ひょっこりひょうたんの日誌

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カテゴリ:ああ無常( 82 )

まさかの月間400kmにリーチを賭けた!今日も快調に8km×2回の16kmトレッドミルを昼間に達成した。夜もルネサンスに行けば400km突破の予定であったが、夕食のお好み焼きにつられて休養にした。ルネサンスに行かないと夜は長い。HDDレコーダーの説明書や雑誌を読んであっという間に時間が過ぎていく。

HDDレコーダーを購入して一ヶ月以上になったかな。案の定、使用方法はまだまだマスターしていない。マニュアル本は1ページ目からきちんと読まなきゃいけない方だから、まとまった時間がないと読む気がしない。だからルネサンスから帰って夜の10時過ぎていたらもう読む気がしない。それにチャンネル権は娘やオクさんにあるので、テレビ視聴が優先である。HDDレコーダーをマスターしようとしたら、夜の12時過ぎなきゃ出来ない。でも眠たいからその時間からはしない。

それにしても分厚いマニュアル本だ。くたびれるし面白くない。娘達はマニュアル本を読まずとも留守録など上手に使いこなしている。こちらは、昔のビデオデッキのバーコード予約時代から進歩していないから、HDDレコーダーの録画時間の長さや予約の簡単さには驚きだ。

せっかくヤフーオークションで購入したベーターデッキが、再び故障しないうちにDVDにダビングしないといけない。本当に……。
by hyocori-hyoutan | 2008-05-29 23:17 | ああ無常
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朝から雨であったが、昼前には雨も上がった。家のそばの桜並木に散歩に出かける。二日酔い醒ましで歩く。もちろん、デジカメも右手に携えている。少々の雨にもまだ桜は散っていない。今年もバタバタして花見には行っていない。せめて、朝の散歩でつかの間の花見を歩いて済ませる。今週末には風情のあり桜吹雪の花見は楽しめるかな……。昼からは仕事、遅れずに出かけよう!
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by hyocori-hyoutan | 2008-04-07 11:27 | ああ無常
彼岸の入りである。今日はたまたま休みであり、お寺の春彼岸法要の日とも重なった。いつもお寺で開かれる法要には仕事の関係で参加できないことが多いが、今日は参加できる。朝一番にお寺に行って墓掃除である。黄砂の影響と思われる砂が墓石を薄く覆っていた。いつもより丁寧に掃除する。墓に来たのは、先月の息子の結婚式前に墓参りに行った時以来であったが、墓に置いてある湯呑みの水は半分ほどに減っていた。そして、近所の花屋で買った柴や花をそえる。

そして、午後1時から開かれる法要には、すこし遅れて参加した。お寺の講堂は約70人の檀家の人で満員の状態である。平均年齢は70歳は越えている。約1時間の法要の間、故人の俗名も読み上げられる。もともと生まれ育った土地にあるお寺だから、ボクの子ども頃に知っている大人の人の名前も多く出てくる。そうだろう、ボクが子どもの頃といえば昭和30年代だ。そのころの大人で生きている人も少なく、物故者に名を連ねてきている。時の流れはある面では残酷なものである。

暑さ寒さも彼岸まで……という言葉通り、今日はお寺の講堂の開き戸を開けていても、全く寒くなく外の風も気持ちが良かった。毎日健康で暮らしている事のありがたさを、お寺の法要にいくたびに感じさせてくれる。また、来月にお参りに来ますので見守っていてくださいね……。
by hyocori-hyoutan | 2008-03-18 22:42 | ああ無常
本日は休みの日、週末には大きなセレモニーがあるので、髪切りにいつもの理髪店に行く。ボクは、20歳代後半から民間の理髪屋に行ったことがない。職場の福利厚生施設の理髪店に行っている。格安だし気心が知れているので楽しく通っている。

スポーツ刈りの得意なおばちゃんだ。手際よくバリカン、はさみを上手く調和してあっという間に刈り上げていく。こっちはいつも「お任せコース」だから、気持ちよく居眠りをして気がつけば男前に出来上がりだ。マラソンレース前ならば、「勝負カット」を頼んで、超短めのスポーツ刈りをお願いしていた。そして今は、髪の量は幸いなことに昔のままであるが、髪は黒から白が目立ってきたので、「遊びで染めてやるよ!」と言われて、いつもサービスで髪を染めてくれる。だから時間も他の人より長めになる。可愛がってもらった。一時期ご無沙汰した時もあったが、久しぶりに行っても、髪の癖までしっかりと覚えてくれていた。

そんな思い出の理髪店だが、時代の流れが押し寄せてきた。福利厚生施設としての理髪店の廃止の決定がなされた。今年の3月末で閉店になってしまう。今日を含めて2回しか行くことがないだろう。地下にある理髪店、約束の時間に遅れたら怒られるので、慌てて階段を駆け下りていったことも思い出である。

今日はお土産に、苺大福を持っていったが、逆に髪櫛、耳かき、美味しそうな若布のお土産まで頂いた。ありがたいものである。月一回の理髪店、気心が知れてはじめて落ち着くもの。ボクの人生にとっても大切なもののひとつであった。寂しい限りである。

帰り際に,おばちゃんが色紙を出してきた。今までの顧客だった人に寄せ書きをして貰っているとのこと。ボクも早速寄せ書きをした。
”お任せで 理髪で居眠り 男前”
by hyocori-hyoutan | 2008-02-20 21:52 | ああ無常
昼過ぎから福岡市博物館に出かけ、開催中の鑑真和上展をじっくり見学してきた。昔の高校の歴史教科書に必ず載っていた鑑真和上座像も展示されていた。もちろん国宝である。1200年以上も前に制作されたものであるが、写実的に画かれており時の流れを超越して存在していた。
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それ以外のものでは、国宝の仏像(梵天立像……)も多数出展されていたが、博物館で見るのではなく、唐招提寺で見てこそより価値があるような気がした。奈良には高校の修学旅行以来行ったこともないが、2009年秋には唐招提寺の平成大改修も完了するという。その時に唐招提寺に行ってみたくなった。
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「1200年の時空を越え 吾に語る 人の道」
by hyocori-hyoutan | 2007-08-25 22:10 | ああ無常
今日は、大学の2年先輩の通夜に行って来た。先週の火曜日に見舞いに行った時は、それ程急に悪化するとは思っていなかったのだが、癌とはいえ、あまりにも突然な死という気持ちになる。残された奥さんと僅かな会話をするが、慰めることばも浮かばない。先週のお見舞いの時に届けていた、大きく拡大した先輩の応援団時代の写真のお礼を言われた。病室がとても明るくなって本人も喜んでいたとのこと。励ましのつもりで贈呈したのであり気持ちが伝わっていたことが嬉しかった。

年齢の近い先輩の死は、人の命が儚いことを痛感させられる。きっともっと生きていたいという気持ちは強かったと思うが、余命を宣告されて生きていくことも辛かったのでは……とも思う。人間はいつかは死ぬのだが、いつ死ぬかは知らされていない。だから、毎日を穏やかに過ごすことができる。反面、生きていくことを嘆いたり他人を憎むことも平気で行う。年を重ねるにつれて老成しなければならないが、いつまでも生は限りなく続くようなノンビリとした考えが支配的である。

訃報の連絡で、昨晩は久しぶりに同期の仲間達に電話を入れた。みんな元気にしていた。
OB会名簿に連絡先電話も掲載されているのだから、時々は連絡すればいいものを、ほとんど連絡したことはない。3年毎にある同窓会で会うくらいである。その同窓会を欠席すれば10年以上あわない仲間もいる。そんな仲間に電話しても近況を少ししゃべるくらいで、訃報の連絡だけで電話は終わってしまう。今の生活を一生懸命生きるのもいいが、過去の生き様、特に若い頃の学生時代を振り返るのもいいもんだ。過去を振り返って楽しめるなんて人間だけの特権かもしれない。

先輩の死によって、改めて生の尊さと貴重さを再確認した。死後の世界なんて考えない方だから、なお更のこと逞しく、一日一日を大切に過ごし、長い人生の一コマ、一コマで出合った人を大切にしていかなければならない。「一期一会」の貴重な出会いだから……。

                                               合掌
by hyocori-hyoutan | 2007-07-16 23:38 | ああ無常
今日は叔父の17回忌、祖母の50回忌の法事に出席するため、本家のある直方に出かけた。三部経の読経が約1時間あった。その後、和尚さんの訓話をお聞きすることが出来た。

人間はひとりで生まれ、ひとりで死んでいく。
そして、ひとりで来てひとりで去っていく。
代わることはあることがない。

「ひとり」は一人、二人ではなく、仏教のことばの「独り」を充てる。
数えることのできる「ひとり」ではなく「己自身の自分」を指す。(オンリーワンかな?)

そして「あることがない」も仏教の言葉である。
八百屋さんで大根を買おうとして売り切れていたら、単に「ない」である。
そして、魚屋さんで大根を買おうとしたら、魚屋さんは「あることがない」と言う。
つまり、魚屋さんでは、大根は売り切れでなく昔から売ってないのだから「あることがない」と言う。

独りで生まれ、独りで死んでいく。独りで来て去っていく。
独り(オンリーワン)だから、誰とも代わること決してできないもの。


そして、話の最後には……

そのように人間、独り独りは代わることができないもの、大切なものである。このことは親子の間でも同じである。「頑張りなさい」や「期待している」は、親の考えの押し付けもあり、期待を裏切った時の落胆もある。親子の間でも「応援をしているよ」程度でいいのでは……。

独りの生き方は独りのものだから……


いい話を聞いた。聞いた以上は実践しなければ……。
by hyocori-hyoutan | 2007-06-30 22:13 | ああ無常
昨晩(27日)は、今年最後の忘年会であった。飲みすぎた、話題が盛り上がった、お湯割りを飲みすぎた……。

飲んだ仲間は昭和末期から平成にかけての職場の仲間であった。もうリタイアしている先輩も参加して7人の飲み会であった。ちょうどいい人数である、話題が一つになって盛り上がるからね。

元中学校校長先生も参加したが、その子ども達(3人)の逞しい成長の話を聴いて、大いに盛り上がった。双子の一人は、先日の都道府県高校駅伝の監督として名門高校で指導している。もう一人は、中学校の体育先生として父親の跡を継ぎ生徒指導に熱血漢を発揮している。そして三男は競馬に連れて行ったことがキッカケになって馬に興味を持ち、オーストラリアに一人で競馬の学校に行き、今は調教師として活躍をしているとのこと。

ボクの尊敬する元中学校校長先生でしたが、その子ども達が人生を熱く生きている話を聴いてとても楽しかった。

駅伝部の監督は、層の厚さでは全国でも特出していたが3位を狙っていたが、大会直前に体調崩した選手が出たため、そのオーダー編成に頭を悩まして、思うような成績が出なかった。

中学の体育先生は、父親譲りの生徒指導で熱血振りを発揮しているが、現在は中学校への厳しい社会の目、親の目があって思うように出来ないが、敢えて自分の信じる指導方針を貫いている。

調教師は、朝早くから馬と付き合っているが、馬が好きでないとできない仕事らしい。そして、先日は初めて重賞レースに勝ち、調教師の苦労が報われたとのこと。そして、その高給にはビックリであるが、やはり好きでないと出来ない職業であるね。

そんな楽しい話を聞いたもんだから、酔っ払ってしまった。帰宅に乗ったバスのなかで爆睡してしまう。終点のバス営業所で、運転手さんに起こされてしまった。それから歩いて我が家まで歩いて帰ったが、酔っ払いの足は遅い。あっちこっちによろよろと……、それでも無事に家に戻る帰路は記憶も途絶えたが、帰宅本能は立派であった。
by hyocori-hyoutan | 2006-12-29 01:07 | ああ無常
勤労感謝の日の雨、天気予報は荒れ気味の雨だったが、単なる雨だけの穏やかな日だった。住んでいるマンションの前の道は、紅葉の綺麗な通りである。夕暮れの中に夕陽に照らされる輝いた紅葉の木々も綺麗だが、秋雨に濡れる鮮やかな木々も風情がある。
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この街に住み始めてもう18年になる。当時幼稚園に行っていた娘②は、背が低くてエレベーターの8階のボタンも押せなかったが、今はもう社会人になっている。月日は流れて日々生きている人間は、成長し衰えてきているが、街並みの緑はまだまだ成熟し続けているみたいである。
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せっかく住み始めた街であり愛着もある。ランニングコースにも恵まれているし、住環境は気に入っている。何といっても自分が気にいっている街に住むのは楽しいものである。この緑のようにいつまでも四季に応じた輝きを保っていたいものである。ホント!
by hyocori-hyoutan | 2006-11-23 22:28 | ああ無常
夏が過ぎ秋が来る。その秋といっても、夏の残像が色濃い秋と、重ね着が気持ちよく、風の冷たさを感じる秋がある。

今日は、後者の秋であった。久しぶりにルネサンスが休みにもかかわらず、夕暮れランに出かけた。走るメンバーは夫婦の二人である。相棒の手には花束を手に持っている。飲酒運転による幼児3人死亡交通事故から今日でちょうど1ヶ月であり、海中大橋方面に走り始めた。

事故があってから、これまで一度も事故現場の歩道を走っていない。悲惨な事故現場を走ることに躊躇していたし、まだ生々しい風景を見たくない気持ちであった。そして、今日初めて事故現場まで走った。

現場には大きなぬいぐるみ、花、おもちゃ等が供えられていた。花束を添えて手を合わせ冥福を祈る。「もうすこし車がづれて橋の柵に衝突していれば、鉄柱にぶつかり海への落下は防げたかもしれない……」と思う。過去にさかのぼることが出来ない現実にぶつかる。

事故から月日が経ち、周りの人たちも日常生活に戻っていく中で、残された両親は元の日常生活(親子5人の生活)に戻れない悲しさが日々深まっていると思うと、その悲しさ、空しさは我々には及びもつかないものだろう。 合掌
by hyocori-hyoutan | 2006-09-25 21:50 | ああ無常

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan