カテゴリ:日本を考える( 22 )

くたばれ朝日 危機意識なし 産経への期待高まる

今の時代は、若い人は新聞を購読していない場合が多いが、ボクらの世代は、やはり朝に、新聞がないと寂しい気分であった。だって、子どもの時から新聞は隅から隅まで読んでいた。読んでいた新聞は「西日本新聞」であった。地元のニュースに詳しいし、好きだった地元のプロ野球球団、西鉄ライオンズの記事も多いし好意的だった。

その考えは、大学時代になっても同じであった。貧乏学生であっても新聞は購読していた。当時、月額新聞購読料1700円(昭和49年)であった。そして家賃代込みの月生活費30,000円であったにもかかわらず、1700円を購読料として支出していた。情報をインターネットから取れる現代とは時代感覚が全く違う。

しかし、考え方大きく変わった。田舎のローカル紙である「西日本新聞」なんてつまらない、全国紙を読まなきゃいけない。全国紙の中でも「朝日新聞」の論説を理解しなきゃいけない……と思い込んでいた。週刊誌は「朝日ジャーナル」が最高と思っていた。日本の政治、社会の方向性は朝日新聞が握っていた。だから大学4年間は朝日新聞を購読していたし、それが当たり前だった。新聞だけでなく、朝日関係の出版社も元気だった。朝日の記者であった、本多勝一の「中国の旅」「殺される側の論理」などをむさぼり読んだ。反体制側を支持していた。

そして社会人になっては、朝日よりは読みやすい(主義主張が柔らかく温厚な?)毎日新聞を読み始めた。何と30年間も購読した。でも、毎日新聞も朝日と同じように反日的、自虐史観、中国韓国に好意的な記事が増えてきた。特に憲法改正や安倍政権への批判が精鋭化してきた。もう購読を止めたと思ったのが1年半前、でも年間契約を結んでいて、その期限が切れるのが今年の10月末である。

楽しみだ。11月から購読する新聞は産経新聞に決めている。主義主張がはっきりしているし、他紙への批判も的確である。また現憲法の唱えている象徴天皇制に維持や、国家観についても明確に記載されいる。他の新聞の批判とための批判レベルではない。産経新聞が購読者を増やして、朝日や毎日を上回る時代(近未来)がやってくることを期待している。

ネット全盛で新聞の影響が薄くなっているといいながら、まだまだ新聞の影響力は無視できないもの。

by hyocori-hyoutan | 2014-08-02 01:31 | 日本を考える

太平洋戦争 今振り返ると 勝者の歴史?

太平洋戦争(日本では大東亜戦争)の歴史的評価などが再び議論の場に出てきている。戦いの原因は、日本の拡張主義が民主主義勢力(アメリカ、イギリスなど)の反発を呼び起こしたのか。あるいは、当時の植民地の利権を有した米欧列国にとって、白人以外で新たな国力を持った日本を貶めるための戦術だったのか。歴史の客観的見方は、己の所属する国によって違うことは当たり前だ。

ひとつ、月刊誌「WIILL」に記載されて記事を読みながら感じたことが一つある。戦後の日本の革新陣営は、アメリカを「米帝」と名指して「米帝打破」「アメリカ追随反対」「日米安保打破」と唱えていた。つまりアメリカは利権を漁って自国繁栄のみの国策とする国として非難していたわけ。ここで疑問が生じた。アメリカは第二次世界大戦の戦勝国だから戦中も戦後も国の方針は同じはずだ。ということは、アメリカと戦った太平洋戦争は、米帝VS日帝の戦いだったわけ。つまり帝国主義同士がぶつかった戦争だったということになる。

じゃ、太平洋戦争は、勝つか負けるかの戦いであって、負けたのは時の運、力のなさに過ぎない。日本人は自虐史観に囚われる必要はない。負けたからには領土割愛と賠償金のペナルティだけで、国家観を失う必要はなかった。でも占領政策の中で自虐史観をアメリカは植えつけ、自分たちは正義の志士を気取った。その影響は薄まるどころか、中国、韓国の反日思想、国家戦略の中で大きくなってきた。今、日帝復活打破だけが残っている。日本に住んでいて帝国主義なんて復活してないのにね。だからこそ、今立ち上がらなくていつ立ち上がるのか、そんな時代になってきたことが実感される。敵はアジアの近隣三国と自虐史観が浸み込んだ国内の団体だ。

今は、日本人として誇りを持つこと。日本人を貶める他国の干渉はもちろん、第三者国でのプロパガンダ戦略にも毅然として戦わなければならない。敢えて波風を立てない方がいい。阿吽の呼吸で物事を解決しようなんて思わない方がいい。地球の国々はそれほど甘くない。世界市民、人類みな兄弟なんて嘘にしかない。シリア内乱、イスラエルVSパレスチナ紛争が現実問題としてある。この現実がある。自分の国を愛さない世界市民なんてお人よしにしかすぎない。

本日はここまで。話が飛んで行くばかりであるが、何回かブログに書いていればまとまりが出てくるかな。

by hyocori-hyoutan | 2014-07-30 22:40 | 日本を考える