女性を尊重しているので少し無縁かな。それでも酒を飲むと一変する可能性もあるが、幸いにもボクはひたすら酒を飲むことに専念するタイプ、だから色気の方には進まない。

パワハラといえばボクも苦い経験がある。上司から無視されたこと、上司から徹底的にいじめられたこともある。それも、ボクの反抗的な行動が招いたかもしれないが、倍返しの仕返しを受けたこともある。さすがに権力を持ったものが、力づくで押さえに来たら太刀打ちできない。夜の熟睡が出来ず、寝たと思っても朝方3時くらいから目を覚ますこともあった。そんな経験があるからパワハラは大嫌いだ。

昔のことわざにもあったかな…
「旅人のコートを脱がせようと思ってどんな強風を起こしても駄目、脱がせようと思ったら太陽の光を一杯差し込んだら、旅人は自分で脱いでしまう」

職場の人間とうまく行きたいなら、力づくでなく優しさを持って接すれば、自ずと我が懐に入ってくるものだ。ただ怖いのは優しくすればいいと思っても、一人よがりは駄目、優しさの押し売りもだめ。その按配が難しい。だからこそ、そこに人を見る目や人徳が入ってくる。こんなことに長けるには試練を経験するしかない。若い時の苦労は将来の財産だな。そんなことを感じた研修だった。

by hyocori-hyoutan | 2011-05-25 22:03 | ああ無常

ケーキ土産 久しぶりに思いつき まさかのダブり

今晩は走れない。立食パーティだ。せっかく3,4日間の走りこみで若干の調子が上向き状態を今晩の暴飲暴食で元に戻ることは避けたい。知り合いのところだけ、水割り片手にあいさつ回り、その隙に好きな寿司やカレーを食べる。少しづつだけ…なんで立食パーティで寿司やカレーを食べるのか自分でも分からない。そうしていると1時間が過ぎ去る。まだお開きまでは時間があるが、自分的には満足になり、受付テーブルにそっと名札を戻し、クロークで朝ランでちょっと汗臭くなったリュックを受け取り家路につく。

とことこと歩いて蔵本のバス停にたどり着く。都市高速経由のバスに乗れば10分足らず家の近くのバス停にたどり着いた。今日は酔っ払っていない、足取りもしっかりしている。変な自信である。そこで、いつもの自転車やランニング通勤では出来ない家族サービスを思い出す。バス停そばのジャスコに寄り道をして、その中の「赤い風船」でケーキをお土産にする。ついでに、入口付近のパン屋でも適当にパンを買い込む。意気揚々と歩いて我が家に到着である。

「ただいま、今日はお土産があるよ!ケーキだよ」
「へい、ホント?珍しいね」

妙な間が流れる。

「今日のケーキは2箱めだよ。お姉ちゃんが天神に行って買ってきたケーキもあるよ」
「エー、ホント!せっかくいい事をしたと思ったのに…」
「いいよ、今日はお父さんが買ってきたケーキを先に食べよう」

と言うわけで妙な雰囲気から打ち解けた雰囲気に変わる。久しぶりのいいことは、なかなか予定通りにはいかないものだ。ボクはケーキを食べる前に、早めの帰宅でちょっと物足りなくなったので、焼酎のロックをちょっと1,2杯飲んでケーキを食べることにしよう。
ところで、土曜日の天気はどうかな…。

by hyocori-hyoutan | 2011-04-21 21:09 | ああ無常

元気を贈る 西日本! これからはそうありたい 

いつの間にか年度の表記の仕方が変わってきた。昔は昭和60年、平成6年などのように元号に基づく表示が日常生活や仕事の中でも統一されていた。でも最近は元号よりも西暦表示が中心になってきた。これも昭和から平成に時代が移ったせいかもしれない。

ボクたち世代にとっての元号と西暦表示の融合点は、1964年=昭和39年である。この年は東京オリンピックの開催年である。ボクも小学校6年生…これで全ての事象を整理する癖になっている。「昭和の年号に25年加えたのが西暦だ」とか、「君は東京オリンピックの年は何歳だった?えー小学1年生、じゃボクより5歳若い」とか。

そして平成元年が1989年ということもボクの頭に刻み込まれている。この年はボクの長い仕事の上でも忘れられないのが「福岡シティマラソン」の開催年だったこと。若かりしボクが全力で達成した仕事だから覚えている。当時ボクは36歳だったかな。この平成の覚え方は「平成の年号に88年加えたのが西暦」ということになる。でもボクの年齢的には、敏感な昭和から鈍感な平成に移ったせいかもしれないが、若干混乱して分からなくなることもある。これも仕方ないことかもしれない。でも、今年は西暦と平成をつなぐもう一つの大きな事件があった。平成23年に88年加えて2011年の今年…東日本大震災のあった年であること、これもあと10年、20年たっても忘れられない出来事であろう。

幸いボクは西日本に住んでいる。悲惨な状況はテレビや新聞、雑誌を通してしか知らない。温度差はあるので、今年の花見は開催されるであろうが、やはり例年の5割、6割になるだろう。今も大変な生活を強いられている東北3県や東日本は大変だから心情的に遠慮する。でも西日本が心情的に自粛していてもしょうがない。出来るだけ活発に生き生きと生きていかなければいけないと思う。今年はまだ3月である。1年は長い、12月までには元気な日本の半分くらいは復活しなければいけない。今日はそんなことを思った。

by hyocori-hyoutan | 2011-03-30 22:09 | ああ無常

上を向いて歩こう 涙がこぼれない ように…

もう娘②が我が家に疎開して一週間がたった。我が家に関しては賑やかになった、孫の笑顔が微笑みを生む…そんな感じの一週間である。テレビをつけても少しづつであるが通常の番組に戻りつつある。でも例年の3月下旬は新番組のPRのためのバラエティ特番が組まれているが、今年は被災地、日本を盛り上げよう、頑張ろう的な番組も多い。特に目に付くのが歌番組だ。「歌は世につれ、世は歌に連れ」と言われるように歌は大きな力を発揮する。

自分の人生を振り返っても、大きな人生の分かれ道には歌がかかわっている。どうしようか迷った時に、ラジオから流れてきた歌に救われたこともある。ボクが23歳の時に聞いた「22歳の別れ」は忘れられない。20歳の時の「旅の宿」も忘れられない。まあ、どっちも心の痛手を負ったときの気持ちと妙な一体感がでた。

被災地には、悲しみにくれる共感の歌、もしくは元気を与える歌…両方が必要であろう。前を向いて歩くのはつらいが歩くしか道がない。座り込むにはあまりにも寒すぎる。走るほどの気持ちの高まりもない。やはりしっかり腕を振って歩くしかない。今日のテレビ番組のタイトルは「上を向いて歩こう」だった。日航機事故で亡くなった坂本九の名曲であるが、このタイトルの重み、この言葉のメッセージはとてつもなくでかい…そんな気がした。

by hyocori-hyoutan | 2011-03-27 21:36 | ああ無常

震災のあと スポーツの力 これから試す時

3/19(土)で今年度の最後のスポーツイベントが終了した。子ども対象のイベントであったから震災に伴う自粛の声は上がらなかった。朝早くから半旗を掲揚した公立体育館に次から次に集まってくる。参加したチームは100チームにもなる。マナーはどのチームもいい。少年スポーツ指導者も年々資質が向上してきていることを感じる。

震災によるスポーツイベントは自粛の傾向が強くなったが、プロ野球はパリーグの開催延期と予定通りのセリーグ、選抜高校野球は予定通りの実施である。Jリーグも中断のままである。もちろん、施設の崩壊による物理的にもできない状態と自粛は訳が違う。それに電力事情の悪化が複雑に絡んでくる。

実施と自粛の仕分けのポイントは、興行的なものは中止、教育的なものは決行というところであろうか。プロ野球の実施で震災に痛んだ国民を盛り上げていこう…という気持ちは分かるが、プロ野球はあくまでも興行であり人心が沈んでいる時には、開催には無理があったのかな。天下の読売巨人軍が開催延期を決定したのは時代の流れのせいか。

それともう一つ、星野監督がプロ野球の監督官庁の文部科学省に注文をつけたのは痛快だった。
「セリーグが開催決定をしたあとに、予定通りの開催はいかがなものかと言うのはおかしい。決定の前に言えばよいことだ」そうだよな、国民やマスコミの雰囲気を感じ取った上で発言は「後出しOK」みたいなものかな。

原発問題の不安が継続しておりまだまだ予断は揺るさないが、少しづつ明るい方に進んでいこう。自分に何が出来るのか…いつも悩むところは同じだ。被災地の力になることをボクも考えていこう!

by hyocori-hyoutan | 2011-03-20 20:37 | ああ無常

東日本大震災 はかない人間 でも強く強く

東日本大震災が起きて、自然の力の凄まじさを思い知らされた。

宇宙の果ては今の人間の英知ではわからない。
宇宙そのものも、ビッグバンで生まれたのか。あるいはビッグバン以前は宇宙がなかったのか…。
宇宙は無から生まれたのか…。わからないことばかりだ。

逆にミクロの世界もわからないことばかりだ。
分子があって、原子があって、電子と原子核までは教科書の世界だが、
その最小単位の素粒子云々からはわからなくなる。
そして、今は宇宙のこととミクロのことが合体して、宇宙の普遍的な法則を見つけようとしている。

そんな人間の科学を追求していくと、地球なんて宇宙からみれば小さな星にしか過ぎない。その中に生きる人間も淡い小さな生き物に過ぎない。ちっちゃな地球の中の浮遊物みたいなものだ。いくら文明が進んでも、地球の内部のことはわからない。火の玉のみたいな地球の、その薄っぺらい表皮にしがみついて生きていくしか方法がない。だから火の玉の中味がちょっと揺れると表皮にシワがよったり、破けることもあるかもしれない。それに対処する方法は、表皮にへばりついている人間には残念だけどできない。

あと40億年もたてば、宇宙に生きる惑星の宿命で地球が爆発、消滅することを避けることはできない。その前に大きな隕石の塊が海に落下すれば、数百メートルの津波が地球の陸地に一瞬のうちに押し寄せてくる。

未来は不確定だ。人間の歴史なんて地球の歴史から比べるとほんの一瞬にしかすぎない。いわんや一人ひとりの一生なんて事象には残らない。まさに人生は無常である。そんな地球の浮遊物みたいな人間だから消えてしまってもしかたない。

でも、でも、人間は、われわれは、自分は精一杯生きなければいけない。一瞬の人間の歴史ドラマ、人間が滅亡すれば誰もわからなくなる人間ドラマの1ページ、一行、一字にしか過ぎなけど…。生を授かったものは、望まない死を受けたものの分もたくましく生きなければならない。

やけっぱちになってはいけない。この世の中、あるいはこの宇宙においても無限のものはない。全て有限のものばかりだ。有限、限界があっても全力を尽くすのが寿命をもっている人間全ての任務と思う。

訳のわからないことが、頭の中を堂々巡りする。東日本大震災に直面しても、われわれは立ち上がり生き続けなければいけない。意に反して亡くなられた皆さんに心から哀悼の意を表わすとともに強く生きることの
宣言する日にもしなければいけない。

by hyocori-hyoutan | 2011-03-14 23:08 | ああ無常

雨降れば 列車に乗って ルネ行き快速

朝は自転車で通勤したが、夕方からは雨の予報だ。用心のため雨天用ジャケットを着て自転車を漕ぐ。そして案の定、帰宅時間の30分前から雨音が大きくなる。雨合羽を持って来たのだから、そのまま自転車に乗って帰ってもいいが、ルネに寄るとルネ帰りの服がなくなる。仕方なく、地下鉄、西鉄宮地嶽線を乗り継いで西鉄香椎駅で降りる。ここまで来れば、ルネまで徒歩5分の距離だ。この地区は香椎地区再開発地区だ。荒涼とした更地に立派な道路だけが出来ている。いつも車でルート3号線から見ているが、歩いてみると再開発地区の広さを改めて感じてしまう。

結局、ルネにはチャリで飛ばした時と比べても5分ほど遅く着いたくらいだった。ルネのトレッドミルは大賑わいだった。最近は、トレーニングしている人よりもトレッドミルで走っている人の方が多いような気もする。スポーツクラブ内でのランニング熱が再燃したようだ。ランニングマシンの使用時間記入ボードに終了予定時間を書き込む。「20:00」と書いた。さあ、これから1時間半の間は無の境地でひたすら走り続けるだけだ。幸い、隣の隣に先日の別府大分毎日マラソンを完走した女性ランナーも走っていた。日曜日にフルを自己新で走って、今日の火曜日には、もう15km以上もトレッドミルで走っている。脅威のスタミナ、筋肉の強さに度肝を抜かれる。こっちは、いくら練習をしても速くも体重減にもならない。ひたすら現状維持のための戦いが日々続く。

それでもこっちもノルマの15kmを達成した。汗びっしょりになって控室に向かう。すると早い時間に帰宅したと思っていたウチのオクさんが、まだ談話スペースでお話をしていた。相手はさっき述べた別大女性ランナーである。ここで、ボクもしばし談話に加わる。

最後に、帰ろうとしていたオクさんに一言…
「今日は自転車じゃない。雨だから電車で来たよ。さあーとシャワーを浴びてくるから待っていて!」
「いいよ。マッサージチェアーに座っているから」
ということで、雨の中を傘を差し歩いて帰る煩わしさから逃れられた。たかが1kmくらいの距離であるが、マイカーでワイパーをまわして帰るのは快適だ。

今日は徒然なるブログでした…。

by hyocori-hyoutan | 2011-02-08 22:52 | ああ無常