ひょっこりひょうたんの日誌

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結婚式も無事に終わり、一段落した日曜日の夕刻……。体のリフレッシュのために無性に走りたくなる。夕刻より走りだす。走る相手はオクさんではなく、昨日結婚式をした娘の旦那様、つまり新郎と一緒だ。新郎はサッカーを趣味とするスポーツ万能選手だ。ランニングも毎日欠かさないという。そんなことを言っても、こっちも毎日ランニングを欠かさない。27歳も年齢が違うといっても競争心は旺盛だ。

「5分半ペース位で行くよ。距離は往復で13km、余裕があれば先に行ってもいいからね。途中はあまりしゃべらないよ、走る時はいつもあまりしゃべらないからね。」

「はい、いいですよ。ボクもしゃべる方じゃないですから。10kmまではいいですが、距離が長いと不安な気もします」

そんなことを走る前におしゃべりしていた。走り始めると調子がいい。いつものオクさんとは違う速い飛び出しだ。ボクに遠慮しているのか、新郎は決して前に出ない。逆に後ろにつかない。真横もしくは半歩後ろの位置をキープする。若いから大きなストライドフォームでゆったりと並走する。息遣いも聞こえてこない、余裕があるみたいだ。こっちはピッチ走法で走る。「まみずピア」には32分弱で到着する。いつもより5分程度早かった。

「後半は道もわかるから先に行っていいよ」
「はい、今のペースで走ります。」

往路と同じペースで復路を走り始める。同じペースといっても早いペースだから徐々に疲れてくる。疲れてきてもピッチは落ちない。いつも以上に頑張る気持が強い。海中大橋の坂もペースダウンすることなく登りきる。照葉の街では逆にペースを上げる。でも楽に新郎はついてくる。そのまま、香椎浜のマンションまで走りきった。タイムは31分30秒程度、往路より30秒早いペースだった。このスピード(5分ペース)で走ったから、汗は止まりようもない。

家に帰るとみんなで夕食だ。結婚式の余韻も残っていたが、夕方のランニングの余韻の方が大きい。
ランニング談義でボク、オクさん、娘の婿さんで盛り上がる。缶ビールを次から次に片づけていく。今夜のビールは格別の旨さだ。また、いつか一緒に走ろうと約束したころは、もう12時を過ぎていた。お休みなさい……。
by hyocori-hyoutan | 2009-09-28 23:32 | 日々ランの雑感
忙しい週末だった。娘の結婚式が土曜日に行われた。あわただしく東京から戻ってきたのは木曜日、挙式会場との打ち合わせ等で時間は過ぎ去る。新郎も前日に福岡入りだ。遠距離に住んでいるのに、挙式会場に福岡を選んでくれたのは嬉しいものだ。当日は朝早くから会場と家とを往復する。都市高速道路を使えば10分足らずで会場に着くのは便利だ。親族控室で待機する。自分の兄弟やオクさんの兄弟が一堂に会するのは、こんな機会しかない。結構, 気疲れをするものだ。娘がウェディングドレスに身を包んで現れる。何となく結婚式にふさわしい雰囲気になる。周りの人からは「娘を送り出す心境をどんなもの?」と聞かれる。

「お互いに子離れ、親離れしているから結構正常心ですよ。」と応える。そして、挙式の30分前にはリハーサルで挙式会場に移動する。気持が高まってくる。一通りのリハーサルを終えて、ドアの裏でスタンバイをする。一般席入口の方がざわめいてくる。挙式披露宴の出席者が挙式会場に入ってくる。「さあ、晴れの結婚式の一日が始まります。楽しく思い出に残る一日にしましょう。ドアが開くと笑顔で入場してください。」と式典進行のチーフが新婦とその父親のボクの前で笑顔でささやく。
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娘と二人で顔を見合わせる。「笑顔でいこうね」娘も頷く。娘は緊張感からお腹が痛くなってきたという。でも大丈夫とのこと。ドアが開く。笑顔で出席者を見渡す。打ち合わせ通りに。目で合図をして一緒に一礼をする。一段づつ階段を下りていく。ゆっくりと足を一段づつ揃えて下りる。どうにか無事に大役を果たす。そして新郎に引き継ぎ教会の牧師の前まで進む。見渡すばかり青空のもとの結婚式であった。娘は堂々と笑顔で楽しそうにこなしていく。
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披露宴も仲人等はいないし、和気あいあいと進んでいく。最近の披露宴は余興も絞り込んでコンパクトに和やかに進んでいく。そして、当然サプライズもあった。新郎の両親は今秋で32周年、こっちの夫婦も同じく今秋で30周年の結婚記念日を迎える、それを祝って、二つの大きなメモリアルケーキが登場をした。「お互いにケーキを食べさせてください」と進行アナが言う。まさか娘の結婚式でオクさんからケーキを食べさせてもらうなんて考えもしなかったが、大きなケーキを一切れ食べさててもらう。

披露宴もそろそろ終わりの頃が来た。新婦であるから娘からメッセージがあった。どっちかというと冷静なボクであり、娘の言葉を一言一言静かに聴く。小さいときの思い出、怒られたこと、真剣に怒ってもらったこと、将来の進路を笑顔で認めてくれた、家庭を大切にするお父さんと新郎は似ているから好きになった……。博多弁を交えて話し言葉で感謝の気持ちをしゃべってくれた。涙弱いオクさんは涙になるが、淡白なボクも感激で一杯になる。
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そして、親にとって親への感謝よりももっと素敵な言葉も言ってくれた。

「兄ちゃん、姉ちゃんと楽しく過ごせてとても嬉しかった。」

一年前に結婚した息子からは「自分の結婚式にうまく伝えることができなかった親への気持を、妹がうまく伝えてくれて嬉しかった」と言ってくれた。その言葉こそが、もっともっと嬉しかった。
by hyocori-hyoutan | 2009-09-27 21:55 | 家族
5連休の最終日の夜7時からの練習にもかかわらず、最近では最高人数の参加者があったみたい。今晩もGアスリートの練習だ。8000mを走る。1コース使用で300mのトラック、だから26周と200mを走らねばならない。いつもB組が多いのに、今日はAとC組が15人くらいで、B組は6人しかいなかった。
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引っ張ってくれるのは、真内コーチである。元サブテンランナー(2時間10分を切った選手のこと)、元旭化成の主力メンバーである。その素晴らしいランナーが引っ張ってくれるペースはキロ4分50秒である。ボクにとっては、とてもジョッグではないが気持ちのいいペースである。最初は4分53秒、次の1000mは4分55秒、そして4分53秒と続く。3000mまでは本当に気持ちよし。余裕があるから、横2列体制のアウトコースを走る。だから実質的には2コースを走る。1周で1コースと比べて5mほどはコースが長いかもしれない。これも自分に負荷を与えるのだから、練習パターンとしていいもの。
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4分52秒、4分47秒、4分47秒と3000m-6000mは推移していく。これも何ら問題なし。今日は風もなくちょっと蒸し暑い。だから、汗はTシャツからパンツ、そして脚を伝わって靴にも浸みてくる。リラックスして手を下げて走る次は4分48秒……。ラストは4分37秒とさらに上がる。今日は祝日だったから、早めに会場入りをして約5000mジョッグで体を温めていたせいか、本当に楽なランとなった、
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練習が終り、真内コーチの誕生祝が開催される。今日は特大のチョコケーキであった。約40人を越えるメンバーだから、この大きなケーキもあっという間に平らげる。もちろん、ケーキを食べる前は、♪ハッピーバースディ♪の歌をみんなで歌う。

今日もいい汗がかけた。言い忘れたが、8000mのあとは2周ジョッグをして、300mの軽快走を一本行った。タイムは67秒でした。8000mの5分を切るペースだと、一本の軽快走もキツイ。本当に一人では出来ない練習でした。終わっても筋肉痛には最近は襲われない。これも練習の成果だ、だから時々練習ではなく、毎日練習をしたくなる。でも年齢を考えてセーブ、セーブ……。
by hyocori-hyoutan | 2009-09-23 23:45 | Gアスリートクラブ
ブログの訪問者累計が、いつの間にか10万人を突破していた。累計だし延べ人数だから、数字としての価値はそんなにないと思うが、まあ嬉しいものである。最近は平均で実訪問者が80人くらいである。だから、時々でも立ち寄ってくれている人だけの実人数は、200~300人程度と推定した。

初ブログは2005年2月10日であった。今から4年7ヶ月前のこと。そして積み重ね、書いたブログは1,100本になってしまった。我ながらよくやったと思う。過去に日記等は書いたことはあるが、3,4年くらいしか長続きしなかった。このブログはまだまだ継続すると思う。今は月に13,14本ペースだ。やはり20本ペースにはしたいものだ。

訪問者は、検索からの入って来る人も多い。ボクのブログの最近の検索ナンバーワンは、圧倒的に、"DELICA:D5"である。一年前にDELICA:D5を購入して、マイブログに掲載したものが、今も次から次とヒットしている。月に300件くらい訪問者がいるみたいだ。

それに比べると、本家のわがHPは3万人台からちっとも伸びない。トップページの写真も昨年の青島太平洋マラソンのままで、見栄えがしないなあ……。新しいホームページビルダーを購入して心機一転がんばろうという気がするのだが、なにぶんブログ更新までの努力に終わっている。

忙しいから出来ないは、所詮自分への言い逃れにしか過ぎない。やる気があれば時間は見つかるもの。そう思って積極的に取り組もう!近いうちにね……。
by hyocori-hyoutan | 2009-09-22 19:51 | HP&ブログ
筥崎宮の放生会の最終日に行って来た。ボクの生まれた所は箱崎のすぐそばの馬出だから、子どもの時は楽しみに放生会に出かけていた。
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針金を丸めた筒の中にビー球を入れると、球はコロコロ転げて、パチンコ台みたいな斜めに置かれた釘板の上を釘に踊らされるみたいに跳びはね落ちていく。釘板の一番下には、大きなカルメラ焼きの前は狭く、小さなカルメラ焼きの前は広く門人みたいに釘が守っている。子ども心で、大きなカルメラ焼きに当たれと思うものの、小さなカルメラ焼きのところにビー玉は吸い込まれていく。それが、ボクの子ども時代の思い出だ。でも。今はカルメラ焼きそのものが夜店には売られていなかった。
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売られているのは、たこ焼き、焼きそば、焼き鳥、イカ焼き、クレープ、パイナップル等が多かった。長い参道を歩いて、やっと筥崎宮の本殿にたどりつく。生きるものすべての「生」を大切にして、日頃の殺生を反省するお祭りだ。生きるものへの感謝の気持ちを込める気持ちを持たなければならない。でも、何人がそのお祭りの趣旨を理解しているであろうか。ボクも無神論者的であるが、本殿では柏手を打って願い事を祈る。そして、妻は社務所でお守りをいただき購入する。
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そして、ふたたび賑やかな参道を3号線まで歩く。帰路はちょっとそれて、お化け屋敷や見世物小屋の方に回り道をする。子どもの頃から「見世物小屋」的なものは嫌いだから、中にはいることはない。外から呼び込む人の声を聞くだけでお祭りの雰囲気が味わえる。
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気がつくと、もう夜の10時半を過ぎていた。ちょっと食事をするつもりでいたが、もう遅すぎる。帰ってビールでも飲もう。昔から言っていたことだが、放生会が終わるともう秋がくる。今年は残暑もないから、本当に秋本番になってきた感じがする。
by hyocori-hyoutan | 2009-09-19 23:06 | ああ無常
昭和27年頃にヒットした歌謡曲「ああモンテンルパの夜は更けて」についてのテレビ番組があった。久し振りに感動して涙がとりとめもなく流れてきた。

戦争が終わって日本に戻っていたものも戦犯の罪でフィリピンに引き戻される。無事に日本に戻ってきたことを喜び、妻や小さな子どもとの短い期間ながらも楽しい生活から一転して、戦争犯罪人としてフィリピンで死刑判決を受ける。そして執行される。残された死刑囚たちは100有余名である。全く身に覚えないものをいるが、虐待を受けたフィリピンの人の「指差し」ひとつで死刑になる。戦争は恐ろしい。戦争は殺し合いであるが、戦争が終わっても戦争裁判までが広い意味での戦争かもしれない。

戦争が終わって、7年、8年も経過しているのに、まだ戦争犯罪で外地では死刑が執行されている。日本国内ではそんなことは誰も知らない。戦後の経済成長の中に浸って戦争を忘れようとしている。そんな中で、フィリピンからの一通の手紙楽譜が「渡辺はま子」のもとに届く。作詞作曲は獄中の死刑囚である。悲しいメロディ、哀愁を帯びた歌詞、でも必死に生きようとするエネルギーを感じ取れる。その歌を「渡辺はま子」はレコード化した。戦争後の平和に明け暮れていた日本であったが、多くの人は、戦争がまだ終わっていないことを心に刻んだ。大ヒットした歌とともに署名活動、減刑嘆願活動が国内に広がっていく。
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当時フィリピンと国交がなく一般人の渡航が困難な中、「渡辺はま子」は外務省、フィリピン当局と掛け合って渡航許可を求め、どうにか許可されて獄中慰問で歌を歌い続ける。その生テープがテレビを通して流れてくる。死刑囚を含めた大合唱の「ああモンテンルパの夜は更けて」の歌声が流れてくる。「渡辺はま子」は獄中の一人から手紙を受け取る。手紙が来ない内地の妻に手紙を届けて欲しい……。

日本に戻って、渡辺は手紙を届けに行く。でも妻には戦地で死亡との情報しかなかった。子ども3人を抱えての戦後の苦しい生活は女手ひとつでは乗り切れない。仕方なく再婚した。だから、どんなに再会したくても会うことができない。手紙を出すことはできない。そんな不幸が日常的だった戦後の昭和20年代だった。

そして、フィリピンの大統領のもとに、死刑囚の世話をしている仏僧は面会を求める。運よく面会が実現する。プレゼントは、渡辺が届けたオルゴール(♪ああモンテンルパの夜は更けて♪)であり、蓋を開けて大統領は曲に聴き入る。悲しそうなメロディに大統領は心が打たれる。仏僧は、この曲の作詞作曲者や、歌詞の意味を説明をする。大統領自身、愛しの妻や3人の子供を日本軍とのマニラ市街戦で亡くしている。日本を憎んでいる。でも、この美しいメロディは死刑囚が作ったもの……。戦争は美しい心までも奪うものだ。人間ひとりひとりには罪がないと悟る。そして恩赦がでて100有余名は無事に日本に戻ってくる。

歌の力はすごい。一曲の歌で多くの人の命を救った。その歌を歌う歌手のエネルギーもすごい。渡辺はま子という歌手はすごい。そして、そのすごさは、毎年のように渡辺はま子とその100有余名の交流が続いていたことだ。その交流も今は、10余名になってしまった。90歳を超える者だけだ。でも、90歳を超えても、この歌「ああモンテンルパの夜は更けて」を聞くと感動の涙が流れるという。
by hyocori-hyoutan | 2009-09-14 23:40 | movie
大宰府にある国立九州博物館の「阿修羅展」に娘①とオクさん、そして義父母を連れて出かけた。9時30分の開館だから、早めに行こうと思い8時過ぎには家を出た。都市高速を通れば30分で着くと思っていたが、都府楼跡から渋滞し始める。それでも9時前には大宰府の大駐車場に到着する。参道を歩いて国立博物館に向かう。朝が早いのにかなりの人が歩いている。茶店の人の声が聞こえてきた。「毎日3時間待ちになっていますよ。早く行った方がいいですよ。」そんな声を聞くと。つい歩きのピッチが早くなる。チケットを購入して、長い長いエスカレーターに乗る。途中、動く歩道もあったが、動かずに絨毯が敷いてあった。この疑問は帰路に分かった。
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やっと博物館の入口に到着だ。すぐに入場できると思っていたが甘かった。だらだらとセフティーコーンとバーなどで仕切ってあった。入場前の大渋滞だ。この渋滞は約1時間だった。それでも何とか特別展示室に入る。胸が高鳴る。阿修羅像の前は、すごい人垣ができている。三重、四重の人垣だ。近くで見ようしても押し返されてしまう。阿修羅像の前は、まさに修羅場の様相だ。
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阿修羅像の尊顔は優しさと上品さが感じられる。でも、愚かな人間を諭すような厳しさも感じられる。三面の顔の表情もそれぞれ違う。それに体のしなやかさと優しさが顔とマッチする。まさに天平文化を具現しているようだ。奈良時代、今から1300年前に作られた仏像である。優しさが現代にも通じるせいか、時の流れを感じさせない阿修羅である。ボクも50歳を越えて、50有余年生きてきた。だから50年の年月の長さは分かる。その26倍の長さ、過去の時代の文化財だ。人間というのは、自分の経験した年月の尺度は持ち合わせる。だから、それ程昔とは感じられない。身近に感じられるのも50年生きてきた証しかもしれない。もし、100歳の人が阿修羅をみたら、自分の生きた長さの13倍の過去にしか過ぎないから、もっと身近に感じられると思う。生きている間に阿修羅像を見ることが出来てよかった。感謝である。
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興奮に包まれて会場を後にする。振り返ると、入場までの待ち時間は「220分」になっていた。この調子じゃ九州国立博物館だけで50万人以上が観賞するのではないかな。ボクも最近2回も奈良に行ったので、興福寺のある春日山の麓も知っている。11月には興福寺で「里帰り阿修羅展」があるらしい。少し欲がでてきた。博物館ではなく興福寺で生の阿修羅を観たくなった。

追伸:帰路は歩くエレベーターまで行列が続いていた。220分もの渋滞ならば歩く歩道を動かせないのが分かった。
by hyocori-hyoutan | 2009-09-11 23:18 | ああ無常
Gアスリートの練習日であったが、今日はうまくいかなかった。まず、仕事が時間通りに終わらず1時間残業である。ここで練習に行くの半分あきらめる。でも、誰も行っていないなら諦めるが、オクさんが車で既に行っているので、とりあえず間に合うかどうかチャレンジだ。吉塚駅6時26分発の快速電車に乗車するのを目指して職場をチャリで漕ぎ出す。およそ20分で到着できるから、ギリギリの時間状況だ。駅駐輪場に着いてのは、6時23分だ。係りのおじさんに、予定列車に乗るのに時間がないことを告げ、入口に自転車を置く。

「早く行きなさい。あとで自転車を所定の場所においておくからね。」
「よろしく、お願いします。!」

急いで駐輪場から飛び出し改札口へ…。列車到着のベルが鳴る中を、エスカレーターを駆け上がる。ホームに到着したのは、列車とボクが同時だった。これで一安心である、列車内は帰宅通勤客で満員である、走ってきたので汗が噴出してくる。でも3駅後には空席があったので、つい座ってしまう。座ったのは失敗だった。すぐに睡魔が襲ってくる。無抵抗のまま睡魔のなすがままであった。気がつくとホームに停車していた。ホームを見渡すと「赤間行き方面」との看板が目につく。「赤間」の看板に反応して、すぐに列車を飛び降りる。

気がつくと「東郷駅」だった。赤間駅の一つ手前の駅だ。これで、練習時間到着は不可能になった。しかたなく、10分後に到着する普通列車を待つ。諦めても何とかたどり着けば練習に途中からでも参加できる。練習会場には10分遅れた。既に着いているマイカーの中にある荷物を解き、車の中で着替えをする。
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すでに練習は開始されていた。今日の練習は1000m×5本(300mジッグ)である。参加したグループはC組(4分45秒)である。ウォームアップなしだからC組で十分だ。参加したのは、3本目からだ。周りのメンバーよりも余裕があるから邪魔をしないように最後尾で走る。少しでも負荷を与えるため外側の第3コースを走る。今日は一段と涼しいしアップもしてないので体が燃えない。
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3,4,5本目も無難にこなす。これで全体練習終わり。まだまだ物足りない。外側では一番早いA組が走っている。ボクも一人で黙々と整理体操時間まで走ることにする。時間は12分くらいあるので2000mは走れる。このジョッグトレでやっと汗が噴出してくる。
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今日の練習距離はやっと6kmだ。ちょっと物足りないGアスリートの練習だった。帰路は物足りなくても満足感がある。吉塚駅まで自転車を取りに行く。自転車をマイカーに載せてやっと我が家に向かう。もちろん、明日はなぜか年休を取っているので、遅めの夕食を楽しむ。さあ、家に帰ろう!
by hyocori-hyoutan | 2009-09-09 23:16 | Gアスリートクラブ
花火大会の翌日は日曜日だ。日曜日を有効に使うには朝一番に走るに限る。路上には、昨晩の花火大会のゴミや夜店の発電機が放置されたままである。でも、思ったより綺麗であった。多くの地域ボランティアの人々が清掃活動をされていた。こっちは、その活動の邪魔にならないように走り続けた。

今朝は調子がいいみたい。雁ノ巣レクCは31分で通過する。折り返し地点のドッグランが目標である。無理せずに5分半ペースで走り切った、そしてタイムは往路47分20秒だった。もうここまでで、Tシャツは汗まみれになる。一度Tシャツを脱いで洗面所で軽く水洗い、そして再び着込んで復路に挑み始める。今日は、ランナーより自転車ツーリングのグループが目についた。志賀島でツーリング大会が開催されていたのかもしれない。自転車30台、40台の一団が志賀島に颯爽と向かっていた。走りの方は復路は46分で見事、家にたどり着いた。9月上旬の気候にしては好タイムである。使用した靴は、ターサージャパンである、アウトソールをシューグー(商品名)でゴム充填補修をしているから、まだまだ快適な履き心地である。

そうそう、その後は、舞鶴のステップスポーツに行って靴を購入した。買った靴はアシックス、スカイセンサージャパンである。秋のレースに向けてどうしても欲しい一足であった。定価15400円が11900円の23%引きであった。どうせ買うなら今買ってしまえ……と思った。このシューズは、アウトソールも特別補強されていない。履き心地と通風性、軽量とクッション性が優先されている。その分、耐久性が強いとは言えない。多分、200km走行で消耗してしまうかもしれない。本当のレース用のシューズになるだろう。
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レースウェアは既存のもので間に合わせることが出来るが、シューズだけは新しいものじゃないと走れない。走りは一流じゃないが、気持ち構えだけは一流並みかな。
by hyocori-hyoutan | 2009-09-06 22:26 | 日々ランの雑感
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香椎浜海岸での花火大会があった。今年で20年目かな。昔は「香椎」、そしていつの間にか「東区」が加わり、今年は「fukuoka」の名前が花火大会名についていた。だんだんと規模は大きくなっている。昨年は、Gアスリートの帰宅時間と重なり、わがマンションの100m前で完全にストップしてしまい、2時間近く花火の音は聞こえるものの花火そのものは見ないままであった。
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今年は昨年の反省を踏まえ、夕方からじっと家にいた。いつもより早めの夕食だ。花火開始の午後8時からは、玄関口より花火見物である。階下の道路は、昨年より強化された交通規制で混雑度合いがすくないみたいだ。「ドン、ドン!」と花火は鳴る。直近の場所での花火だから、実際の花火の爆発と音がそれほどずれない。
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花火大会も終わりかけの頃になると、特別大きな花火がビルの谷間に鳴り渡る。これで、今年の夏も終りである。季節の変わり目を恒例の行事を見ることによって確認をする。そして、今日も花火見物で飲みすぎたみたいだ。
by hyocori-hyoutan | 2009-09-05 23:10 | 生活の知恵と愚痴

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan