駆ける抜ける 箱根駅伝 爽やかさとともに

三浦しをん著の「風が強く吹いている」を読んだ。箱根駅伝を目指す若者の物語だ。導入の部分はコンビニから菓子パンを盗む場面から入る。走(カケル)と灰二(ハイジ)の物語。もちろん、箱根駅伝が舞台だから、あと8人の選手が必要だ。個性豊かな8人が描かれている。
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場面は竹青荘(みんなの呼び名はアオタケソウ)に移る。10人の大学生が住む下宿、そして本格的な練習になったら陸上部合宿寮となるオンボロ宿舎である。箱根駅伝どころか、走ることとは無縁な8人である。そしてアオタケ荘の先輩であるハイジと新一年生のカケルが走ることでの結びついていくことで物語は始まる。そのうち、ハイジ先輩の箱根駅伝を目指そう!という一言で、この小説は本題に入って行く。走ることとは無縁な8人、走ることが大好きなハイジとカケルではあるが、それぞれ高校時代に走ることへの挫折を味わっている2人である。

順調に箱根駅伝目指せる訳がない。でもここが小説であり、箱根駅伝に出場しないとこの物語は進まない。だから、予選会では壮烈な戦いを繰り返し、何秒か小差で本選への出場権を得る。そして夢が実現した。でも本選への出場がゴールでないのだ。箱根駅伝は駅伝だから、来年への出場権をタスキリレーの末に獲得するのが最終目標になる。自分達だけの目標(ゴール)でなく、次の世代にどう引き継ぎするのかが大きな試練になる。そこには10人のメンバーそれぞれの思いに差が生まれるが、本選に向けて飛躍的に記録も伸びる。

この本のメーンは箱根駅伝を走る一区、一区の人間模様だ。ペース配分ではない。10人の箱根駅伝のメンバーは秒単位の争いをしているが、心はここまで来た歩みを筆者は描く。〇〇選手は、今、タスキを△△選手からもらいました……。これまでは当たり前であるが、一人ひとりの心の葛藤を描く。ボクもレースや駅伝を走ったことが多々あるが、本番中も同じようなことを思い描くことは多い。「ハレの舞台を思い描いていたが、今がハレ舞台だ。でも、俺ってよく頑張ったなー。ここまで来たものなあ。このまま最後まで頑張ろう!」そんな事を考えながら走る。だから走りながらの回想シーンは面白い。

小説中の箱根駅伝には、さまざまな大学名の学校が出てくる。まずは、主人公は寛政大学だ。多分これは法政大学から取った大学名だろう。動地堂大学は順天堂大学、甲府学院大は山梨学院大、ユーラシア大は亜細亜大、城南文化大は大東文化大だろう。妙に現実と小説の世界が繋がる。

そして、本選では見事、次年度の出場権を得る。現実的でない場面もあるが、小説だから突き進める面白さがある。好きだったのは、走ることの尊厳さを失わずに描き通してくれた筆者の筆力かな。素晴らしい!

そして、最後に筆者がブログで言っていたのは、東体大のカケルと同期の"榊"のこと。筆者「三浦しをん」が「榊の奥の深い描写が出来なかった」という悔い……。でも、榊は昔の陸上一筋の男であり、弱さと強さが同居した普通の男である。普通の男を存在感たっぷりに描くことも、これもまた難しいもの。

by hyocori-hyoutan | 2009-06-27 13:02 | 読書

genkaiアスリート 梅雨の合間の 爽やかな風 

久しぶりのGアスリートの練習日。午後6時50分の練習開始だから仕事が終わって参加するのは時間的に厳しい。選んだ手段は都市高速、高速道路を乗り継いで行く方法、うまくいけばスタート時間に間に合うかも……。午後6時に家を出て都市高速へ、目的地とは逆方向の貝塚ジャンクションに向かい福岡インターから若宮インターに向かう。距離的には回り道だが、時間的には近道だ。どうにか高速道路も法定スピードを守りながらでもスタートの5分前に到着した。でも、それから着替えたら結局2分程度遅れる。
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既に練習はスタートしていた。多分2周目からの集団走に参加する。アップもしてないのでCグループ(5分20秒ペース)に合流する。アップなくてもすぐに同化できるスピードだ。梅雨入りはしているものの風は爽やかだ。余裕を持って走れる。集団は15人程度か。設定タイムより少し早い5分15秒で推移する。ボクの周りのランナーも息が乱れていない。とても楽な感じで4000m、5000mとポイントが過ぎていく。

ボクの走っているCグループの横を、颯爽と抜いて行く集団(10人程度)がいる。抜いていくのはAグループだ。設定は4分20秒であるから速い。今のボクにはレーススピードである4分20秒……とてもついてはいけないだろう。
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そして、その後を当初参加予定であったBグループが横を抜いていく。4分50秒ペースだ。これならついていけると思い、CからBに乗り換える。爽やかな風が少しペースアップしたら、更に心地よく感じられた。でもこれが落とし穴に近かった。Bグループは4分35秒ペースで推移していたから徐々にボディブローみたいに脚に疲労が押し寄せる。

ラスト1kmは更にペースアップだ。あと1kmだからくらいつけばいいものを心の弱さが出てしまった。Bグループでは一番後ろでゴールだ。でも汗かきでは一等賞を獲得だ。ゴールした途端、汗は更にスピードを増してトラックに落ちていく。このラスト4kmの乗換えが、疲労度と充実度が増していく。

帰路は、いつも外食をすることが多い。いつも麺類が多いが今日は、お好み焼きだ。運転をしなければいけないので、ビールの代わりにコーラーフロートを注文して、お好み焼きを一所懸命にひっくり返す。一生懸命走った後は、何でも美味い。この気持ちよさは止められない。

by hyocori-hyoutan | 2009-06-24 23:57 | Gアスリートクラブ

申し込んだ 下関海響 今年はエントリーOK?

最近のマラソンブームを反映して申込が殺到している。秋のマラソンシーズンに乗り遅れないように早速申込みを済ませた。6/22から申し込みを開始した「下関海響マラソン」である。「新しい大会だし、知名度もないだろうから慌てて申込はしなくても大丈夫!」と思っていたのが昨年の第一回大会であった。その結果は定員オーバーでアウト……。今年は、その失敗は繰り返さない。もう申し込んだ。これで大丈夫だろう。

阿蘇の疲れもとれて、大会予定もなし……。本当は「サロマ」にも行きたかったが、経費節減、雑用仕事多忙で今年も見送った。あと一回は走らなければいけない大会だ。サロマ100kmは過去1勝1敗、阿蘇100kmは3勝2敗の成績だ。60歳の大台まであと〇〇年しかない。一年に何回も走りたいが、体が持つかどうかだ。先が見えてきたから焦りもあるが、あわてず日々練習だ。

今年の秋の予定は、11月の「下関…」、12月の「青島…」であるが、ともに3時間35分(高望みは3時間30分だが)を目標にして頑張ろう!

by hyocori-hyoutan | 2009-06-24 07:23 | 日々ランの雑感

あっという間の 子育て 過ぎて分かる一生懸命

600kmの距離も苦にならず、先週は大阪へ……。孫の誕生祝いだ。実は先月早めの誕生祝いを福岡で行っていたが、本当の誕生日に誕生祝いをするというお誘いを受けて大阪までのドライブだ。
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着いてすぐに孫が笑顔で出迎いだ。人見知りすることは少々……。ボクが抱っこするとちょっと不審、不安で体をお母さんの方に持っていく。もう立ち上がって歩き始める。十歩は軽~いものだ。方向転換もお手のもの。
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お祝い会は近くの食事の店へ。ケーキも特製のデカイもの。本人はまだまだケーキも食べられないので、ボクはビール、焼酎のあとにでかいケーキも胃袋に納める。
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今度会えるのは秋かな……。その時はもっともっと長くしっかりと歩けるだろう。孫の成長は早い、早い。こっちも負けずにいつまでも元気にいなければと思う。子どものためにしっかりと生活基盤を固めつつある息子夫婦に感心して眺める。子育ては一生懸命なのは当たり前。一生懸命であればあるだけ、子育てなんてあっという間に過ぎ去ることは体験から感じる。人間一生懸命な時期は必要なもの。
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そして。あっという間の2泊3日のBIRTHDAY-PARTYドライブは過ぎ去った。また写真を整理して部屋に飾ろう。家はランニングや孫の写真で溢れている。これもいいものだ。

by hyocori-hyoutan | 2009-06-20 17:09 | 家族

かもめに帰る 原点を見つめて 練習再開

100kmの疲労から抜けれず、爪剥げから痛みとれず、しばしランの休憩の日々を過ごした。でもやっと練習再開にこぎつけた。選んだ場所は「かもめ百年公園」の周回1630mのコースである。家から公園駐車場はマイカーで乗りつけ、早速走り始める。6月の日の暮れるのは遅い。午後7時に走り始めたが、まだまだ陽は高い。日中は暑いがこの時間になると涼しいものだ。ゆっくりと㌔6分を超えるペースで入る。一周目は10分を超えた。

ボクはどうにか完走、オクさんはリタイアであった阿蘇100kmであったが、その疲れも取れて練習再開に「かもめ百年公園」を選んだのは、ボクが再び走り始めたきっかけとなった練習グラウンドだからだ。初心に帰って走りのスタイルを見直そうという気持ちから選んだ。アップダウンではリズムを変えて軽快に、直線ではストライドを少しのばしてスピードアップ。息を抜く場面がないのが周回コースのいいところ。信号もなければ、角からの人や自転車の飛び出しもない。一度作ったペースは維持しなければならない。

2周目からは急にペースアップ。オクさんにペース設定は任せているから、ボクは2歩、3歩後ろで走る。ゆっくり入った分だけペースアップが急である。9分20秒、9分02秒と2,3周目はペースが上がる。でも気持のよいペースアップだ。ボクにとっては㌔5分半くらいが一番気持ちいい。ゆっくりでもない、遅すぎるでもない、呼吸も乱れないペースだ。

出ないと思った汗も徐々に噴き出してくる。定まったペースは疲労困憊する以外は無理しない程度に維持しなければならない。体自体がペース維持を自然に設定してくれる。無理にブレーキをかける必要もない。4周目以降も9分10秒程度のペース維持である。6周を走り終わると8時近くになった。やっと足元や空が暮れて行く。「ラスト2周!」の掛け声が飛ぶ。ここまでくれば楽なもの。8周のノルマまであと2周。そろそろ残りの力を溜めていく。

ラスト1周になった。もう日が暮れてしまった。一部段差のあるところは細心の注意で、慣れているところは大胆にピッチも上げていく。前方に出てペースを上げる。一気に引き離すのではなく、相手がついてくるかどうかを見極めながらのペースアップだ。予想以上にオクさんは頑張ってついてくる。しかも呼吸は乱れていない。ヨッシ、もう一段のスパートだ。暗闇の中から、スタートゴール地点に決めていた大きな岩山が浮かんでくる。到着するとともに腕時計の計時のストップボタンを押す。8分33秒である。よく伸びたラスト一周だった。

ほっと一息ついて目線を落とし歩く。すると、オクさんは、クールダウンで少しペースを落として、さらに周回を重ねる。あっという間に100m前方を走るオクさんを目標に、こっちもクールダウン周回を始める。一生懸命走っていた時は、軽快だったものの、ゆっくり走ると体の疲れを感じる……。ここちよい疲労感だ。復活第一日目の満足の行く練習を終え、上半身裸になって汗をふく。心地よい夜風がべとついた汗をさっと拭き取ってくれた。

by hyocori-hyoutan | 2009-06-17 23:56 | 日々ランの雑感

阿蘇カルデラ反省 そして次への チャレンジ!

阿蘇100以来、まだ走行距離はゼロ。爪剥がれ、脚の原因不明の腫れ、股関節の小痛み……に取りつかれて体調悪かった。でも、脚の腫れ、股関節痛も取れて、残すは爪剥がれだけになった。この爪剥がれも徐々に痛みも取れて、長い距離じゃなければ走れる感じがしてきた。

やっと心身ともに復調してきた。いや復調に向けてトレーニングする雰囲気が出てきた。いいことだ。やはり走れない日々はつらいもの。思い切って食べることもできず、筋トレだけをする気持ちにもなれず、じっとしているだけであった。今度は、一からの身体づくりを図っていこう。

阿蘇の反省はシューズと靴下の選択ミスが大きかった。ぴったりフィットのシューズだからこそ薄手の履きなれた靴下でよかったのものの、厚手の靴下を選んだの良くなかった。左足親指、人差し指の爪剥がれがなければ、もう少し後半の30kmを走れたと思う。慎重でない自分、あまり深く考えずに気持ちだけで選んだ選択ミスだ。これまで何回もフル,100kmに出場しているが、いつも最終決断はいい加減だ。

100km完走(プラスwalk)は嬉しいが、もう少し余裕を感じされるゴールが欲しかった。これも次へのバネにしなければいけない。11/8(日)の下関海響マラソンが目標かな。もう少しで申し込み開始だ。昨年の人員オーバーのため走れなかった悔しさもプラス材料にして頑張って行こう!

by hyocori-hyoutan | 2009-06-15 23:37 | 日々ランの雑感

しばし大阪 息子夫婦と孫 楽しむ時は短し

大阪までの長距離ドライブを楽しんできた。行きは深夜割引で6000円程度、帰りは日祝日1000円均一料金で1000円の高速料金だった。阿蘇100kmのあとは走ろうにも走れない。オクさんが孫の一歳の誕生日に行くということで、ボクもついていくことにした。約片道600kmの道のりであるが、孫との対面、愛車デリカD:5での長距離ドライブであれば、道中も楽しいものである。

そして、大阪に着く。孫はちょうど一歳であるが、すでにヨチヨチ這い回りから、立ち上がって5歩、6歩と歩ける。立ったままの方向転換もバランスよくこなす。誕生前に赤ちゃんから幼い子どもへの変身している。オクさん(おばあちゃん)にはすぐ懐くが、ボク(おじいちゃん)にはなかなか懐かない。ちょっとした動作で、大人たちは大感激である。子どもには大人を夢中にさせる魅力がある。

誕生会は、息子たちが近くの和食の店にセットしてくれた。息子の親とも久しぶりの再会である。小さな命がさまざまな出会いをプロデュースしてくれる。2泊3日のロングドライブ、短いけれでも濃縮な孫や息子たちとのひと時であった。

そして、小さなビデオカメラにたくさんの思い出を詰め込んで福岡に戻ってきた。福岡にいる、おじいちゃんやおばあちゃんにひ孫のビデオを見せると、とても喜んでくれた。これも親孝行の一つかな。赤ちゃんがハイハイから立ち上がること、これは感激の一言であった。

歩き始めて50有余年、まだまだ100kmを完走できる脚力があった。これからも、孫や息子、娘たちと楽しめるような体力、脚力は維持していきたいものだ。

by hyocori-hyoutan | 2009-06-14 22:27 | 生活の知恵と愚痴

阿蘇カルデラ完走 良かった 努力が実り②

80kmを越えて一息ついた。ミルクロードの下を通り過ぎると、もうすぐ85km地点だ。ここで「熊本走ろう会」の私設エイドでまたもや一休み。同じく「フルーツポンチ」をご馳走になる。食べたら病みつきになる。これまで、2.5km毎の給水やエイドでは必ずコップ一杯の水やポカリスエットを飲んでおり、飲んだ量は5000ccは越えるであろう。もう本当に飽きてしまった。だから甘味の強い「フルーツポンチ」はとても美味い。

そして、最後の難関の87.5km過ぎからの約400mの下りに向かい合う。下ってしまわないことにはゴールは迎えられない。でも、もともと下りが嫌いな上に、更に左足親指の爪剥がれているのであれば、走ろうにも走れない。ひたすらブレーキをかけ、親指先が圧迫を受けないように慎重に脚を運ぶ。

下りは92kmポイントまで続くが、その間に約100人に追い越された。もちろん抜いたランナーはゼロである。駆け下りるランナーを真似しようにも出来ない。そしてやっと急坂途中の90kmポイントに到着した。夢にまで見た完走まであと少し。残距離数は10kmを切るのは嬉しいもの。急坂出口まであと2kmあまり、坂の程度も緩やかになったので少しづつ走り始める。

内牧の盆地地帯のラスト8kmは、最後の苦しさを提供してくれるところ。歩けばその距離は永遠に長い。走れば一歩一歩の足に響く衝撃は辛いの一言。下り坂で抜かれたK-net さんが見え始めないかと、必死に前方を見つめるが視界に入らない。歩けば13時間15分、どうにか走れば12時間55分くらいというところまで来た。

阿蘇の山々から噴出した地下水が、道路横の側溝の中を勢いよく豊かな水量とともに流れていく。その横には電柱が等間隔に立てられている。ここでは身近な目標がないと走れない。
「ようし、走るぞ!電柱5本の間を走ったら1本の区間は歩いていいよ!」
そうように、自分にお呪いをかけて残りの力を注ぎ込む。

もう大丈夫だ。13時間を切ることが出来るタイムも可能だ。あと一踏ん張りだ。電柱設置がのない区間になったので、今度は時間走で気合を入れる。5分連続で走ったら1分休憩ウォークを与えよう。そういうおまじないをかける。そして、内牧温泉街に入る交差点まで到着した。もうラスト1.5kmだ。もう本当に完走できる。嬉しさがこみ上げて来る。そして感激の涙、キツサからの解放の喜びがじわじわと染み出してくる。

その時、前方を見ればオクさんが3時間もゴールを待っていてくれた。嬉しさがこみ上げる。最初の放った言葉は……。
「やっとたどり着いた。きつかった。途中リタイアしたことはルネサンスのスタッフから聞いたよ」
「良かった。よく頑張ってね。私だけでなくお父さんもリタイアしたら寂しかった。」

しばらく歩いて会話する。その横をラストの踏ん張りを見せるランナーが走り抜ける。さあ、会話は後回しだ。ともかくゴールを目指そう。そう思いなおして、また走り始める。脚は痛いものの痛さは感じられない。この痛さもあと少しという気持ちが、痛さから解放してくれる。精一杯の笑顔でゴールしよう。そう決めて、最後のカーブを右に曲がる。やっとたどり着いた、ゴールテープは40m先だ。後を振り返り誰も追ってこないことを確認して、精一杯の笑顔で、両手を挙げてゴールテープを切る。
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by hyocori-hyoutan | 2009-06-09 01:25 | 阿蘇カルデラスーパーマラソン

阿蘇カルデラ完走 何回走っても 感激は増すのみ①

どうにか完走を果たした。今までも中でもかなり苦しい100kmマラソンになった。朝3時半のスタート地点行きバスに乗り込み、おにぎり2個を食べる。夜中でもおにぎりを食べることが出来るのも、100kmマラソン前の高揚感がもたらしたもの。
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スタート地点の「南阿蘇村総合福祉センター」には毎年のように多くのランナーが集っていた。脚に腰にレース前のおまじないのように塗り薬を塗り捲る。天気は曇り空みたいで何とかなると思っていたのだが……。
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そして、これまた恒例のレース前のトイレの行列である。朝4時過ぎだから、まだ空は真っ暗、キラリと光る靴がランナーの足に彩りを添える。

さて、朝4時50分にスタート地点に並びだす。今回は無理をしない気持ちだから、後方に位置取りをする。すると、パラパラと雨が降り出した。ランナーの中には準備万端な人もいる。早速、ポシェットから雨具、ゴミ袋に穴を開けたもの、簡易雨具を取り出す。ボクも用意していたが、雨は降らないと思いゴール後の着替え袋に入れたままで荷物預かり係に渡してしまった。だから、「春雨じゃ濡れていこう」の気持ちで泰然と構える。横のオクさんは準備よく雨具を取り出していた。

スタートとなる。最初は上り坂……ゆっくりとした出足であるが、雨脚はゆっくりから徐々に早足になっていく。10キロ通過64分程度で上々の滑り出し。でも雨脚はスピードを上げて滝のような雨になる。これじゃ雨具をかぶってもずぶ濡れだ。足元の靴は水に浸かって重みを増す。どうにか気持ちが切れないのは、年に一度のお祭り100kmレースに出ているという気持ちだけだ。

清栄山の上りまでは順調なペース、順調な体感疲労度で通過する。上りはピッチピッチの傾斜ウォーキングで先行するランナーを抜いていく。頂上や霧の中である。気温が高いより雨に濡れた方がいい、と思っていたが、雨に濡れ放しだと体力は消耗するものだ。徐々に体力は失われていく。幸い25km過ぎからは雨は上がり曇り空になった。これはラッキーだった。ずぶ濡れのシューズもいつの間にか乾いて軽~いシューズになった。足は重くなってきたが……。

100km走る間に何を考えているのか……大したことは考えていない。何故こんなキツイ大会に参加したのか、来年はもう出ない、あのランナーはフォームは悪いのに何故速いのか……そんなことばかりだ。そして、レース中もゴール後も印象に残っていることはエイドステーションの「食」のことが多い。今回はいつもに増してエイドステーションにはお世話になった。20kmまではあまり給水や食事をしなくても走れるが、30km過ぎからは2.5km毎の水、5km毎のエイドなしには走れない。30km通過、40km通過……予定通りの展開である。問題は後半の粘れる脚を残しているかどうかだ。
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50.8kmの波野大休憩所に到着だ。ここでは休憩所に飛び込むと同時に、高校生ボランティアが大休憩所に預けた荷物袋を持ってくるのに、今年は現場大混乱で、自分の荷物を見つけるのに2分も費やしたのには、ちょっと残念だった……。でも食欲は元気だ。そば2杯、おにぎり2個、梅干、バナナ、スイカを次から次に口に入れる。そして手には飴玉を数個ポシェットに入れて後半に突入である。

後半すぐに豊肥線単線の踏み切りがある。それをわたってしばらく行くと保育園がある。昨年は園児の熱烈なる応援を受けながら、走ることが出来ず歩いてしまった。だから、この区間は絶対に走ろうと思っていた区間だ。今年は走れる、園児の応援に応えよう!と思っていたら今年は応援無しだった。がっかりである。でも走ることにがっかりはしない。引き続き頑張る。

さて毎年の苦しみの連続の後半だ。とりあえず走れる。もうスピードは関係ない。心を無にして走るだけだ……というものの苦しさから考えるのは愚痴が多い。それでも、このブログに完走記を書かなければいけないという使命感(?)も気持ちも支えの一つだった。

50-60kmは約100m下るから少し楽だったが、60-70kmは約200m上りになる。キツクなる。朝5時スタートして、60km地点では昼の12時になり、天気は雨から曇り、そして晴れになる。気温も25度を越えてくる。耐暑マラソンに近くなる。救いは冷たい風だけである。走っているのに頭がボーとしてくる。「これはいけない」と思いゆっくり歩いて回復を待つ。しばらく歩くと産山村役場(65km地点)のエイドステーションが見えてくる。助かった、早速、係員の人にお願いして、給水ホースから冷たい水を頭にかけてもらう。こんなに気持ちのいいとは思わなかった。生き返った。ここでは、冷たいシャワーに熱いポタージュスープを頂く。

後半に入るとトラブルが次から次に起こってくる。左足親指に異常発生。昨年も親指の爪が剥がれたが、今年も同じ状況になってきた。70kmの給水所の椅子に座りシューズを脱ぎ、靴下も脱ぐ。圧迫感を取るために脱いだ靴下はポシェットに入れて、裸足のままシューズを履く。風が通って足元が涼しくなった、親指の周りにゆとりが出来た。これで、残り30kmを乗り切ろう。

72.5km地点。昨年リタイアをして座り込んだ地点、ここでは「熊本走ろう会」の私設エイドステーションにお世話になる。公設エイドにはない「フルーツポンチ」の美味しかったこと。スプーンが添えてあったが、スプーンはほとんど使わず、そのまま口の中にフルーツポンチを流し込み元気を頂く。そのせいか今年はこの坂道もラン&ウォークで乗り切る。やっと気持ちの上で第一関門通過である。何とか完走できる希望が出てくる。フルマラソンの場合は通過予想タイムと残りの体内エネルギーでゴール予想タイムを作成できるが、100kmマラソンの場合は、70kmを越えてもまだまだ予想タイムも完走有無も予想できない。いつ脚が腰がパンクするか分からないのだから予想は立てられない。

コースの中でも一番美しい牧場の中に入って来る。80km地点通過。最後の急坂である。ここはひたすら歩く。頂上と思える所には遠くからでも給水テントが見えているが、本当の苦しさはその先のダラダラのぼりである。ここからは腕を大きく早く振る。それに連れて脚も動かすという走り方である。足は蹴らずに大腿部の筋肉だけを使って前に進む。抜いていく3人連れの若い女性50kmの部参加のランナーに声を掛けられる。

「すごいですね。さすが100kmランナーですね。やはり脚が綺麗ですね。」
「そんなことないよ。速歩で走っているように見えるだけだよ。」

でも「脚が綺麗」と言われて悪気はしない。ずっと綺麗な脚を見せてやりたいけど先を急がなければいけない。更にピッチを増して抜き去り離していく。ゴールまであと20kmだ。体の限界と弱気な心を騙し騙し前に一歩づつ進むしかない。

                       (あと続く)

by hyocori-hyoutan | 2009-06-07 20:44 | 阿蘇カルデラスーパーマラソン

戦い前日 パソコン打って 睡眠タイムますます短し

もうレース開始の朝5時まであと7時間である。今は夜10時だ。睡眠時間は4時間くらいしかない。でも何とかなるだろう。明日の誤算は天気予報っだったかな、曇り&晴れが、曇りもしくは雨に変わったこと。でも、ここまでくれば、もうどうでもいい。走る事の決意は変わらないのだから、do my best!しかない。

阿蘇100kmも6年連続出場、慣れた余裕の出発準備だったから、心の油断で出発時間が遅れ、午前10時が11時半過ぎになってしまった。それに鳥栖のアウトレットに寄り道したから余計遅れた。まあ、5割引にランパンを入手したから良しとしよう。そして慌てて阿蘇内牧温泉を目指しどうにか前日受付の午後5時のタイムリミットにどうにか間に合う。

今回は夫婦二人のツアーだ。前年はアスリートのバスツアー。この差は大きい。今年の緊張感は乏しく旅行気分は抜けない。その結果は明日だ。もう寝よう、睡眠時間も4時間あまりになってきた。笑って笑顔でゴールしよう。

by hyocori-hyoutan | 2009-06-05 21:46 | 阿蘇カルデラスーパーマラソン