ひょっこりひょうたんの日誌

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夜は冷え込んでいるが風はない。満月じゃないが月の光はところどころに散らばっている夜空の雲を鮮やかに立体的に浮かび出している。この時期の夜に走っているランナーは少ない。走っているのは本格的なランナーが多く,薄着のランナー2,3人と出会う。こっちのランナーは,やや本格的なランナーと思い込んでいる3人組である。まあ,サブ4ランナーだから,少しは自身を持って走っていいレベルかな……。

まあまあ,リズムで飛び出していく。㌔5分半くらいか。脚も元気だしニコニコペースで会話も楽しめるペースである。でも照葉の街に入ると無言になってくる。微妙なペースアップが無口なランに導く。それだけ集中力も高まっていく。ボクはランニングしながら計算するのが大好きだ。

「このペースは5㌔27分ペースかな。」
「本番では多分楽なペースだろうが,練習ではキツイなあ。」
「やっと,マラソンの4分の1を走った。このペースの4倍は自分の力だけでは無理だ。マラソン大会に出ている他のランナーの力が必要だ。」
「長い距離を走るには,今のフォームよりもっとフラット走法を取り入れなきゃ……」

そんなことを考えて,約1時間50分のランを終える。ウィンドブレーカーの下のロングTシャツは汗一杯になっていた。冬場はランニング途中に休憩しすぎると体が冷える。額から吹き出す汗を手袋でぬぐう。少し手袋は冷たくなるが,それほど不快にも冷えも伝わらない。やはり晩秋であって冬ではない季節だからの感覚である。

青島の10日前のけじめの練習としては○印の練習だった。本当はレースペースでハーフがポイント練習になるのだろうが,50歳過ぎれば,レースの90%でハーフを走れば上出来である。あとは本番での豊かなレース経験と馬鹿チカラを期待するしかない。苦しさは顔の表情だけで,心は楽しめるレースが出来れば満足だ。脚さん,筋肉さん,心臓さん,無理をお願いするかもしれないが一緒に頑張ろうね。
by hyocori-hyoutan | 2007-11-29 23:56 | 日々ランの雑感
いつものようにルネサンスで14km走って帰宅する。楽しい夕食タイムだ。まずは腹ごしらえで牛乳をコップ一杯飲む。スポーツ後の牛乳は美味い。そして、メーンドリンクのビールである。邪道かもしれないが、冷蔵庫で作った氷をグラスに2,3個落として、その上にビールを注ぎ一気に飲む。この泡具合、冷え具合が堪らん、堪らん……。そして今日はいつもの夕食プラスで、本場のキムチもある。知人からのもらいものである。ビールによく合うキムチだ。テレビ、新聞を見ながらひと時が過ぎていく。

今日は、これくらいにしておこうと思ったら、キムチ以外のもらい物があるという。美味しそうな羊羹である。
オクさんの「どうしますか?」と言う声に対して
「食べていいよ!」の一声……。

ちょうど、辛いキムチで口の中はヒィヒィだった。空になった焼酎グラスに焼酎を3分の1ほど満たし、お湯を注いで「お湯割り」の追加の一杯出来上がりである。羊羹を肴に飲みだす。世の中にはいろんな人はいるが、羊羹で焼酎飲むのは珍しいかな。ヒリヒリの舌に甘い羊羹はオツなものである。これも美味しく食べほし、焼酎も飲み干す。

気がつけば11時過ぎになっていた。週末でもないのにじっくりし過ぎた。くつろぎすぎだ。こんな気持ちになれるのも、ノルマのランニングを予定通りこなして、心の余裕が出来たからであろう。明日も仕事にランニングに頑張ろう!お休み……。
by hyocori-hyoutan | 2007-11-28 23:14 | 家族
今月のエアロビクス参加本数はゼロであった。そして今日、今月初めてエアロビクスプログラム、yamanoエアロ60に参加した。スタジオに入った時から、14kmラン後であるから体も燃えている状態……。そして丁寧で、やる気を起こさせるウォーミングアップが始まると再び汗が噴出してくる。約15分のウォーミングアップだけでもTシャツはびっしょりになる。

そして、理詰めのエアロビクスが始まる。頭も体もフレッシュな最初のうちに、難しい動きがあり、時間の経過とともにシンプルでハードな動きになる。終盤には、4パートをつないで踊ってみる。不思議なことにその流れのスムーズなこと……。まさにプロだからできる技であり、教えるテクニックだ。素晴らしい!掛け声も自然に出てくる。

そして、最後のまとめも2回のみだから、もっと踊りたい気持ちもあるが、余韻も残っている。これじゃ来週も参加したくなる。結局は60分を越えて70分近くになったが充実のエアロでした。今は、走り込みに集中してエアロビクスはご無沙汰であるが、エアロの本髄、yamanoイントラのレッスンを受けてみて、エアロビクスもやはり続けていこう!
by hyocori-hyoutan | 2007-11-27 22:02 | エアロビクス
きちんとしたコースと正確な時計と要を得た給水と主催者のあたたかい心配りさえあれば、それはもうそれだけで立派なレースなのだから。  (村上春樹)

村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」の本を昨日読み終わった。売れっ子小説家であって、走り続けることを小説を書き続けるみたいにずっと続けている……。その感性は、とても身近に感じることが出来た。小説は自分の頭の中で組み立てて行く作業も多いであろう。走ることも、目標の大会を決めた時から組み立てていく。共通項があるみたいだ。

その文体は、状況描写力がすごい。ただ美しいと思うだけでなく、何故美しいのか……風の色、季節の風、自然の中に溶け込んでいく自分を的確に描いていく。複雑な己の感情を淡々とした無機的な描写をすることで、イメージが膨らんでいく。文章表現とは、こういうことを示すものかと再認識させられた。

そして、自分は小説家としての才能はないという。だから常に神経を研ぎ澄まし新しい刺激を求めていかなない。だから、走ることは小説を書く体力を確保するとともに、自分を新しい刺激の世界においておくには必要だという。ボクも小説家ではないが、何となく分かる気がする。

毎年、冬場のフルマラソンと夏場のトライアスロンに参加することで、生活のリズムを取っているのは、ランナー的な考えである。巻頭のマラソン名言も、シンプルで分かりやすい。最低限のマラソンを走る環境さえ整えてくれたらそれでいい。その中でどう感じ、どう演じるかは参加した自分自身の問題なのだから……。
by hyocori-hyoutan | 2007-11-26 21:40 | マラソン名言
走ることは缶詰社会からの脱却である。人工から自然への回帰である。人間連帯の復帰である。  (豊島宗七)

今では「缶詰社会」なんて言葉は使わない。、閉塞感のある社会、流れ作業の中でしか身動きが出来ない職場環境みたいなものを指す言葉であろう。気になったのでグーグル検索してみると、「缶詰」と「社会」が別々でしか使用されていない。つまり「缶詰社会」という言葉は、現在では使用ゼロである。そんな言葉の意味が分かる自分がおかしい。年齢を重ねた証拠かな。

閑話休題(ところで)、走る世界と閉塞感のある世界を対立的に使っている。これも理解できる。走っていると全てから解放される気持ちになる。仕事からも……、嫌なことからも……全て解放され自分中心の世界に入れる。閉塞感のある社会では自分が自分でなく歯車の一部になることであろう。自分が自分であること、自分の存在を再確認することが走ることかもしれない。そして、自分の存在を確認できてこそ、人間同士の連帯が生まれる……。

もしもボクが走っていなかったら、自分自身をどのように評価しているだろうか。

走ることは五体満足であれば誰にでも出来る。そして一生懸命に走ることは人間の本能である。その結果として、有森裕子じゃないが、走った結果はどうであれ「頑張った自分を誉めてやりたい」気持ちになることは比較的簡単だ。(本当は高石ともや氏が言った言葉らしいが……)

自分を誉めてやることは、自分を認めることであり心地よい気持ちになる。そうなると、その心地よさが他の人に声を掛けたくなり、その心地よさを伝えたくなる。人間連帯の始まりだ。反対に走ること以外では、今の世の中では他人との競争が多いから永遠に負け続ければ、自分を誉めることはできない。自分を誉めなければ人間連帯は生まれない。

そう考えると、人間というのは自分自身と戦うことは自然であり、他の人と比較したり戦うことは人工的、現代社会の歪と考えられる。だから、走ることを競ったらいけない。自分自身の世界に入らなければいけない。

でも、毎日のランニングをオクさんと競い、日々の日常生活の話をして自分自身の世界に入っていないボクは、ランニングの失格者?……そんな事はない。ランニングは一人で考える喜び、みんなで感じる喜びを与えてくれるものだから……。
by hyocori-hyoutan | 2007-11-25 22:17 | マラソン名言
九州実業団駅伝の応援に篠栗まで行く。注目は三津谷選手(トヨタ九州)の走りである。多分ダントツで引き離してタスキを渡すか、故障上がりだし無理をしないと最後で勝負をつけるか……と思っていた。予想は後者であった。
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くらいついたのは、安川電機の岡田選手である。中継点の200メートル前までは、岡田選手が前を出ていたが、センターライン沿いに三津谷選手がコース取りを変えたかと思うと最後のスパートでボクが応援する前で引き離していく。名前で勝ったようなスパートであった。
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後方では、旭化成の大野選手が1分半近く遅れての7位と低迷したのが気になった。厳しいようだが、これで旭化成の優勝はなくなった。駅伝のタスキリレーの醍醐味は、応援するものの心も熱くする。倒れ込んで次走者にタスキをリレー、受けた選手も心を熱くして走る。
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この九州実業団駅伝大会に出場しているのは一流選手だけではない。走ることが本当に好きなクラブチームも多く参加している。30歳代の選手もいるし、40歳代の選手も少し走っている。テレビと違って生で応援しているとそれぞれの選手の生き様も見えてくる。

「面白かったから、もっと応援に行こう!」とオクさんが言う。
「じゃ、サムエルワンジルが走る直方の中継所まで行っていいよ!」ということで、ランナーを先回りするため、八木山バイパスを通って飯塚経由で直方市役所の中継所を目指す。駅伝コース沿いには多くの企業チームが応援団を繰り出している。直方の町に入る直前に筑豊電鉄の踏切があった。
「この踏み切りで列車とランナーがぶつかったらどうするのだろう?」とオクさんが聞く。
「多分、ランナーとぶつからないように時間調節をしているかもしれないよ」と答えておく。
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中継所で待つこと15分……来た来た、ワンジルが来た。広報車からスピーカー越しに聞こえてくる。
「トップはトヨタ自動車九州のワンジル選手です。素晴らしい記録で快走をしています!」切れ味の鋭いフォーム、小柄ながらもストライドはダイナミックに大きく美しいとしか言いようのない。その後は、九電工、安川電機と続く。7位と出遅れた旭化成も佐藤選手の力走で4位と順位を上げていた。
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後方ランナーはトップ選手との差はますます開いていく。中継所では、出場した18チーム中の10チームが繰り上げスタートとなる。それぞれの思いで同時スタートをする。
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繰上げスタートした後も、次々と選手が誰もいない中継所に飛び込んでいく。
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このまま、トヨタ自動車九州の優勝を確信して、犬鳴トンネル経由で家路に急ぐ。帰宅すると、千葉国際駅伝のテレビ中継を観戦する。仙台育英高校の絹川選手の快走が目にひく。その後は「九州実業団駅伝」のダイジェスト放送だ。4区のワンジル選手の映像の途中に踏み切り信号機の警報が鳴り出した。テレビ画面を通しても列車が来るのが分かる。
「後に続く、九電工のガビル選手、安川電機のキムタイ選手は引っかかるよ!」と思う。後ほどの解説の中で、ガビル選手は55秒ほど、キムタイ選手も4秒ほど立ち止まったとのこと。もちろん、その分は累計タイムからロスタイムとして差引するとコメントあり。その後、トップのトヨタ自動車九州が累計で15秒差まで追い上げられ、ゴールテープを切ったチームと優勝するチームが違うという後味の悪い幕切れも予想されたが、幸いにも今井選手(トヨタ自動車)の区間賞の走りで、その最悪の事態は免れてよかった。あまりにも、ワンジルの快走、他のケニア勢の健闘がもたらした結果かもしれない。

その後は、駅伝三昧の一日を締めくくるために、ルネサンスに直行してトレッドミルに向かい合う。閉店までの40分を力走して8km走破!本当にランニングで過ぎた一日でした。
by hyocori-hyoutan | 2007-11-23 22:06 | スポーツに一言
今年の福岡国際マラソンを楽しみだ。12月2日の号砲まであと10日だ。何たって北京五輪の選考会を兼ねているし五輪への調整期間を考えると、第一発の福岡国際マラソンに挑戦するのが最善の選択である。

だから、有力選手がエントリーをしている。まずは福岡国際での優勝経験のある藤田敦史(冨士通)だ。昨年こそ失敗したが、すぐそのあとの別大では優勝することで復活した。ランナーとしての最適年齢は故障との戦いであったが、それを乗り越えた30歳ランナーだ。若きエースから真の日本のエースになるような気がする。
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対抗は、絶対に大崩しない安定感とスピードの佐藤敦之(中国電力)も出場する。実業団駅伝では勝負強さは実証済みである。今年の別大で負けた藤田(上記掲出)とのリベンジも見ものである。
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それ以外にも、悲運のランナー高岡寿成(カネボウ)も出場する。絶対的なスピードを持ちながら、4年前の五輪選考会の「福岡」では、競技場内までの接戦に持ち込んだものの日本人3位の惜敗に散って五輪補欠になってしまった。もう37歳だ。最後のオリンピックに賭ける気持ちはすごいと思う。
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他にも油谷繁(中国電力)、松宮祐行(コニカミノルタ)にも期待はかかる。

そして、外国人に目を向けると、何たってサムエル・ワンジルだ。仙台育英高校で大活躍をして、トヨタ自動車九州の森下監督の下でめきめきと力を貯え、なんとハーフマラソン58分台の大記録を打ち立てている。ケニアの希望の星であり、九州でも九州一周駅伝でも大活躍しているから、是非とも応援したい。
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ボクのレース予想……。
10kmまでは20人程度のトップ大集団となる。ペースメーカーは15分10秒のラップを刻んでいく。優勝候補のテルガト(ケニア)も集団の中に埋没し、日本人の有力選手も前に出ない。レースが動き始めたのは20km過ぎからである。博多駅前の大博通りに出た23km地点である。まだラビットはいるが、有力選手は飛び出す雰囲気が高まってくる。25km地点の国道3号線千鳥橋にでると、ラビットを含めてトップ集団は12人程度である。貝塚の28km地点から横から縦に集団は変化し始める。ラビットが抜ける30km手前からケニア勢がペースを上げていく。テルガト、ワンジルが引っ張っていく。日本勢でついて行くのは、佐藤、藤田、高岡の3人だけである。そして、折り返し直後の32km地点からワンジルが飛び出す。第一回目の揺さぶりだ。縦に伸びた集団は20メートルになってしまう。更にペースアップをしていく。最高の見せ場がやってきた……。

来た来た、競技場の門を最初にくぐる選手は○○選手、その後には、50メートル遅れて△△選手、その後には選手は見えません。さあ、このままで行くと、2時間6分前半の好記録が生まれそうです……。そんな感じかな……。当たるも外れるも……そんなの関係ない!!♪
by hyocori-hyoutan | 2007-11-22 01:35 | スポーツに一言
ちょっと週末は家を留守にしていた。関西方面に所用で出かけた。新幹線は博多駅始発のため、敢えて指定席をとる必要がなく自由席に着席する。そして昨晩を振り返る……

本当によく飲んだ。いも焼酎ロックを何杯飲んだだろうか。昔の職場の飲み会というのは楽しいものである。昔話に盛り上がり度を越してしまった。気がつけば帰路の路線バスの中であった。しかも周りの景色はいつもと違う。その瞬間、運転手さんの一言があった。

「お客さん、めがねを落としていますよ!」の声ですっかり目を覚ました。慌てて次のバス停で降りようとするが、バスカードを出す余裕はなく、とりあえず500円玉をそのまま料金箱に放り込む。降りたバス停は香椎照葉の街はずれである。家から2kmほどの距離がある。いつも走っているランニングコースであるが、千鳥足ではマイホームまでの遠いこと限りなし。そして、帰宅しても旅行の用意も出来ずそのまま寝てしまう……。

そんな訳で、新幹線の中も二日酔い気味で、ビールも飲まず大人しくしていた。約2時間少しで姫路に到着、在来線に乗り換えて目的地に着く。目的地には夕方に着く。駅から降りると明石海峡、明石大橋が目に入る。今晩はこの近くに泊まる事にしよう。
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さて、翌日は大事な用事を無事に済まして、再び帰路に着く。帰りの新幹線はどの時間になるか分からなかったので、指定席なしの自由席に乗り込んだがひどい目に遭う。暦の上ではいい日だったのか結婚式帰りの客で大混雑、通路まで溢れる満員車両であった。しかも間違って喫煙車両に紛れ込んで身動き取れない、そのまま約40分経過する。福山でやっと喫煙車両から抜け出し、広島からやっと着席できた。久しぶりの紫の煙を吸い込む羽目になった。喫煙者がみんな悪人に見えてしまうほど、気分が悪くなった。行きはよいよい、帰りは怖いであった。

計画をしない旅もいいが、やはり指定席だけは取っておいた方がいいかな……。まあ、これからは少し注意しましょう!
by hyocori-hyoutan | 2007-11-19 21:55 | 家族
ボクは熱狂的な西鉄ライオンズファンであった。背番号6番中西太、背番号7番豊田泰光、そして背番号24番稲尾和久……等の背番号とフルネームは子ども心の中でも鮮明に記憶して今もはっきり覚えている。1番センター高倉照幸、2番ライト玉造陽二……
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その中心にいた稲尾和久さんが亡くなられた。11月6日の夕方であった。夕方家に帰宅して、エレベーターホールで夕刊を配る新聞配達の若者と出会い、部屋番号を名乗って夕刊を受取った。何気なしに見たトップ記事が「神様 仏様 稲尾様」の稲尾氏死去のニュースであった。そのまま、家のドアを開けることなく、通路で新聞に記事を隅から隅まで目を通した。
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昭和36年6月の頃の記憶は遡る。西鉄-南海のダブルヘッターで平和台野球場の観戦に父親に連れて行ってもらった。当時、日曜日は必ずダブルヘッター(2試合)であった。第一試合の開始時間は午後4時半であった。1塁側の応援席に陣取ったボクは、レフト側に傾きかけた西日がまぶしい。試合は淡々と進んだ記憶はある。そして、8回表の南海ホークスの攻撃から救援投手として稲尾投手が告げられマウンドに登る。

飄々としたピッチングフォーム、一度伸び上がったようにしてゆっくりと放たれるボール……、しかし稲尾投手から放たれたボールは、ゆっくりとしたフォームとは違ってうなりを上げてキャチャーミットに吸い込まれていく。

ストライク、ストライク、ボール……。カウントはあっという間にツーストライク、ワンボールである。次に球は、きわどいコースのボールで、見送りあるいは空振りの三振、あるいは凡打ということが多かった。相手もじらす投球の間合いは取らず、同じ間合いで次から次にボールを繰り出していく。間合いを与えたらバッターが考えるから、相手に考えの間を与えないようなピッチングである。だから、試合時間も2時間20分程度で終了であった。

そして驚いたことには、ダブルヘッターの第二試合の先発投手が稲尾である。第一試合に2回ほど抑えピッチャーとして登板していながらの連投である。相変わらず、ストライク、ストライク、ボール……であり、次のボールで勝負がつくのである。今では考えられないシステムである。だから年間42勝もマークできた訳である。

もちろん登板過多は選手寿命を短くする。25歳で投手コーチ兼任になり、確か32歳くらいで青年監督になったと思う。でも当時は球界を襲った「黒い霧事件」でエース池永正明投手の永久追放もあり、西鉄ライオンズにとっては不遇の時代であり、その時の監督が稲尾和久氏であった。ある面では引退後は恵まれていなかった。ロッテ監督になって好成績を出しても、ロッテオリオンズの福岡移転は立ち消えになって、結局監督の座から降りてしまった。

でも稲尾投手は福岡にいてくれた。後々ホークスが福岡に来ても、暖かくホークスを応援してくれた。ボクにとっての「24番」は、永遠の穢れのない数字、背番号である。あのゆったりとしたフォームから繰り出される剛速球は45年前の記憶であるが、今も鮮明である。平和台野球場は今はないが、その活躍をされた稲尾投手、福岡から、博多から、全国に夢と感動を提供してくれた稲尾投手に感謝をしたい。お疲れ様でした、ありがとうございました。
by hyocori-hyoutan | 2007-11-14 23:45 | スポーツに一言
火曜日の休みならば、当然ルネサンスに行ってyamanoエアロに出たいところである。そこをじっと我慢をして走り一本にした。昨日は、一日完全休養だったから、やる気満々である。いつもの半袖Tシャツから長袖に切り替えたら、半袖よりは発汗が進むのが速い。また、長袖の方が汗が肘から飛ば散らないので隣のランナーの迷惑にもならない。だから集中力も維持されていく。

9km/hから入ったスピードも10.5km/hから11km/h、そしていつの間にか12.5km/hまで上がっている。呼吸も楽で足首も痛くない、最初から20kmと思っているから無理をしていないつもりだが快調だ。7km走ったところで、Tシャツ着替え、水飲み休憩……。そして、4km、5km、4km走る毎に3回の休憩を入れて20km走破!途中、水飲み時に、スタジオではyamanoエアロではじけている人が多数である。少しは後ろ髪を引かれる思いがしたが、それに打ち勝ってこその20km走破だ。満足度はアップ!

気がつけば、もう午後1時である。正味2時間走って、風呂でじっくり滞在していたら3時間になってしまった。自分へのご褒美に帰路、ampmに立ち寄ってソフトクリームをゲットして、運転席で食べてしまう。さあ、午後は公民館で会議の予定である。休みと言っても、ルネ生活と地元の自治会の会議で吹っ飛んでしまう。これも充実したホリデーでしょう!
by hyocori-hyoutan | 2007-11-13 18:31 | 日々ランの雑感

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan