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紅葉登山 カメラの紛失 魔の10分

紅葉登山のおまけである。帰路の「すがもり越え」から「長者原」に下山途中に、デジカメを落とした。ウエストポーチのベルトにカメラバックを通していれば良かったのに、ずさんにもベルトに通さずにフックに引っ掛けるだけにしていた。落ちてもすぐに気がつくと思っていたが、ウエストポーチがクルリと回って背中の方に移動したから、弾みでフックが外れて落ちてしまった。

狭いガレキ道から硫黄山林道に出て、ほっとしたところで気がついた。既に「すがもり越え」から50分も下山したところだ。その時のショックは筆舌にしがたい。どこで落としたか分からない。「すがもり越え」まで戻っても、幅広いガレキ道が多かったから、正確な下山コースを後戻りすることは不可能に近い。もう諦めた……という気持ちが8割になった。

しかし、やはり諦めきれない。50分後戻りして探してみよう。見つからなければ諦めがつく。そんな気持ちで、また山を戻り始める。戻り始めて10分が経過した。まだガレキ道には入ってなく、狭い赤土混じりに細道の中を気が沈みがちに心の整理も出来ずに歩いていた。すると目の前に、見慣れた青いカメラバッグが赤土の上に転がっていた。もちろん、カメラバックの中には、デジカメが入っている。

「あった!」
大声で後方を歩いていたオクさんに声を掛ける。
「見つかったよ!良かった。こんなに早く見つかるとは思わなかったよ。ついている。」
沈んだ気持ちが、すぐにテンションが高揚する。

これで、家に戻っても。紅葉登山記が書ける。金欠病の中でデジカメを新規購入しなくていい。見つかった瞬間にいろんな事が頭の中を駆け巡る。

自分のいい加減な管理能力を責めるとともに、自分の品行方正が味方したと勝手に思い込む。事前の万全の注意は、事後の心底からの後悔に勝る……とは真実である。

by hyocori-hyoutan | 2007-10-31 23:10 | 山歩き

紅葉の大船 天気も味方 生きる力湧く(その2)

【大船山山頂の紅葉】大船山の頂上で紅葉の景色に見とれていた。紅葉の間には奇妙な岩も目立つ。じっと見ていると何だかイメージが広がる。左の写真はライオンの右を向いてる横顔に見えてくる。真ん中の写真はやはり右を向いている鼻の低い猿の横顔に見えてくる。そして、右の写真は手前の岩は犬のプードル、その奥はウサギが飛んでいる姿に見えてきた。大自然の中にいると想像力が豊かになるみたいだ。
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その擬似動物のように見える岩は、間違いなく大船山の頂上の紅葉の中に存在している。
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【大船山~法華院温泉:1時間25分】頂上に30分近くいると、登山客は減ってきた。山の夕暮れは早い、だから常に行動を早めにするのは登山する人間の常識である。さあ、紅葉も名残惜しいが下山することにする。大船山の下りは急坂のため、上りと同じ時間がかかってしまうが、あとは温泉が待っていると思うと心はウキウキである。着いたぞ!法華院温泉!
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【法華院温泉山荘】着いたのは午後4時……早速、温泉風呂に浸かる。1300mの高原での温泉は風が爽やかと言うより寒い。午後6時からは夕食であり食堂に向かう。山小屋で食べる飯は美味い。周りを見回すと、熟年のハイカーばかりである。山の書籍もかなり揃えてある。この雰囲気がいい。ビールは一本しか飲まないが、十分に満足である。
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部屋に戻ると部屋の前の廊下にはストーブが2台……、赤々と燃えていた。夜の寒さを凌ぐためのものだが、これはあり難かった。夜の5度くらいの冷え込みが予想される。そして部屋の中に入る。テレビも何もないただの部屋である。でもそれがいい。聞こえるのは、小川のせせらぎだけしかない。
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何もすることがないから、もう一度風呂に行く。満天の星と言いたいが、少し雲が出てきた。風呂の外のベランダに出て大船山の上に上がってきた月の写真を撮る。その姿を見ていた温泉風呂の同宿の登山客が言う。
「カメラが趣味ですか。ボクもカメラが趣味で、月の光だけで大船山を彩る紅葉の写真を撮ったこともあります。」
世の中にはすごい人もいる。紅葉の時期に来ている登山客にはカメラマニアも多い。風呂の中でのカメラ談議は,とても面白く盛り上がってしまう。
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【法華院温泉~北千里浜~すがもり越え:45分】翌日は、行きと同じ雨が池コースで長者原に出るつもりでった。一番楽なコースである。しかし、朝食の時に横にいた夫婦の登山客が三俣山に登った話を聞き登山の話で盛り上がった。
すると、オクさんから「帰りは三俣山に登ってみることができるの?」
ボクの答えは「急坂を登らなければいけないし、2時間が倍の4時間くらいかかるよ。」
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結果は、行こう!ということになり、法華院温泉山荘の裏から砂防ダム沿いに急坂を登る。15分ほどで北千里浜に出る。法華院を出た頃は、まだ天気が良かったのだが、だんだんガスが出てきた。でもガスはまだ上方であったから、道に迷いやすい北千里浜はケルンを目印に進むことが出来た。

【すがもり越え】ガレキの急坂を登ってすがもり越えに到着した。気温は10度であった。今から登る三俣山の山頂の方はガスで覆われている。
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【すがもり越え~三俣山往復:1時間20分】この道も急坂だし視界はガスで覆われれて3m先くらいしか見えなくなる。下山してくる登山客に道を間違えていないかどうか、確認しながら登っていく。しかし、途中から下山する登山客も少なくなり心細くなる。風も突風が吹き荒れて体も寒くなってくる。山の天気の急変に驚く。結局、三俣山の本峰南側の岩山で引き返すことにする。後で確認すると、山頂まであと10分足らずであった。とりあえず記念写真だけは撮っておく。
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【すがもり越え~長者原:1時間20分】あとは下山するだけ……。ガレキの石で転ばないよう、足をひねらないように注意して降りていく。三俣山から離れて硫黄山側の道路に渡って下っていく。長者原の近くになっても紅葉の道は続く。足元はよくなるので紅葉の木々に目をやることもできる。充実の紅葉登山であった。

【美ら野での昼食】長者原について、レストハウス2階の温泉で登山の汗を流す。そして牧の戸~瀬の本経由でのドライブを選択する。瀬の本高原に着く手前の筋湯に降りる三叉路に上品な旬の料理を提供してくれそうな食事の店があった。「美ら野」である。創作のイアリア風の和食である。なかなか美味しかった。ボクにしては気の効いたお店を選んだものだ。(実はオクさんの強制停車命令が出たのが本当ですがね)
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以上で一泊二日の紅葉登山旅行の奮闘記は終了です。いつもと違う登山コースで本当に楽しかったです。皆さんも行ってみては? 
                          ― 完 ―

by hyocori-hyoutan | 2007-10-30 23:26 | 山歩き

紅葉の大船 天気も味方 生きる力湧く(その1)

紅葉の季節になった。深秋の山登りと紅葉観賞を兼ねて大船山登山に行った。長者原に着いたのは9時半過ぎであった。日曜日なので駐車場はほぼ満杯状態であったが、登山口に遠い駐車場で空きスペースを見つけた。今日は雨ヶ池コースで坊がつるを目指す。
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【長者原~雨ヶ池:1時間10分】木立の中の登山コース、森林浴の気分で快調に進む。ひたすら歩いていて、ふと見上げると木々の紅葉は綺麗である。陽の光を浴びて紅葉が透かして見える。
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【雨ヶ池~坊がつる:40分】雨ヶ池は雨天が続くとヌカルミになる。だから歩き易いように渡し板の上を歩いていく。しばらく行くと、坊がつるが見えて来た。遠くに平治岳や大船山の山影も見えてくる。調子は相変わらず快調だ。
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【坊がつる~段原:1時間5分】坊がつるから直接、大船山を目指すつもりであったが、宿泊地の法華院温泉山荘まで片道10分の寄り道をすれば、空荷にすることが出来るので、登山リュックを預けていくことにする。坊がつるは思い出の地だ。中学1年生の時に同級生2人と一緒に、同級生の父親に連れて行ってもらった最初の山が大船山であり、キャンプしたところが「坊がつる」であった。大自然の雄大さに中学1年のボクは最初の感激を受けたことを今も鮮明に覚えている。今も坊がつるに足を踏み入れると、心のときめきを感じる。遠くに見える山容のギザギザが大船山の頂上だ。目指せ!大船山……
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【段原】1時間5分で段原に到着した。大船山の頂上も見える。頂上付近にはヘルコプターが旋回して登山者も手を振っている。段原から大船に向かう尾根は紅葉で覆われている。天気に恵まれたことへの感謝の気持ちが高まる。大船の奥には、中岳や天狗が城の頂上、硫黄山も見渡せる。
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【段原~大船山:15分】もう頂上が見えているから、脚のリズムも軽快だ。あっという間の15分で頂上に到着した。頂上の東側にある御池周辺の紅葉が美しい。しばし頂上に佇んで1787mの高地での秋の深まりを満喫する。本当に天候に恵まれラッキーであった。そんな声を登山者の多くが口にしていた。御池の上の大きな岩はライオン岩だと登山者から教えてもらった。そのように見ると確かにライオンみたいに見える。 (続く……)
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by hyocori-hyoutan | 2007-10-29 21:57 | 山歩き

明日が勝負 九州一周駅伝 福岡、宮崎競う!

九州一周駅伝の思い出は尽きない。子どもの頃は『福岡』が強かった。西鉄、八幡製鉄、九電工、黒崎窯業等の実業団が充実していたから、全盛期前の『宮崎』に大勝していた。しかし、旭化成が強くなってからは連敗、連敗であった。そして旭化成が弱くなったここ2年間は『福岡』が勝っている。特に2年前の三津谷、ワンジル(トヨタ九州)の大活躍は記憶に鮮明に残っている。
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しかし、九州一周駅伝の地盤沈下もしてきている。『宮崎』はオール旭化成のチーム編成を止めて勝負へのこだわりを捨てた。すると『福岡』も全力で戦わない『宮崎』に勝っても意味がないと思ったのか、「新人枠」を設けて社会人3年未満の若手にも活躍の場を与えた。全力で戦わないと面白くない……そんな雰囲気が出てきた。
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7日目の延岡入りに地元『宮崎』を打ち倒した『福岡』は18分ほどの累計差をつけて、3連覇に青信号がついた。すると、そのあとの8,9日目は「新人枠」の選手を使って、その貯金がたったの1分半くらいに縮まった。全力で選手選考しないから、選手のやる気にも影響を与えたのかもしれない。逆の『宮崎』は『長崎』の躍進でお尻に火がついてのか、本気モードになって走り始めた。さて、最終日は明日28日、日曜日だ。最後は『福岡』も本気モードで選手を選んだ。篠栗~福岡のラスト区間に、人気の今井選手(トヨタ九州)を走らせるかな……と思ったが、箱根駅伝での山登りの神様と言われた今井選手を、飯塚~八木山の急な上り坂に起用した。多分、福岡が宮崎を5分以上は引き離すと予想する。
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毎年、最後の中継所の篠栗に応援に行くのだが、今年は別件で行けそうにない。残念だ。駅伝の中継所のスタート前の選手の緊張感、必死にラストスパートする選手の必死の形相は応援するもの無言の感激を与える。

本当は11月上旬の晩秋の風物詩であった九州一周駅伝であるが、今年は2週間は時期が早まった。その理由は知らないが、箱根駅伝の関東大学選抜チームをオープン参加招待するための時期変更だったのか……。ただ、その選手たちのユニフォームはセカンドユニフォームであったのは、期待はずれであった。要するに、早稲田と言えばエンジのユニフォームだが、今回の九州一周駅伝では白のユニフォームであった。主催者としては人気回復の一手段だったかもしれないが、これも期待はずれであったかもしれない。

by hyocori-hyoutan | 2007-10-27 23:26 | スポーツに一言

謝罪誰のため 謝罪の真意 誰か教えて

またまた亀田家のこと。対戦相手であった内藤選手のコメントは良かった。謝罪会見を見て「興毅選手のコメントは立派だった」とのコメント……。今日はボクはたまたま仕事が休みであったから、朝9時からの謝罪会見の生中継ワイドショーでもじっくり見ることが出来た。

親の四郎氏はもうテレビには出られないはずだ。反則行為の指導はセコンドとしてはしていない……と前回の記者会見で言い切ったわけだ。しかし、そのことを言い通すには無理がある。謝罪会見そのものが反則行為への謝罪であるから、反則行為を認めなければ謝罪会見の意味はない。だから前回の記者会見で同席していない長男に押し付けたのかもしれない。(興毅が前回の謝罪会見に同席していなかったのが良かったのかもしれない……)

わが身のことを考えれば、ことは分かりやすい。失敗をした子ども達が社会に糾弾されていたとする。違う道を歩いていたならば、子どもの責任にすることは簡単である。しかし今回は違う、運命共同体としての父子鷹であるのに、親の指導の責任やコメントの責任を長男に押し付けたのだから。普通なら自立した子どもならば、いつか親への反発心も出てくるであろうが、今回の亀田の父子関係には生じてこないみたい。そのことがマスコミでは美談として取り上げられたら、事件の本質究明を失うことになる。

ボクシング界から追放されてもいいと思っている、親:四郎氏かもしれないが、あと30年、40年は生きていけなければならない。説明責任、謝罪責任はボクシング界に身を置くかどうかではない。このことを謝罪しなければ、相変わらずチンピラの世界で生きていくしかないであろう。

興毅、大毅を含めた再チャレンジは国の施策の再チャレンジとは違う。国は社会の底辺で喘ぐ人たちへの救済処置として再チャレンジを模索しているのであり、卑しくも世界チャンピョンを目指す人間の過失は見逃せても、故意で起こしたことへの糾弾、追及をなくして再チャレンジはない。

マスコミの「世間の声」や「街頭インタビュー」の結果が怖い。誰が責任をとるのかなあ……。

by hyocori-hyoutan | 2007-10-27 00:50 | 世相を斬る

Qちゃん 来春のレースに 全てを賭ける

高橋尚子が東京国際女子マラソンにエントリーせず、来春の大阪、あるいは名古屋のレースに出場して北京への切符を目指す!とのことをニュースで聴いた。既に国内最強の野口みづき選手の東京国際女子マラソンへの出場は決まっていたから、野口との戦いを避けたという印象は残る。

仕方なし。高橋にとっては、日本人選手に負けてしまえば、北京への道は閉ざされる。そして第一線からの引退も余儀なくされる。ここでは、じっくり観戦して、次の手を打とうという作戦も一つの選択肢だ。問題は、高橋の体調の様子が伝わってきてない。どうしても年齢からくる限界説はすぐに流れる。体調をワンランク上げて、来春の勝負を期待した。理想は、北京で高橋、野口の初めての戦いを見たいものだ。

もちろん、渋井や大南、そして世界陸上の雪辱に燃える原の動向も気になる。どちらにしても選考の結果は、また国民的関心事になってしまうだろう。日本陸連の理事さんたちも大変だ。

高橋が最後のレースになるかもしれない、「大阪」あるいは「名古屋」は、新幹線に乗ってでも、応援観戦に行きたいと思う。だって、2度と見られないレースになるかも知れないもんね。マラソンオタクだね。

by hyocori-hyoutan | 2007-10-26 00:29 | スポーツに一言

October-Marathon 300km越え 感じる絶好調!

300kmを越えてしまった。いつもボクの日々のランニング記録を残すのに使っている練習日記に便利なものがオプションでついてきた。それは、年間走行距離を表す棒グラフだ。それによると、2005年は2400km、2006年は2800km、そして2007年は3300kmを越えそうな勢いである。この年齢になって、走行距離が伸びているのは、素晴らしいことなのか、体によくないのか、馬鹿なことなのか分からない。

月平均300kmで年間3600kmになるから、そのレベルに到達しそうな勢いである。確かに、このレベルの走り込みをすれば、体調が変ってくるのが実感できる。走り始めは体が重めでも途中から呼吸も楽になり、脚の運びもスムーズになる。㌔6分ペースで走っても脈拍は120程度である。まさにニコニコペースだ。そして、安静時は脈拍40~50に落ち着いてしまう。この異常な徐脈を助長しているのは、走り込みと分かっていても止められない。

今月は350kmまで行きそうであるが、12月にフルマラソンを走る予定だから、十分な走り込みになった。久しぶりの好タイムが予想される体調である。ボクにとって毎年11月は、12月以上に飲み会が増える。これさえ乗り切れば、吉報が待っている事だろう。

己に勝つ、ライバルにも勝つ、そして年齢には勝たないで上手く付き合おう!

by hyocori-hyoutan | 2007-10-25 10:48 | 日々ランの雑感

トレッドミル 30km走る馬鹿がいる 馬鹿には充実感あり 

今日のランニング練習は記念すべき日になった。何とトレッドミルで30kmも走ってしまった。普通の人は5kmもしくは30分が限界であろう。慣れてくれば10kmあるいは1時間までは走れるだろう。それ以上になると、マニアの世界に入ってしまう。ボクの知っている人の中では、フルマラソン(42.195km)をトレッドミルで走った人もいるが、それは例外中の例外である。

今日の予定としては、30kmも走るつもりはなく、昼10kmで夜は12kmくらいであったが、途中から30kmに切り替えて集中力を切らさずに走った。トレッドミル30kmは約3時間である。気持ちが乗っていないと、まず走れない距離である。そして、トレッドミルに表示される距離や時間を気にしても走れない。「無」の気持ちになって初めて走れるものと痛感した。3時間の間、隣のトレッドミルも空いている時間も多かったから、気も散らなかった。

走り終えて、シャワーを浴び浴槽に浸かる。十分に汗を流したから今日はサウナには入らない。筋肉痛もないみたい。念のために足首に冷水を浴びせて簡易アイシングだ。この充実感は堪らん、堪らん……。帰路、ジャスコによってアイスクリームとジュース、そしてポテトチップも購入した。頑張った自分へのご褒美だ。

でも30kmも走ると、明日の反動も怖い気がする。明日は繋ぎで10kmを走れば満足かな。

by hyocori-hyoutan | 2007-10-24 23:33 | 日々ランの雑感

フラットに 蹴りを意識すりゃ 怖いものなし

10月下旬ともなると日々の冷え込みを感じることが多い。Tシャツ短パンのスタイルは遠い昔の出来事みたいな気がする。今日も夜7時から走り始めた。ロングTシャツに薄手のウィンドブレーカーである。もう太陽はすっかり落ちている。風もないが寒くもない絶好のランニングナイターだ。走り始めの体が重いのは10分だけだ。あとはランニングハイの状態になるし、その持続も長い。気候が爽やかだからハイの状態が限りなく続く。

今はフォームが安定してきている。腰高のフォームをイメージして、フラット走法で路面を強く蹴ることを意識する。決して無理にストライドは広げない。無理に広げれば腰が落ちてしまう。このフォームが意識できるのも、カカトのアキレス腱周囲筋炎症から少しづつ解放されつつあるからである。昔に少し近いフォームに戻ってきたのは嬉しいもの。もちろん、20年前の自分に戻れるのは不可能だが、イメージは近づきつつある。

言えるのは、4,5年前と比べて確実に力がついてきたこと。4,5年前は20km走れば疲労が残っていたのだが、今はそれくらいの距離では疲労は残らない。年齢は増えているのだが、脚力は増進していることを実感できる。大風呂敷的に言うと、3時間30分以内にチャレンジする土台まであと少しの状態である。

今日の走りを報告!
まみずピア先まで走った。折り返しではウィンドブレーカーまで汗が浸みだしている。休憩30秒で復路に向かう。とんとんと規則的なリズムを刻んでいく。結局、家につく復路が2分半も速くなる。余裕のあるフォームで走りきったのはいい感じだ。㌔5分ペースをコンスタントに作れるのは気持ちがいい。いつまでも続いて欲しいのは、今のリズムである。忘れないためにも日々練習である。

by hyocori-hyoutan | 2007-10-22 23:12 | 日々ランの雑感

三丁目の夕日 昔を知っているから 懐かしさと感動あり

ALWAYS"三丁目の夕日"をトリアスで観て来た。続編の封切り前に一作目が500円均一料金で上映されていた。好評であったのは知っていたが、観賞はしていなかった。なかなか面白い映画であった。名前は知らないが子役の出来も良かったし、小雪の役柄も良かった。
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時代は昭和34年、東京タワーが建設途中の時代だ。まだ、木製冷蔵庫(電気冷蔵庫ではない!)が現役で、冷蔵庫の上棚に氷柱を入れて、冷気でその下の冷蔵室を冷やすだけのものである。昔、昔……ボクの家も製造業の商売をしていたから、家の中にあった木製冷蔵庫の記憶もある。
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鈴木オート修理屋の家にも、テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機の家電の三種神器が揃い始めた時代であった。映画の中ではタバコ屋で「しんせい」を買うシーンもあった。ボク自身の記憶でも、父親から120円持たされてタバコ屋に40円の「しんせい」三箱を買いに行っていたので、そのシーンは強烈に印象的であった。
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中学生の集団就職列車、ダイハツの三輪トラック、建設途中の東京タワーが映像の美しさの中でセピア色に輝いている。
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この映画の昭和30年代の街並みもCGで撮っているらしい。素晴らしい出来ばえである。映画は昔の街並みだけの紹介みたいな前半であったが、後半は人間愛もテーマに入ってきて映画らしい感動のシーンも生まれる。古きよき時代だけでなく、人間の優しさも十分に残っていた時代であることが再確認されてくる。今では親子だけが家族であるが、昭和30年代は住み込みの従業員、隣の人を含めて大きな家族であった。分け隔てなく親子の家族と同様に愛情を注ぎ込む……今では失っているが、豊かな地域コミュニティ社会である。
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特に薄幸の女性を演じる小雪の演技は良かった。演じるというより自然な振り舞いの中で小料理屋の女将さんを演じていた。結婚を告白されても、貧乏なため婚約指輪はないのだが、指先を相手方に差し出して指輪をはめてもらったつもりで、指先を光にかざして喜びを噛み締めるシーンは良かった。ちいちゃなシーンにも、手間ひまをかけて丁寧に撮っている映画であった。11/3からの「続:ALWAYS三丁目の夕日」も観に行こう!

by hyocori-hyoutan | 2007-10-20 22:09 | movie