ひょっこりひょうたんの日誌

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カテゴリ:日本を考える( 23 )

1年8か月ぶりのブログ更新だ。
昨日は憲法記念日で、テレビや新聞で特集番組や特集記事も一杯だった。NHKの各党による政治対談もスポーツクラブのトレッドミルの上で見聞していたが、いつものように自分の党の意見の言い放しばかりで面白くない。民放の方では、憲法改正や護憲の集会を取材してスポットで流していたが深入りはしていない。その中で蓮舫さんの「アベのアベによるアベのための…憲法改悪…」って話にはあきれた。相変わらず変わらない人だ。「蓮舫の蓮舫による蓮舫にための民進党の国民の不支持政策」と言い換えてもよい。キャッチコピーで人を引き付けるつもりが、実態は周囲が冷めて人を遠ざけている。周りがよほど見えない人でしょう。

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自由民主党は、戦後ずっと憲法改正の方針を変えていない。ただ、憲法改正への進みには絶対的国会議員が少なかっただけだが、今その人数に達したから長年の懸案事項を実現しようとしているだけだ。アベじゃなく自民党が悪いと訴えれば少しは筋が通る。アベが辞めても次の首相も改憲を目指すのだから…。


by hyocori-hyoutan | 2017-05-05 09:52 | 日本を考える
自民党の総裁選挙が無投票になった。野田さんも頑張っていたみたいだけど、石破さんが出ないといった段階で終わりでしょう。自民党にとって、集団的自衛権の問題、国会での法案を通すことが今の大きな問題、そこは一致団結しなきゃいけない。OBの山崎、古賀(いずれも福岡県が地盤)の行動はいい加減にしとけ!・・・という気持ち。

国の存在の一番大きな問題は、国を守ること、外交で仲間を増やすことの2つでしょう。経済発展も大きな要素ですが、政策だけでは経済発展するのは難しい。人類みな兄弟、国境線を超えた人類愛なんて夢のまた夢・・・。宇宙からみれば小さな地球だけど、その地球でも宗教や文化の融合はできないのが現実でしょう。わが人生の守るのは国があってのこと。

その国、生まれた日本国をどう守っていくがキーワード。そう考えた時に国防の考えなしに憲法9条2項をバイブル化する人は、最後は神風が吹いて日本を守ってくれるというのと同じ。さて3回目の神風が吹いてくれるかな・・・。

その前に、昭和20年の時点で神風は吹かなかったという現実があるんですよ。最後は己の力で生活を守る気構えがあるかどうかだ。自国民で自国を守ることは、とても大切なこと。
by hyocori-hyoutan | 2015-09-08 20:26 | 日本を考える
政界の長老が物申すらしい。情報の入手先は記者クラブらしいが、あまりその情報元はどうでもいい。その当事者は70後半の河野、そして『90歳代の村山の両ご意見番(本人はそう思っているらしい)だ。

記者会見で、色紙に一筆と言われたら河野さんは、「真実」、村山さんは「よこしまな気持ちなし」…ちょっと難しいが「邪悪心なし」である。あほ臭い、青々しい、超高齢者の純粋無垢は、評価する面もあるが、元政治家の発言には違和感がある。二人とも日本を背負った政治家なのに、まだ枯れていないし青く感じるのは何故?
特に、ボクの20代に自民党から離党して「新自由クラブ」を結成した時の河野さんはカッコよかったが、晩年はみすぼらしいい。

真実なんて、学生が好む言葉、世の中を70年、80年生き抜いてきた人間は、「真実」に近い言葉は何と言うか?ボクならば「真実なんて時代ともに変わるのが世の常、自分が信じてきたことさえ信じられれなくなるのも長く生きた人間の宿命か」と思う。子どもの頃と全てが変わる世の中、その流れに合わせていくのが精一杯の我が身だもの。

だからこそ、日本の政治の中心にいた人間が、世の中の流れに身を閉ざし、「真実」や「よこしまなし」なんて声高に訴えるのは恥ずかしいし青臭い。それは心の問題であって、かっこよく人前で言うべきでない。でもそれを言いたいのは、権力を握っていても、その権力を発揮できなかったことへの、未練とノスタルジーがあるかもしれない。いや、そうに違いない。
by hyocori-hyoutan | 2015-06-12 23:37 | 日本を考える

真実なんて

昔の政界の長老が物申すらしい。情報の入手先は記者クラブらしいが、あまりその情報元はどうでもいい。その元長老は河野、村山のご意見番(本人はそう思っているらしい)だ。二人とも、ある時期は党派は違うが総理と幹事長だったらしい。

記者会見で、色紙に一筆と言われたら河野さんは、「真実」、村山さんは「よこしまな気持ちなし」…ちょっと難しいが「邪悪芯なし」である。あほ臭い、青々しい、バカな純粋無垢でしかない。二人とも日本を背負った政治家なのに、まだ80歳を超えているのに枯れていないし青く感じるのは何故?(河野さんはかろうじて70歳代)。
特に、ボクの20代に自民党から離党して「新自由クラブ」を結成した時の河野さんはカッコよかったが、晩年はみすぼらしいい。

真実なんて、学生が好む言葉、世の中を70年、80年生き抜いてきた人間は、「真実」に近い言葉でもなんと行くか?ボクならば「真実なんて時代ともに変わるのが世の常、自分が信じてきたことさえ信じられれなくなるのも長く生きた人間の宿命か」と思う。子どもの頃と全てが変わる世の中、その流れに合わせていくのが精一杯の我が身だもの。

だからこそ、日本の政治の中心にいた人間が、世の中の流れに身を閉ざし、「真実」や「よこしまなし」なんて声高に訴えるのは恥ずかしいし青臭い。それは心の問題であって、かっこよく人前で言うべきでない。でも
それを言いたいのは、権力を握っていても、その権力を発揮できなかったことへの、未練とノスタルジーがあるかもしれない。いや、そうに違いない。
by hyocori-hyoutan | 2015-06-12 23:37 | 日本を考える
憲法学者という専門家の領域があるらしい。憲法解釈に学者がいるほどその解釈が難しいのは、その憲法は問題アリということだ。憲法とは国民誰でもが理解できる平易なものであるべきだ。抽象的な表現な憲法、その解釈で飯が食えるなんて世界中探してもそんな国はない。法学者は普遍的でも憲法学者は日本的なものだろう。憲法解釈上で様々な憶測が生じそのことで国会審議が停滞するなんて愚の骨頂だ。

憲法学者にとって、日本語と離れている文言の憲法、抽象的な憲法であればあるだけ、活動の場があるのだろう。だから、今の解釈の難しい憲法が最高であろう。だれでもわかりやすい憲法になったら飯の食い上げになる。

今日の国会の証人喚問で、憲法学者と言われる人の発言内容を聞いた最初の印象だ。学者とは世間に対して夢を与えるべき英知を持っている人が与えられるべき職業だ。世の中の体制側の言葉や現状肯定的な発言の多い人に学者の表号は与えるべきでない。
by hyocori-hyoutan | 2015-06-04 23:01 | 日本を考える
道徳教育についての意見は様々である。12/29(月)の産経新聞の「正論」欄に加地伸行氏(立命館大学)が執筆していた。読みやすく理解しやすかった。以下、その感想である。

人間は生物だし、根本的には利己主義である。しかし、家族の形成、地域社会の形成、そして国家の形成をする道を人間は辿ってくる中で協調して我慢することを学んで、文明、文化を発展させてきた。社会の中で己の生きる楽しみを築いて、社会なしでは、人間は生きることが出来なくなった。そのために社会を守るためのルールを作り、それを守ってきた。ルールが崩壊すれば社会も崩壊する。社会が崩壊すれば、一人ひとりの生きる楽しみ、物、そして心の豊かさも喪失する。その社会を守るルールが「道徳」になる。

もちろん、人間の歴史の中で一部の人間が権力をもつ全体主義の時代(今の北朝鮮や中国もそうだ)もあった。そこでは、権力者の保身で社会のルールの押し付けをして、個人個人の生きる権利が制約されてきたのも事実だ。その負の歴史を経験したからこそ、個人の自由や多用な価値観を守ろうとする動きもある。これは、力での制圧に対する人間の根源的な反発であり自由願望である。

そして世界の多くは民主主義制度を取り入れた。一部に権力が集中する全体主義への反省からである。日本も戦後の繁栄は民主主義から来ている。だから、今、道徳教育が進める狙いは「心」の豊かさへの転換であり、世界の国々から尊敬できる民度を高めることである。道徳は、これを実現に導く人間の英知だ。

また、道徳は絶対的なもの、相対的なものに分けられる。絶対的道徳は、人を殺してはいけない、物を盗んではいけない・・・といった社会秩序の鉄則、公徳である。相対的な道徳は、自己実現と社会的使命の間で苦悩積み重ねる中で、生き方を学ぶ訓練である。それには正解がない自己訓練だ。たとえば、遭難にあって3人が乗ったボートであるが、このままでは沈んでしまう。一人しか乗れないのだ。その時どうするのか・・・。こんな設定が個人の判断力を高めていく。これを私徳という。

道徳教育とは、公徳を徹底的鍛え、私徳の考えを高めていくことになる。これが民主主義社会での道徳教育になる。ただし、日本の政治体制を全体主義としてとらえたら、道徳教育反対になり、民主主義社会としてとらえたら、道徳教育賛成になる。

民主主義政権に対して批判的なジャーナリズムは必要であるが、民意を反映した総選挙の結果の政権を全体主義、個人の自由を奪う政権と位置づける朝日や毎日新聞の論調はおかしいものだ。総選挙の結果を認めず、投票率や選挙制度のせいにして、現実を認めてないように思う。
by hyocori-hyoutan | 2014-12-30 14:09 | 日本を考える
衆議院総選挙も終わって5日経過した。今日テレビ(12/18)を見ていたら自民党のCMが流れていた。結構頻繁に。普通なら選挙後は流れないのに自民党が選挙広報みたいに流す真意はどこにあるのか?ボクの考えでは、これからの政策推進には日頃の広報が重要だと認識したせいかな。結構、野党や左側の人から批判されていた「この道しかない、アベノミクスを推進する」というキャッチフレーズのCMを流すことで、左寄りのマスコミに戦うことを宣言したのかもしれない。もちろん、このマスコミには産経、讀賣は含まれないが‥。

それにしても、選挙の投票率が低いのは、争点がなかったとの論調が多かったが、投票率の低いのは、現状が変わらないだろうという意識が高いことにあるが、現状が変わらないという意識は「あきらめ」と「現状に満足していること」の2つがある。マスコミは「あきらめ」ばかり強調するが、「現状に満足している」もかなりに割合がいると思う。イスラムの争い、中国の共産党支配の選挙さえも行えない状況など世界ではもめごとは絶えないが、日本では医療制度も皆保険、年金も厳しいながらも他国と比べたら満足のいくものだと思う。

それに、日本は民主主義国家だ、頻繁に総選挙も行える。もし不満が高まれば選挙で体制を変えることもできる。選挙で日本共産党政権さえも樹立されることもできる。だから、諦めているから選挙に行かないという論調は、日本国民を見くびっている以外の何物でもない。それほど日本国民はバカじゃないと思う。

中国共産党の新聞の論調は、投票率の低いのは今の政権への諦めであると書いていたという。他国の選挙結果へのコメントしては、内政干渉に近いと思う。お前の国で自由な選挙やってからにしてほしいものだ。日本に対して常に、上から目線で話す姿勢は気分が悪い。
by hyocori-hyoutan | 2014-12-19 00:44 | 日本を考える
12/7(日)のTBSのサンデーモーニングを見た。正確には時々見た。関口宏が進行する悪名高き反日番組だ。総選挙一週間前だから、どんな放送をするか観察した。やっぱしすごい番組だ。選挙期間中だから政治色を薄めて放送するかと思っていたけど、そうじゃなかった。ゲストコメンテーターの姜尚中が選挙のことについてコメントを出す。「今度の総選挙は、選挙に行きますか?それとも人間やめますか?」という選挙と言った。その背景は自民党で300議席を上回る議席獲得が新聞予想があった。つまり、選挙に行って野党に投票して安倍の憲法改正等の暴走を止めなきゃいけない。「選挙に行かないということは、戦争をする国になりつまり人間を辞めなきゃいけないよ」と言ったのだ。確かに姜尚中は焦っていた。

だって、仮に社会民主党などが大躍進が予想されるなら、姜尚中はこう言っていただろう。。「今度の総選挙は、選挙に行きますか?それとも新しい日本の姿に参加しないのですか?」でも、よく考えたら、姜尚中は在日の韓国籍だという。選挙権がないんだ。選挙権のない外国人が「人間やめますか」まで言ってしまうかな?日本人が韓国のテレビで、韓国の選挙について、同じような発言をしたら国家侮辱罪で監禁されるのがオチだろう。

更に、写真家の浅井氏が「選挙の結果では白紙委任したことになる」と言った。集団的自衛権などをを含めて「白紙委任したことになる」これも選挙結果(自民党300議席以上)を受けての発言だ。だから「このままでは白紙委任になって大変なことになるんだよ。よく考えて野党に投票をしましょう」と言っているのと同じ。これもおかしい。選挙に向けての政党方針、公約は発表しているのであり、選挙結果での政権党の方針に賛同しただけのこと。白紙委任という言葉がいかに国民をバカにしているのか問いたい。

大体、これまで自民党が機密保護や集団的自衛権についての国会で法案をあげると、そんなことを白紙委任していない、そんなことをすると選挙で民意を問え!と言ってきた連中が、「大義がない」「白紙委任したことになるぞ」と真逆なことを公共のテレビで言っている。TBSの報道部を変な人間が多い。

by hyocori-hyoutan | 2014-12-07 23:14 | 日本を考える
30年近く購読していたのが「毎日新聞」であった。でも11月から「産経新聞」へ乗り移った。これまで毎日新聞の偏向した記事には耐えていたのだが、もう限界になった。ただ、年間契約を2年先までしていたため、じっと我慢して、その契約期間終了を迎えたのが10月末に切り替えた。
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産経新聞は記事を読んでいても読みやすい。変なひねりもない。こうあるべきだという押し付けもない。だから目から脳にストレートの入っていく。社説も共感できるものが多い。

アメリカがどうだ、ヨーロッパがどうだ、だから日本は遅れている‥‥的な論説はない。ただ日本が立ち向かわなければいけない問題点を賛否両論で記載して、産経新聞社としての意見も述べる。変に「国民は騙されてはいけない」みたいにセンセーショナルに体制批判をすることはない。

今度の総選挙だって「大義がない」の一辺倒で批判しているのは、朝日や毎日、それにブロック紙の西日本新聞である。いろんな場面で国民に信を問うことができるのは総理大臣の権限だし、2年あまりの現政権の評価を聴くことは問題ない。特に現在の自民党の議席数が減少予想される中での大英断だと思う。近くの国の中には国政選挙なんか50年以上やっていない国もある。国民が政治の方針を選ぶことさえできないのだ。「大義」なんかいう前に自分の主張を実現できる政党を選べばいいだけのことである。

民主主義の根本は選挙である。それを行うのに「大義がない」がないとは民主主義を否定することにもつながる。民主主義とは少数の意見も考慮するが、多くの意見に従うことである。自分の意見が通らないといって「民主主義ではない」というのはおかしい。民主主義とは道具であって、目的ではない。そのことを言葉の遊びでごまかしている気もする。

話は飛んだが、愛すべき日本は、ヨーロッパでもアメリカでもない。日本は日本だ。その日本を土台にして考える新聞が、今後も発行部数を伸ばしてもらいたい。
by hyocori-hyoutan | 2014-11-26 22:35 | 日本を考える
朝日の記事も、様々な雑誌、新聞、インターネットで記載されており、朝日の体質(官僚的、反日的、上から目線的など)が暴露され続けている、今回の紙面の5番目の「読者のみなさまに」を掲載しても、その中身のないことに唖然とする。
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意図的な事実の捻じ曲げがなかったとは事実をそのままに書いたことと理解していい。ではなぜ大阪の記者がソウルまで行って記事を書いたのか。当時のソウル支局長の依頼があってのことらしいが、当時の支局長は、記事の内容は新聞に載るまで知らなかったとテレビで証言している。縁戚関係が理由じゃないと言っているが、誰が信用をするものか。縁戚関係イコール、記事を書いてはいけないがメディアの基本的なことじゃないかな。いつも、朝日が企業を責める常套句だもの。

それと、杉浦編集担当が総括で記載している表題が「慰安婦問題の本質を直視を…」になっている。この「本質を直視」ということばは、朝日新聞の記事によく出てくるから注意しなければいけない。「本質を直視」の後に朝日の主張が必ず記載されている。それが正しければ問題ないのだが、ほとんどの場合は、朝日新聞の説が間違っていたり、国民の大多数が朝日と別の意見の場合に使われる。つまり国民を誘導したり自己を主張をごまかすためだ。

ともかく、上から目線の朝日の報道はイライラさせられる。謝罪のポーズをとるときは「読者のみなさん」と範囲を限定し、自己主張をする強気の時は「国民の皆様へ」と使い分けている。今回の件も、もっぱら「読者」を多用し「国民」という言葉は使わない。日本を国際的にこれほど貶めているのだから謝罪の対象は「日本国」「国民」だと思うけどね。

更に言えば、「読者」に限定して使ってもらってもいい。その時は同人誌レベルの新聞で、社会に影響を与えないことになる。こっちの方がいいかな。
by hyocori-hyoutan | 2014-10-09 23:51 | 日本を考える

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan