ひょっこりひょうたんの日誌

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カテゴリ:家族( 210 )

先日行った大分の「うみたまご」水族館で撮った写真の中で、まあまあの出来の写真をアップ。福岡のマリンワールドと比べて新しいだけに、展示方法などが進んでいる。できるだけ身近に感じられるような設計がなされている。
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ガラス越しではない展示が多く、水槽も明るく照明がきれい。やはりリピータが多くなければ、長期的にも入場者の確保はできない。「うみたまご」は、また行ってみたいとおもう水族館であった。
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by hyocori-hyoutan | 2015-04-27 08:52 | 家族
熊本で用事があったついでに三角、天草まで足を延ばして遊んできた。三角西港で観光をしていく。
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上の写真は浦島屋という屋号の旅館だ。明治26年の7月、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が、長崎から熊本に戻る際に帰途に立ち寄ったところ。「夏の日の夢」と題した紀行文の舞台となった。平成5年、設計図を元に復元されたもの。
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この上の写真も明治35年頃に建てられた高田回漕店で、その中に自由に入れた。2階は10畳間が5部屋ほどあった。回漕店とは船や荷馬車を持ち、内外の貨物等を扱う運送会社または商社のこと。昔の商売が盛んだった頃が十分に伝わる。
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この三角西港の特徴は、山を切り開いて海を埋め立て、近代的な港湾と都市を同時に建設したこと。
設計はオランダ人工師ムルドル氏。工事に従事したのは天草の石工集団であると言われている。
当時は石積みによる築港が多かったが、全長約756メートルの埠頭は他港と比べても圧巻であった。
三角町史によれば延べ13万人の石工が従事したと記されている。
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そして泊まった宿は、民宿「秀丸荘」である。部屋から眺める有明海、対岸には島原半島の山々がつながっている。民宿だと料理が美味くて、部屋がこぎれい出れば上々である。秀丸荘は、その期待に沿った宿であった。
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翌日は三角半島の南側を走り宇城市に出る。この道の駅は最高に良かった。海の幸、山の幸、それにパンや弁当も美味しそうだった。豚汁の試食もあった。また新しいルートを開拓した感じだ。終わり。
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by hyocori-hyoutan | 2015-02-01 22:31 | 家族
5日くらいの入院のあとに我が家にやってきた。やってきたのは娘とその子(つまりわが孫)3人である。これから1か月余りの間は忙しく、あわただしくなる。でもこれも喜びだと思う。早速、いつも使う流し台に簡易入浴プールをこしらえて、沐浴となる。全員総がかりでの作業である。
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いつも生まれた孫の顔、20年以上前のわが子の顔、すべて覚えていなければいけないが、今となっては生まれた直後の顔は忘れてしまう。それで、今回の赤ちゃんの顔の印象はこれまでの子や孫の顔と比べての印象とすれば、髪の毛が黒く力強いことかな。

いつも思うことは、この孫が成人するときの自分の年齢であり、今の年齢にプラスしなければいけないわが年齢のはかなさかな。でも言えることは、この孫は22世紀では86歳になるということ。ボクも22世紀への橋渡しの役割がちょっとばかりできたかなと思う。
by hyocori-hyoutan | 2014-10-25 22:13 | 家族
4人目の孫が生まれた。今度は男の子だった。夜中の3時に生まれた。深夜2時過ぎに電話がかかって、すぐに娘の家に向かって飛び出した。4歳と2歳の孫は寝ているが、どうしようとのこと。とりあえずあと30分でそこに着くから病院に行っていいよ。多分、4歳、2歳の孫は起きないよ。

そんなやり取りで、娘夫婦は産婦人科に直行。ジジババは、寝ている孫2人のところに直行。孫は熟睡していた、安心したその時に、娘婿から電話、生まれましたとのこと。

良かった、よかった。これでまたにぎやかになる。とりあえず孫の横で朝まで休むことにしよう。朝、目を覚まして孫は、どんな表情をするかな、横に寝ていたのがジジだったたらビックリするかも。
by hyocori-hyoutan | 2014-10-25 00:26 | 家族
10/12の日曜日、台風19号は九州の西海上で徐々に方向を東に換えている。どうにか運動会も開催できるかな…と考えていた。娘からの連絡で、昼食休憩なしで運動会会開催、終了予定時間13時半とのこと。風が強いことが予想されるので、本部テントは設営するがあとはテントなし。(このテントなしが撮影にはベストだった。テントがないからどこからでも撮影できた)
近くのイオンで車を止めて、徒歩10分で小学校グランドに到着する。この幼稚園は体育教育を重点にしている。規律正しいし大きな挨拶を園児がしてくれる。気持ちがいい。
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孫は年少のクラス、「かけっこ」はトラックの半周、よういドン!で一斉に飛び出す。撮影場所は3段の脚立を用意してくれるので撮影がしやすい。集団演技が続く。大きなバトンリレーだ。必死の園児たち、先生も機敏な振る舞いでプログラム間の時間ロスが全くない。結構日頃から先生たちも鍛えられていることが想像できる。
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年長の集団演技は圧巻だった。鼓笛隊、チアーダンス、体操、団体行進的なものをかなりの時間、ノンストップで演じる。こどもの可能性を思い切り引き出していることを感じる。
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未就園児の親子競技にも多くの人が参加してくれる。これもすぐに集まるので時間ロスがない。結局、午前中のプログラムを11時40分頃には終了、そのまま午後のプログラムに突入する。
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終了前には、保護者と職員のリレー競技が開催される。もちろん、父親も参加しているが、なんと職員チームが6連覇中とのこと。案の定、職員チームはスタートから速い。途中、保護者も追い上げたがバトンミスもあって職員チームが7連覇達成。
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閉会式では、心温まる園長先生のことば、礼儀正しくきびきびした園児たちの行動、あっという間に閉会式まで迎えた。望遠ズームも買ったし、nikon一眼レフの性能を十分に感じられた。あとは慣れでその性能を引き出さなければいけない。それにしても適正な露出をセットすること、焦点のセッティング方法を判断することは難しい。これも初心者から次のレベルに行くとマニュアルセットをする時に越えなければいけない壁だからね。
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最後に、運動会カメラ撮影は結構難しかった。わが子供たちの時は、標準レンズのカメラしか持ってなかったので、運動会でのベストな写真は諦めていた。でも時代は変わった。若い保護者の一眼レフ所有者、それもcanon、nikonが圧倒的に多い。時代は豊かになりました。
by hyocori-hyoutan | 2014-10-14 00:50 | 家族
台風の進路が心配だ。だって孫の幼稚園運動会が10/12(日)の予定だ。最終決定は、明日10/11(土)の13時らしい。予備日は10/13になっている。10/13の方が台風の最接近日だ。予備日がだめなら予定通りやるしかない。幸い12日の午前中まで天候がどうにか維持できるみたい。

運動会用の望遠ズームレンズも買った。何としても可愛い孫の写真も撮影したい。今晩は「てるてる坊主」を作って晴天を祈っておこう。
by hyocori-hyoutan | 2014-10-10 20:29 | 家族
ちょっと前の話だが、熊本西原村の民宿に行ってきた。まずは、久しぶりの阿蘇草千里だ。何回行っても気持ちのいいところだ。青い空も見渡すことができた。近くのレストランで熊本ラーメンも食べる。
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阿蘇山頂に向かい阿蘇山上駐車場、ロープウェー駅に辿り着く。阿蘇の噴煙が高くあがっているなあ…と思っていたら、火山活動が活発なため、阿蘇噴火口は立ち入り禁止、ロープウェーも運航停止であった。
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仕方なく、阿蘇の草原を探索する。今回の旅は8人だ。大阪から孫と長男嫁も参加した。関西出身のお嫁さんは昔から阿蘇に行ったことなく、2年前くらいに阿蘇の連れて行ったが、雨のため視界はゼロだった。今回は天気のいい阿蘇だったが、火山活動が活発化しているのではしょうがない。
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阿蘇草千里では馬に乗る。昔はA、B、Cコースがあり、最長コースは草千里の小丘一周の30分くらいであったが、今は最短コースだけで、乗馬約5分くらい。それでも2人乗りで2500円であった。子どもがいれば、記念写真代と思えば安いもの。今回は孫3人だから7500円であった。
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続いて来たのは俵山、ここで草スキーで楽しむ。前回よりは滑らない。やはり冬場の草が乾燥していないと滑りは良くない。それでも、ちいちゃな孫には安全でちょうどいい。
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民宿名は「たわら山」だ。萌えの里のすぐそばだ。孫たちは大喜びだ。古い民家を走り回る。お風呂は近くの「泉力の湯」、ここは初めて温泉だったが、なかなか良かった。
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翌朝は、朝食前に軽トラックに乗せてもらい、黒牛の放牧地の「小森牧野」の山まで連れて行ってもらう。ここの牛は、自然の中で育ちあがているので、高値で取引されるという。
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つぎは、早朝の卵拾いだ。ここも感動、まだ温かい卵を手を伸ばして、収穫だ。
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卵を拾った数は約50個、自動卵洗浄機にかけていく。この機械の優れているのは、大きさを自動選別できうこと。仕分けされた卵を詰め込む。これも民宿ならでのご褒美にお土産としてもらった。
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その後は、栗拾いだ。手袋を着けてけがをしないように落ちている栗を拾う。落ちた栗はその日のうちに拾わないと鮮度が落ちるとのこと。孫も初体験、こっちも初体験、いい思い出ができた。
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最後の写真は、収穫の栗を家に帰って栗ごはんで頂く。美味しかったです。ということで三世代での家族旅行は完成しました。
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by hyocori-hyoutan | 2014-10-04 13:55 | 家族
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翌朝も散歩。歩いて20分で折り返し、約40分の目覚ましウォークであった。見知らぬ土地での朝ウォークは楽しいものだ。
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蔵乃元港から車ごとフェリー乗船。約13分で天草牛深港に辿り着く。
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写真の左上のデリカD:5がボクの愛車だ。
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牛深に着いてからはまず大江天主堂を見学する。江戸時代の苦難の禁教時代260年を耐え抜いたキリスト教は明治以降に信者を増やしていく。そして最初の大江聖堂は明治10年頃に建立され、現在の聖堂は昭和8年に建てられた。
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今晩の宿は、天草五橋の第三橋の近くにあるなかむら荘に着いた。ネット上の大人気の夕食、期待を裏切らない超ごちそうである。魚づくし料理は昨晩以上だ。
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余興も楽し、旅館の女将さん以下総出演のおもてなしだ。泊まって価値のある宿だった。
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by hyocori-hyoutan | 2014-06-03 22:21 | 家族
知覧を後にして長島に向かう。昭和49年の完成した約500mの黒之瀬戸大橋を渡りきると長島町に着いた。そこから本日の宿のサンセット長島までは40分ほどのドライブになった。思ったより大きな島である。着いてすぐに風呂を浴びて夕食タイムになる。宿の名前が「サンセット長島」というから、やはり夕焼けは綺麗であった。
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夕食は、やはり魚が中心である。一人前の刺身の量が多い。当然、酒の量も増える。
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日頃は、熊本、鹿児島市内のルートしか行けないが、今回の「長島ルート」はお勧めである。何たってのんびりしている。魚も美味い。九州は広いな…って実感する。
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夜も更けてもう一回風呂に行こうかな‥って思ったけど、部屋に戻るとそのまま熟睡になってしまった。
by hyocori-hyoutan | 2014-06-03 21:46 | 家族
youtubeで検索してたら、穴澤特攻隊員の恋人宛の遺書が掲載されていた。何度読み返しても心が切なくなる。このように若者を追い詰める戦争は絶対だめだ。でも日本が戦後も力強く生き抜くように、必死に戦った特攻隊員の国を思う気持ちは忘れたらいけない。その志を我々は持ち続けなければいけない。戦争に負けたといっても「国のあり方」は維持していかないといけない。ぜひとも皆さんもかみしめながら読んでほしい。
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by hyocori-hyoutan | 2014-05-17 01:44 | 家族

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan