ひょっこりひょうたんの日誌:阿蘇カルデラスーパーマラソン
2013-06-11T06:59:36+09:00
hyocori-hyoutan
マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。
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一週間遅れ 阿蘇の完走記 愚痴ばかり
http://hyocori.exblog.jp/20353930/
2013-06-11T05:58:00+09:00
2013-06-11T06:59:36+09:00
2013-06-11T06:59:36+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
朝5時にスタートした100㎞のランナーが次々と波野の中間点にやってくる。雨のため応援者は例年より少ない。11時にスタートする。目標は7年前の2006年の50㎞タイム、5時間11分。参考までに下記の通過タイムに7年前との比較をしてみる。53歳と60歳の年齢差はあるが、7年前の自分と戦うつもりであった。でも結果は散々であった。本当に50㎞で良かった。50㎞でも100㎞のキツサを十分に味わった。良かったのは10㎞の下りまで…。あとはアキレスの痛みでじり貧となる。走っても走っても抜かれるばかり。知人からは「体が傾いているよ」と抜かれながら助言を受ける。もう修正出来ない。だらだらと走り続ける。
そして木場牧場の中に入る…上りが続く。今年思うことは、若い女性が圧倒的に増えたこと、抜かれながら自分の走力のなさを痛感する。雨のため10m以上も続く水溜りの中を、道端に避けることもせずバシャバシャと突っ込んでいく。象ヶ鼻の下りを終えて最後の9㎞あまりの平坦な道になる。時計を見ると6時間切りが大きな目標になる。最後は何とか6時間を切ることができた。過去最低の記録…。やっぱしアキレス腱痛を徹底的に治さないととダメである。ゴール後は特製テント内での完走パーティに参加する。缶ビールの味もほろ苦い。思うは100㎞じゃなくてよかっただけ。毎年、年賀状は阿蘇の完走記を載せているが、今年は載せられないな…。翌日の疲労感は100㎞と比べようもない。筋肉痛もそれほどじゃない。アキレスの痛みのために筋肉へのダメージはそれほどではなかった。さあ、これからのトレーニングはどうしようか?しばらくは休養とランニング以外のトレーニングメニューを模索しよう。]]>
阿蘇カルデラ 前日現地へ 豆腐がうまい
http://hyocori.exblog.jp/20350518/
2013-06-09T22:52:00+09:00
2013-06-10T14:45:33+09:00
2013-06-10T14:45:33+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
豆腐中心の定食をいただく。特にうまかったのは厚あげ(メニューでは生あげ)である。特大である。甘味の強い醤油をぶっかけてかぶりつく。食べごたえあり…豆腐大好き人間のボクにはうれしい昼食だ。さらに阿蘇内牧に向かう前に、もう一つ寄り道だ。ミヤマキリシマもちらほら咲いている牧ノ戸に行ってみる。牧ノ戸から上って10分程度の東屋まで行ってみる。雨上がりで山が綺麗だ。遠くの由布岳もくっきりと浮き上がっている。今日の登山はここまで。明日は阿蘇カルデラだし、足は使わないようにしておこう。]]>
今年は50km 阿蘇の大地を 上って下るルンルンで
http://hyocori.exblog.jp/20278638/
2013-05-27T21:25:00+09:00
2013-05-27T21:41:10+09:00
2013-05-27T21:38:16+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
最近のランでの特徴は、カカト着地重視の徹底、足底の進行方向に向いた着地に気を使っていること。そのことでラン後のアキレスけんの痛みが軽減している。常に痛くなる状況を回避していけば、完治への道が見えてくるかもしれない。最近はレース参加は阿蘇だけしかない。その阿蘇が身近に迫っても平常心なのは、心が枯れてきたせいかもしれないが、結果への目標値は結構高くて、10年前と一緒でみたい。
これからあと5日ほどで阿蘇を迎える。ゆっくり寝て朝11時のスタート。苦しいけど楽しさも一杯の阿蘇50㎞である。]]>
阿蘇100km ではなく50km 違った楽しみ味わおう!
http://hyocori.exblog.jp/19492189/
2013-02-28T21:41:00+09:00
2013-03-01T20:41:50+09:00
2013-03-01T13:59:15+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
当日までにしっかり練習を積んで本番では快走したいものだ。唯一の心配は50kmエントリーの気楽さで、練習をサボりぎみになることくらいかな。ともかく、ここ6年くらいは毎年100kmにエントリーをしていたので、後半の50kmは道中の苦しさしか記憶に無い。でも50kmエントリーでは余裕をもって景色を楽しみながら走ることができるのが嬉しい。
それに、波野中継所で100kmトップやサブテンランナーを座り込んで応援できるのも楽しみだ。もうあと90日に差し迫った。本当に一年の年月が過ぎ去るのは早いものだ。]]>
阿蘇カルデラ もう50kmで 勘弁して
http://hyocori.exblog.jp/19305710/
2013-02-18T20:25:00+09:00
2013-02-19T15:34:57+09:00
2013-02-19T15:34:57+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
だから、今年はエントリーをしたが、参加料は11,000円である。50kmの部である。これからの目標は70歳まで50kmの部にエントリーをし続け、時間内完走をすることにしよう。申し込みはいつもの様にセブンイレブンでの申し込みである。とりあえず納期限が2月28日(木)になっている。何があるかわからないから、納期限いっぱい待って振り込もう!]]>
関門と己と 壮烈な戦の 阿蘇カルデラ(5)
http://hyocori.exblog.jp/18110746/
2012-06-16T22:10:00+09:00
2012-06-16T22:15:47+09:00
2012-06-16T22:10:42+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
ともかく84km関門まで頑張る。走らないと関門までの貯金はあっという間に使い果たす。周りのランナーから抜かれることはどうでもいい。自分との戦いに集中する。絶好調の前半、リタイアを覚悟した70km付近、そして、今は必死に踏ん張っている。何のためわからないが、50歳代最後のチャレンジのためか、多くの仲間とツアーを組んで参加して勇気をもらっているためか、完走証に添付される自分のゴール写真が欲しいためか、完走メダルが欲しいためか…いろんなことが浮かんでは消えて次の考えが浮かんでくる。牧場の中に入ってダラダラ上りは続くが、走りと歩きでキロ9分くらいのペースは維持している。何とか84km関門閉鎖は通過できそうだ。ここを通過すれば、目標の92km地点までは走れる。すると不思議と笑顔をこぼれ始めた。厳しいのは続いているが、完走確率5%から40%くらいに上がってきた喜びかもしれない。
84km関門通過、閉鎖の12分前である。距離にして1.4kmくらいしかない。もうトイレ休憩の時間ももったいない。エイドステーション休憩ももったいない。ひたすら走るのみである。92kmまでは400m近い急坂下りが待っている。不得手な下りをどう克服するのか。歩いたら92kmで閉鎖だ。この頃になると92kmでレースを終える美学が吹っ飛んで、狙いはゴールに移っていた。抜かれ抜かれていく下りであるが、ボクもそれなりに走り続ける。走らないと終わりになるから…。すると、この下りの廃道をサイレンを鳴らした救急車が上ってくる。疲労困憊したランナーが急坂に脚を取られ転倒して頭から血を流してる。こっちは横目で見るだけでひたすら転ばないように下を見て進む。
【90-100km】
木立が切れて視界が開ける。92km地点だ。コース上の最終関門だ。関門閉鎖6分前で通過。笑顔がこぼれる。でも走らないとゴール地点に戻ってもゴールテープは切れない。力は出ないが脚は一歩一歩前に向かって進む。沿道からも声援が聞こえる。
「歩かなければ完走できるぞ。あと5km頑張れ!」
軽く手を振ってこたえる。こっちも関門カードをしきりと見ているから感覚は分かる。歩かなければゴールできる。5分走って1分歩くことを考える。でも5分走れない。3分走って1分歩くパターンで最後の道を進める。周りのランナーも無言である。各ランナーともに思いは同じ、ただただ時間内にゴールしたいだけだ。
ラスト2kmの信号機にかかる。ここで時間内ゴールの可能性は95%になる。でも油断は禁物だ。痛い足を引きづり走り続ける。ラスト500mのカーブを右折する。もう大丈夫だ。ゴール閉鎖まで10分ある。足を緩めても大丈夫だ。少し目に熱いものがこぼれてくる。 ゴールが見えてくる。レーンは2つあり、50㎞と100kmのレーンがあった。ボクは躊躇なく100km完走者のレーンを選ぶ。両手を上げてガッツポーズでゴールだ。ゴール閉鎖4分20秒前のゴールだ。トップでゴールした選手から5時間以上も遅れてのゴールだ。でも走った時間はボクの方が多い分は感激も大きい。]]>
関門と己と 壮烈な戦の 阿蘇カルデラ(4)
http://hyocori.exblog.jp/18110547/
2012-06-16T21:27:00+09:00
2012-06-16T22:20:53+09:00
2012-06-16T21:27:50+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
波野支所で大休憩をしても気持ちは高まらないまま、歩いたり走ったりを繰り返す。とりあえず後半に突入したので、しばらくスピードダウンのままで走っていたら、そのうち元気がでるだろうと安易な発想である。52.5kmのスイカポイント前で、50kmのトップ集団に抜かれ始める。当たり前だが元気の度合いが全く違う。55km付近では国道57号線とクロスをしている。運悪く信号が青になったので、そのまま横断歩道を渡っていく。渡った後はしばらく歩く。道の両側は杉の大木が連なっている。単調な道が続く、上り下りも嫌だが、平坦な道も嫌だ。そんな心境になってくる。比較的下りが多いこの区間を1時間22分の時間を費やした。完走した直近の3年前と比べて9分遅くなった。
【60-70km】
後半戦の最初の関門は64.4km地点の産山支所である。ここを7時間45分で通過。関門は8時間35分で余裕は50分もある。実はこの地点から目標タイム(関門タイム)カードをウエストバックから取り出して確認をし始める。産山では熱いコーンスープを飲んで元気回復を図る。この頃より右肩に鈍痛が生じて腕を振れなくなる。左手や右手で右肩をマッサージしながら走り続ける悪戦苦闘だ。
産山を過ぎてもダラダラ上りが続く。だんだんと戦闘モードが消滅し始める。歩いている時間が長くなる。抜かれ放しである。そんな中でもバテタランナーを抜くこともある。同年輩のランナーと並走して歩き始める。戦意喪失ぎみだったから仲間を求める気持ちで話しかけた。
「完走が危なくなりましたね」
「とんでもない、歩く続けたらダメだが少しでも走りを入れていけば完走できるよ」
…と少し声を荒げて並走のランナーは答えた。ボクは返す言葉が出なかった。甘いボクの考えを一言で跳ね返された。そのあとは、離れ離れになってお互いにバラバラになったが、ボクにとって、厳しいその一言がなければ安易なリタイアの道を選んだかもしれない。恩人である。70km地点、8時間40分で通過、60-70km区間は1時間36分もかかった。何と1km9分半のペースまで落ちてしまった。【70-80km】
70km過ぎもやまなみハイウェーとぶつかる73km地点までは、永遠に続くと思われるだらだら上りだ。速歩やちょこちょこ走りで上りつめる。とりあえず先ほどの怒りの一言が、あきらめないで全力を出し切る自分に変わろうとしている。72.5km関門(やまなみハイウェー直前)では関門閉鎖まで35分を残して通過する。何年か前のリタイアしたポイントである。その時は関門閉鎖20分前に到着したが、このあとどんなに頑張っても完走できないと計算して白旗を上げた地点だ。今回は35分の余裕が次の関門まで足を進める勇気をくれた。
73kmで「やまなみ」を越えると下り坂や平坦な道が続く。次の関門は84km地点のミルクロードとクロスする地点だ。そこまで関門閉鎖まで余裕があれば、もしかしたら完走できるかもしれない。ただし自分の残りの脚力次第だから全く計算はできない。また、完走できなくてもレースを終える方法、リタイアの自分なりの美学も考えるようになった。とりあえず、あと20km走って山を下って内牧に入る地点まで頑張ろう。そこで関門閉鎖に引っかかっても仕方ない。残り8kmで終末を迎えるのも何となくかっこいい…そんなことも考えた。ピッチを上げたつもりの70-80km区間であったが、やはり1時間38分費やし、貯金を食いつぶす走りは続く。]]>
関門と己と 壮烈な戦の 阿蘇カルデラ(3)
http://hyocori.exblog.jp/18108400/
2012-06-16T10:15:00+09:00
2012-06-16T20:05:45+09:00
2012-06-16T10:15:42+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
この区間は試走した区間でなじみ深い。このカーブを曲がれば下り坂だ、いつもの集落を通過した、このバス停は週3日しかバスが運行していない、この幼稚園は何人通っているのかな、中学校の廃校になったんだ…ってなことを考えながら走る。いつもの峰の宿(37km)で小用を足して気分一新だ。考えると最初のトイレ休憩だ。そして、このコースの最高地点、高森ゴルフ場も無事に通過だ。まだ流れに乗っている。半分で5時間半切りも可能な状態が続く。この区間も71分で、3年前と比べて1分弱のスピードを維持している。
【40-50km、波野中間点50.8km】
40km過ぎからは木立の中に入る。下り坂で道幅が狭いからスピード感が味わえる。40km-42.125km区間のタイムを図る13分で通過。昨年は18分かかっていたから脚の残っている力はある。ちなみに40-45kmは31分でクリア。でも調子が良かったのはココまで…。50m間隔での単独走が続くが、追いつかれては離されていく展開が多くなる。ペースが上がらない。45-50kmは38分もかかってしまう。道理で抜かれ放しの訳だ。トレッドミル坂道ランでの脚力は向上したが、長い距離の持久走ラン練習の欠如が現れてきた。何といっても最高は26kmランしかないのだから、脚が悲鳴を上げて前に進まない。
50km地点の記録計測赤絨毯の上も急坂のため歩いてしまう。波野支所の歓声の声も段々と大きくなってくるが、疲労感も歓声以上に大きくなる。くたびれているから声援が元気を取り戻すまでには至らない。といいながらも、波野支所前の下り坂だけは駆け抜ける元気が出てくる。やっと辿り着いた。波野支所5時間38分で到着だ。ここの関門閉鎖は6時間45分だ。だから、ここで1時間07分の余裕がある。この時間余裕を活用しながらゴールを目指すことになる。でもゴールで、そこまで追いつめられるとは、この時点では想像もしない。
波野支所では、スイカ5切れ、わんこそば2杯、バナナ2切れを口に含んで後半に突入した。休んだつもりはなかったが、8分も休憩した。この頃には、コムラ返しの後遺症も忘れて足全体の痛みに変わってしまった。]]>
関門と己と 壮烈な戦の 阿蘇カルデラ(2)
http://hyocori.exblog.jp/18108247/
2012-06-16T08:02:00+09:00
2012-06-18T21:08:51+09:00
2012-06-16T09:37:15+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
スタートの雰囲気はいつもと同じであるが、食事の摂取方法は全く違う。レース前日の昨晩も炭水化物カット療法は継続中である。選手待機場所にはパンや飴、バナナなどが置いてあるがあまり食べない。食べるより出す方が大切である。万全の準備でスタート地点に立つ。ウエストポーチには、小銭とティッシュ、アミノバイタル数袋を押し込む。それと3年前に作った10km毎の通過予定タイムと関門時間を明示したラミネート加工したカードも入れておく。このカードはあまり今まで頼りにしたことはなかったが、今回は大活躍であった。
【0-10km】
昨年は64kmリタイアの反省は、出足をゆっくり走りすぎた。今回はとりあえず22km付近(急坂に差し掛かる手前)までは、気持ちよく自分のリズムで走ることに決めていた。ところが、走り始めて500mでアクシデント発生した。スタート直後の急坂を走っていて、ちょっとリズムを変える走りをした途端、左脚のふくらはぎがケイレンを起こし、ツリそうになった。ヤバイ!完走なんて出来ない。実はレース3日前の就寝中に「こむら返り」を起こして目を覚ました。その再発である。以後3kmほどペースを落として走る。でも違和感がなかなか消えない。100kmへの不安が高まるものの、何とかだましだまし走れそうである。5km30分で通過、アクシデントの割には快調だ。昨年トイレ休憩5分ロスした9.5km地点もトイレに駆け込むことなく快調、10kmも60分を切る。
【10-20km】
久木野を過ぎてランナーの集団はバラけてくる。やっと10分の1を走ったなどと余分なことを考えないようにしようともつい考えてしまう。10-20のポイントは18kmくらいからのダラダラ上り坂で抜かれずに集団の中でペースを維持すること。それが前半戦の余裕があるかどうかの見極めだ。幸いにも、集団の中で抜きも抜かれもせずに足を運ぶ。中には、かなりペースダウンをしているランナーも見受けられた。ここで目に見えるようなペースダウンなら完走は難しい…自分のことだけ考えればいいものを、つい周りの選手のことも考えてしまう。20km通過…この区間も60分を切った。過去5回のレースの中では最速だ。スポーツクラブでのトレッドミル傾斜ランの成果がはっきりと表れる。脚の蹴りは健在だ。
【20-30km】
ここまで3年前の完走時と比べて10分貯金ができた。上出来だ。そして22km付近からの清栄山の上りが始まった。2時間あまり走ったあとだから歩けるのは嬉しい。リズムよく歩く。余裕があるから、ちょっとした平坦に近い道ではちょこちょこ走りも取り入れる。今日の山越えは風もなく、太陽も出ず曇りの上天候だ。予定通りの走りに50km5時間半切りをちょっと意識する。山越えのあとは急坂下りが続く。この区間はいかにピッチ走法で、上りで費やした時間を取り戻せるかどうかだ。ここで、ボクの今回のランニングの特徴がつかめた。上りは強いが、下りは走っていても圧倒的に抜かれてしまう。上りで抜いて下りで抜かれるボクの100km伴走の友が生まれてきた。この区間も3年前より1分半早い75分で乗りきった。]]>
関門と己と 壮烈な戦の 阿蘇カルデラ(1)
http://hyocori.exblog.jp/18064461/
2012-06-06T00:32:00+09:00
2012-06-06T00:35:37+09:00
2012-06-06T00:32:37+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
全体の流れとしたら、絶好調から始まり、中間点過ぎて途中リタイア間違いなしまで追い詰められて、そこから自分自身と必死に対話して、どのような形でレースを終了させるのか一歩一歩足を運びながら考えた。抜かれ放しの状況で前向きの考えはなかなか出てこない。それでも自分のペースを冷静に見通して、関門時間を一つ一つクリアする事だけを考えてゴールを目指した。
関門時間内にゴールを確信したのは、ラスト1.5kmであった。本当に苦しかった。前のブログで"阿蘇100kmはお祭りだ"と書いていたが、こんな苦しさを伴うものは祭りとは違うもので、ずっと襲う苦痛、心の弱さをカバーする少しの闘争心、「ゴール」という大きな目標ではなく目の前の関門を通過する小さな目標を突破していくだけに精魂を尽くす。
そして、今は思うと走馬灯のように次から次に状況が浮かび上がる。完走したからこその感動も一杯である。明日から完走記を書き始めたいが、今回は特に心の動きや、いかに自分の気持ちを高めていったか書き留めていきたい。まだ、阿蘇から福岡に帰ってランニングはゼロではあるが、体のあちこちの痛みからも解放されてきたので、体のダメージからも立ち直ってきた。レースは終わったが完走記まで書かないとレースは終わらない。今度はマイペースでブログを書こう。]]>
阿蘇100は アンチエイジングの お祭りだ
http://hyocori.exblog.jp/18036839/
2012-05-30T21:12:00+09:00
2012-05-30T20:32:42+09:00
2012-05-30T20:32:42+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
そんなことはしないぞ!…ということで、今日は東公園8周(一周約763m)を行う。キロ6分で入って、ラスト一周はキロ5分15秒まで上がってしまった。でも、無理にペースを上げたのでは体が動いて脚の回転が速くなった。そして疲れを感じる前にペースダウンをしてジョグに切り替える。
さあ、阿蘇100㎞まであと数日だ。朝5時から走り始めて夕方6時まで歩いたり走ったりするのは、考えれば考えるだけ気が遠くなる出来事、距離だ。楽観的に考えなければ100㎞にはチャレンジできない。まあ、走り始めだけ高揚するがあとは冷静にのんびりと阿蘇の風景を楽しもう。幸い天気は曇り空みたいだ。一年に一度の実年齢を忘れられるイベントだもの…]]>
阿蘇100km あと2週間 練習以外は着々と
http://hyocori.exblog.jp/17979135/
2012-05-17T23:37:25+09:00
2012-05-17T23:37:14+09:00
2012-05-17T23:37:14+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
でも、練習以外の準備は着々と進んでいる。勝負靴はスカイセンサージャパンだ。20%引きでステップスポーツ店で購入した。正確には、品切れだったから、たまたま鹿児島店にサイズ26cmの靴の在庫があったので取り寄せてもらった。20%引きでも12300円もした。でも靴ばかりは、ケチったら良くない。過去何度も失敗しているからね。
今回はスカイセンサージャパンだから言い逃れはできない。世間ではターサージャパンの方が人気があるみたいだが、ボクはスカイセンサーの方が好きだ。足底の安定性があるから。この靴で清栄山の急坂を上り、阿蘇の牧場の中を走り続けたいものだ。
他には鳥栖プレミアムアウトレットのアシックス店でショートタイツも購入した。これを着用すれば股ずれも起きない。靴、パンツ、サングラス、帽子(サンバイザー)も買った。今年は何としても完走したい。昔は50kmに到着(5時間40分程度)すれば、あとはゆっくりとファンランでゴールできると思っていたが、年齢を重ねるとともに当たり前のことができなくなってきた。といって、あまり無理をすればレース後の後遺症(疲労が抜けない、足がむくむ、消化器系の異常が続く)も心配になる。練習期間はあと一週間である。何とか後悔のないようにスタート地点に立ちたいものだ。]]>
正念場 阿蘇に向けての 4月の走り込み
http://hyocori.exblog.jp/17758142/
2012-04-01T21:51:06+09:00
2012-04-01T21:52:24+09:00
2012-04-01T21:52:24+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
何たって6月2日(土)の阿蘇カルデラ100kmにエントリーをしているのだから、4月に走り込みが出来ないのは参加する資格がない。何といっても350kmくらいは走りたい。それも坂道やロング走をじっくりやりたい。2月や3月程度の練習では、完走は悲観的だ。それをひっくり返すのは4月の走り込みしかない。
一日2回の練習や、夕方の20km走も取り入れよう。新しい職場で走りづらいかもしれないが、時間を見つけて走るのも、やる気があるかどうかだ。今日は佐賀桜や菊池ハーフの開催日であったが、今年は参加しなかった。バタバタしているから、参加しなかったわけだが、マラソン、20kmのレースなしに100kmにエントリー、出場するのもかなりの冒険である…。
過去の経験は本当に役に立たない。試されるのは今の実力、今の年齢相応の客観的な体力、脚力評価だ。50歳代の最後を飾る悔いのない走りをするには練習あるのみ。頑張らなければ勝利の美酒は遠のくばかりだ。]]>
忙しくとも 阿蘇を目指すには 距離を踏むしかなし
http://hyocori.exblog.jp/17719918/
2012-03-25T12:33:00+09:00
2012-03-25T12:35:44+09:00
2012-03-25T12:34:39+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
残すところ約2カ月の練習期間しかない。どう調子を上げていくのか…。年齢に打ち勝つ方法は?、萎えた気持ちを奮い立たせる方法は?、坂道に立ち向かう方法は?阿蘇は何回も走っているが、だんだんと加齢とともにハードルが高くなってきている気持ちがする。
20km走、30km走、3時間、4時間の連続ラン…何とか距離に対する自信を取り戻さなければいけない。中間点(50.8km地点)の波野村までは何とか6時間以内、願わくば5時間45分前後で通過するのが、完走への最初の関門だ。更にその「最初の関門」の前の高森からの清栄山越えは無傷、疲労なしでの通過がその前提条件になる。
ブログに書くことによって気持ちを奮い立たせよう。還暦まであと少し、残された時間は少ない。完全燃焼みたいな気持でレースを終えたいものだ。走れば全ての運がついてくる。頑張って走ろう!]]>
熱気は何処へ 波野のテントに 涼しき風が吹く
http://hyocori.exblog.jp/16444573/
2011-06-09T06:59:00+09:00
2011-06-09T08:08:38+09:00
2011-06-09T08:07:44+09:00
hyocori-hyoutan
阿蘇カルデラスーパーマラソン
これで1100円くらいだったかな。まず肉めしはうまいの一言、肉も柔らかく甘くて煮込んであり美味しい!ホルモンも煮込みでは久しぶりに食べた。淡白な「モツ鍋」に慣れていたので、濃厚な味の煮込みは強烈だ、もちろんモツ自体はやわらかい。ウルトラマラソン前日とはいえ高カロリーな夕食となる。宿に着くとまず始めるのが明日の準備、ナンバーカードをつけてウェアを決める。ナンバーカードは4枚あって50.8kmでの着替えウェア分もあるが、まず着替えることはないと思い、スタート時のシャツにのみナンバーカードを取り付ける。パンツは着慣れた短めのランパンとする。
(これがよくなかった、途中から股づれを起こしてしまったもの…)
夜は寝酒で米焼酎を2,3杯、ストレートで飲み干し10時30分ころに就寝する。起床は2時半だから約4時間の睡眠時間だ。緊張しているから多分1時間おきに目を覚ますかと思ったら、思ったより熟睡してしまう。内牧温泉のゴール地点まで歩く。約10分でスタート地点に向かうバスに乗り込む。スタート地点には着いても、まだスタート時間までは1時間はある。ここでミスを犯してしまう。オイル持参していたにもかかわらず、股や脇の下に塗りこむのを忘れてしまう。天気もいいみたいだし何とか時間内完走は達成できるみたいな気持ちになってしまう。
そしてスタートした。じっくりと、ゆっくりとスタートだ。ともかく65分/10kmペースで高森まで進もう。少し予定が狂ったのは、9km地点でトイレに駆け込んだこと。スタート前にもトイレに行っていたが、再びその気になってきた。こんなものは無理しちゃいけない。早めに出すに限る。公園のトイレに駆け込み3人ほどの行列に並ぶ。レース中に並ぶのは嫌だが仕方なし。でも出してしまえば快調になった。トイレで5分のロスが生じたが、それ以外は予定通り…。
清栄山の山登りも順調に登る。400mを歩いて上ると、これからが本当にレースだ。下りを利用してペースアップを図るが伸びない。少しの上りでも歩きを取り入れる。それでも我慢、我慢と考えながら走る。でも、何となく周りのランナーが少ない。ランナー集団はタイムによって密度が違う。毎年つけている位置よりも、少し後方につけている感じ…。高森ゴルフ場付近では前後100mにランナー
がいない。そして42.195kmを5時間15分もかかってしまう。この時点で波野中継点での6時間通過を諦める。諦めたという気持ちは足にすぐに伝わる。上り坂は歩き専門になってしまう。ミズノウェーブの靴のクッションがいいのも気になり始める。そして、静かな波野中継所にやっとたどり着いた。静かな中継所だ。ここでそば3杯、握り飯をほうばる。椅子の座って靴を履き替える。重いクッションのあるミズノからアディタスシューズに履き替えた。13分ほど休憩したら走る元気もなくなり、中継所に待機していた収容バスに乗り込もうと思ったが、53km付近のスイカエイドステーションまではたどり着こうと思い、トコトコと歩き、時々走り始める。履き替えたシューズで元気が回復するかと思っていたが、分厚い靴で50km走った後は、足裏の感覚がおかしい。もう走れない感じだ。それにオイルを塗り忘れた股づれもひどくなり始めた。ガニマタ歩きになる。歩いてみると2.5km置きの距離表示が限りなく遠い。65kmまでの産山が遠い…。58km地点通過、5回は見送った収容ワゴン車であったが、6回目の通過で手を上げる、白旗ではなく白帽子を振ってサインをだす。
あっけなく100kmレースの58kmでレースは終わった。思いがなければ100kmは走れない。神聖なる100kmの距離を走破するには、謙虚な気持ちで望まないといけない。今回は少し、何とかなるという驕りがあったかもしれない。 -完ー
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