買ってよデジカメ ルンルン気分で 説明書めくる

デジカメを買った。今使っているフジフィルムの"finepixf11”は使って5年くらになる。フジフィルムのデジカメはパナソニックやキャノンと比べると人気はないがボクは好きだ。一度扱い方に手馴れてしまえば、敢えて別のメーカーを選ぶ必要もない。それに高感度が売り物のfinepixであれば、フラッシュもあまり使わないでもいい。
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そして、今度買ったのは"finepixF70EXR”だ。もちろん通販での購入、発売開始時は35000円くらいだったが、一年も経過すれば、もう製造中止になっている。そして今は新型が出ているから型落ちの製品だ。通信販売で13700円でゲットした。同型を引き継いだ新製品だって、新しい機能は2,3しかない。旧型で十分だ。これで、しばらくは、またコンデジを身から離さずに楽しもう。そして、狙いはデジカメ一眼レフだ。今売り出し中のものにターゲットを絞った。値が崩れる半年後に購入を考えよう。カメラなんて実用的に考えれば一台あれば十分、でも趣味の世界で考えれば何台も機能の違うものを買って比較したいものだ。デジカメになって、その場で撮影写真を確かめるし、フィルムコストはかからない。いい時代になったものだ。この文明の利器を楽しまなきゃ損ソン…。

by hyocori-hyoutan | 2010-08-29 22:46 | HP&ブログ

たまには家族サービス 脚は使わず 車で走る。

8月の最後の休みであり、ドライブに行こうということになった。娘②の出産に伴う里帰りもあと3週間になったし、その孫娘も満2ヶ月も過ぎて少しは外に出て行けるようになった。久しぶりのドライブだ、目的地は東背振までのパン屋であり、「吉野ヶ里」道の駅にあった。九州縦貫道の鳥栖インターから長崎自動車道に乗り換えて最初の東背振インターで降りる。山に上ること6kmあまりで目的地に着く。
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ちょっと高台にあるだけで涼しい。目的のパンや野菜などを購入する。思ったより人出は少ない。夏休み最後の日曜日は、子どものいる家庭では家で自重しているのかな。
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おいしそうなソフトクリームも屋外のデッキで食べる。日差しは強いが、何となく秋も近づいている感じもする。孫娘も車内ではおとなしく寝ていた。最近は指をしゃぶる仕草も増える。よだれも一杯でるようになった。新生児から赤ちゃんに少しづつ成長をしているのかな。
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パン屋では大きなパンも購入する。帰路は南畑ダム、那珂川町経由で帰ることにする。晴れていた天気もだんだんと雲が増えてくる。そして天神、香椎に近づくに連れて真っ暗な空になる。案の定、激しい夕立になる。夕食会場にしていた香椎参道の中華料理「宇宙軒」隣の駐車場に着いたのだが、豪雨のため降りようにも降りられない。30分待たされて小雨になる。遅れた夕食になった分、おいしい料理、お酒になる。

今日は走れなかった。一日中車でドライブ。明日からはまた頑張って走ろう!

by hyocori-hyoutan | 2010-08-29 22:01 | 家族

お宮参り 祈ることは 健やかな成長

久しぶりの長距離バス…映画に熱中していて到着時間を忘れていた。運転手から「まもなく到着です」を聞いて急いでバスを降りる準備をする。どうにか2分足らずで下車準備完了!バスから降りると車で迎えに来てくれていた。鹿児島空港から一路、鹿児島神宮を目指す。今日は孫娘のお宮参りである。父親の実家がある鹿児島で行うための鹿児島日帰りツアーだった。
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鹿児島についてみると福岡より涼しい。鹿児島神宮が少し高台にあるせいかもしれないが涼しい。神殿に入りお払いを受ける。我が息子や娘は筥崎宮で行った。孫は鹿児島で行う。娘とその娘婿、そして孫で新しい家族が出来上がる。それを見守る親たちでは、また新しい付き合いが始まる。人間と人間の結び合いである。この新しい関係を大切にした。その中心となるのが可愛い孫娘である。幸い、主役の孫娘は神事の間は健やかな眠りに終始していた。
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宮参りのあとは、娘婿さんの実家で食事を楽しむ。そして午後3時過ぎには再び福岡に向かう。行きは夫婦二人だったが、帰りは夫婦プラス娘夫婦と孫も一緒に車で帰る。チャイルドシートに包まれると、まだまだチャイルドシートが大きく感じられるが、ちゃんと標準とおり成長をしている。チャイルドシートに座るとますます可愛く感じる。これも親ばかじゃなくでジジ馬鹿ぶりかな…。大事な赤ちゃんの行事が無事に終わって一段落だ。

by hyocori-hyoutan | 2010-08-26 22:47 | 家族

林遣都 スポーツ青春 爽やか魅力あり

鹿児島への日帰りツアーに行ってきた。JR千早駅6時06分乗車、博多駅着6時16分、博多駅バスセンターでモーニングコーヒーを飲んで時間を潰す。そして6時43分の鹿児島行き長距離バスに乗る。鹿児島まではマイカーでは何回もあるが、今回の長距離バスは初めてである。博多駅から天神へ、そして天神北ランプから高速経由で一路鹿児島を目指す。

前日寝たのが12時過ぎだし寝不足だから、多分バスの中では絶対に寝てしまうと思っていた。ところが一睡もせずにずっと起きていた。理由は簡単、バス内で上映されたDVD映画が面白かった。林遣都主役の「ダイブ」だった。スポ根ものであったが爽やかな映画であった。高飛びに憧れスイミングクラブに入部した主人公…、実力的には上の者もいるクラブ内では、期待される選手ではなかったが、新しく赴任したコーチに潜在能力を認められて段々と開花していく。
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実力的には上位にいた2選手も挫折を繰り返しながら、最後はオリンピックを目指す。そして選考会が開催される。スポ根映画では努力したものが報われる。爽やかな清涼感が映画の後に残っている。それにしても、主人公の林遣都はすごい。「強い風が吹いている」では箱根駅伝の大学1年生の長距離選手の見事に演じた。そしてこの映画は、高飛びの選手を演じていた。実際に10mのジャンプ台からは8回飛んだとのコメントであったが、ホントに高飛びの選手になりきっていた。その鍛えられた肉体とトレーニング風景はまさに作り物ではなかった。

そして映画は終わった。ちょうど八代の宮原SAでのトイレ休憩となった。トイレ休憩時間は10分しかない。急いで小用をたしてバスに乗り込む。すると2本目のDVD上映となった。どんな映画かなと思っていたら「バッテリー」だ。またしても林遣都主演のスポーツ青春映画だ。
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家族で都会から田舎に引っ越して来た家族、両親は天海祐希、岸谷五朗だし、ジジ役は菅原文太という役者そろいだ。天才ピッチャーであっても人との接し方が下手、家族からも疎外されがち、でも野球を通して家族の絆が再確認されるような結末になるのであろう。というのも、映画が終わらないうちに目的地の鹿児島空港南バス停についてしまった。あとはレンタルDVDで見よう。

それにしても、林遣都主演映画を2本もみるとは思わなかった。そして、インターネットで調べてみると、2007年「バッテリー」、2008年「ダイブ」、2009年「強い風が吹いている」という映画主演歴であった。スポーツ青春ものには林遣都は欠かせない。

by hyocori-hyoutan | 2010-08-23 22:32 | movie

暑さに負けず 20kmラン 体の火照りは続く…

この暑い中で一日20km走った。朝は通勤キセルランで5km獲得。更衣室では扇風機を「強」にして、必死に汗を引かせるが効果も無し。仕方なく午前10時までの限定ウェアで勤務しその後にまた着替える。そして夕方もリュックを背負って走り始める。昨日(18日)は完全休養だったせいか脚は軽い。また一昨日の東公園のペース走で走るリズムができたせいか、何となくフォームにリズム感があった。通り過ぎるショーウィンドを横目にうなづきながら走りのリズムを刻む。

九大農学部横の道は狭い、歩道もない。鉄道の遮断機が降りて渋滞している車列の横を気をつけながら走る。何たってサイドミラーにぶつかってしまえば、車よりこっち(ランナー)の責任になるだろうから気をつけてすり抜けていく。また、停車中のエンジンの排気ガスの熱風にも根を上げてしまう。

やっとすり抜けて名島橋にかかる。ここからは歩道もあり安全だ。また多くの車が通り過ぎる。ハンドルを握っている知人もいるかもしれない。そう思うと一段と膝を上げて軽快に走る。もう汗がTシャツからランパンにかかってくる。赤信号機待ちの交差点では新しいタオルを取り出して、額から首筋、Tシャツの中のおなか、背中もふきあげる。新しいタオルであったが数回拭くうちには、もう重いタオルになって絞ると汗が噴出してくる。本当にこの暑さは尋常ではない。

でもこれに懲りずに、一週間以上ぶりにルネサンスにも脚を運ぶ。もう一日のノルマは達成しているので、ゆっくりランだ。平均9.5km/hの速度は気持ちいい。そしてトレッドミル上で8km確保。トータル20kmを達成した。これで最近の走りこみ不足が解消。しかし週末には遠出が予定されている…。もう一日(金曜日)はがんばって週末に備えておこう。今晩は体が火照って無事に眠ることができるかどうかちょっと心配…。

by hyocori-hyoutan | 2010-08-19 23:36 | 日々ランの雑感

東公園 一人で5分ちょっとペース これは上出来!

玉置宏じゃないですが、一週間のご無沙汰でした…。
でも元気にしていました。今年の盆は大忙しで、どこにも行っていないが家で雑用に追われていた。書きたいことは一杯あるが、まあ小出しにブログに掲載していこう。

と言いながら、とりあえず今日の話題。仕事が終わった夕方に、久しぶりに東公園(一周764m)10周を遂行した。とりあえずキロ6分ペースで入って、最終的にはキロ5分半くらいまで上がればいいと思っていた。何たってこの暑さだし完走だけ達成すればいい…と言う気軽さである。でも最初の一周からキロ5分半で入ってしまった。もちろん余裕ありでの展開だ。あとはエネルギーを蓄え、消費しながらもペース維持を図る。

2周目からも5分20秒/kmを維持していく。公園の周回コースには、年配の方々が夕暮れのコミュニケーションを楽しんでいる。最初は無視していても、きちんと決められた時間にやってくるボクに少しは関心を寄せてくれた。「ちゃんと走っているよ。もう30分も走っているみたい…」な声が聞こえてくる。こっちもその声が聞こえれば頑張るしかない。ラストは5分/kmまでペースが上がる。最終的には7640mを40分半で走った。10km換算では52分半くらいかな。まあ、この暑さの調整無しの一人ラン、上出来じゃないでしょうか。

by hyocori-hyoutan | 2010-08-18 00:39 | 日々ランの雑感

下駄を鳴らして奴が来る ボクの青春 今思い出す(31)

大学2年の秋からは大学専門の考古学の授業も本格的に始まった。主任教授は東京教育大学を退官して来られたK教授だった。当時63歳だったと思う。南方の考古学や民俗学の権威であった日本を代表する学者であった。でも当時19歳のボク等にとってはその偉大さは全く分からなかった。先生自身も全く権威的でなく純粋素朴な学者であった。そう書くこと自体が不見識みたいな気分にさせられる。それほど魅力的な先生だった。

ある時、K教授の教官室で授業が行われた。受講対象は当時の2年生、つまり考古学研究室としては第一期生の僕たち7人(男3人、女4人)だけであった。先生としては、秋深く底冷えのする教室よりはストーブで暖めた教官室のほうが学生には喜ばれるだろうという好意で教官室での授業になった。でもそれは一限目の授業(9時からであったか?)であった。その時間に間に合って出席した学生はゼロ、少し遅れた出席した学生の話では先生は怒っていた。ボクは下宿の布団の中であった。当日は真面目な女子学生達は風邪等でたまたま休んでいたみたいだ。

その時の先生の言葉は「君たちは真面目に学問に取り組んでいるのか!」最初で最後であった怒った先生の言葉だった。もちろん、布団の中のボクはその言葉は聞いていないが…。日頃の先生は温厚そのものであった。学問のイロハも分からない学生の発言にも一生懸命耳を傾けて…

「それは面白い考えですね。ぜひもう少しお話を聞かせてください」
と言って満面の笑みを浮かべてくれた。
「今日は楽しい一日でした。私は酒は飲めませんのでジュースで乾杯です」
と言って笑顔で祝宴の挨拶をしてくれた。

K先生の話し方は魅力的であった。常に好奇心を持って相手に接してあった。常に敬語で人に接してあった、それが学生であっても。人格者だからこそ出来る接し方であった。人を大切にする、年齢や偏見的な考えは一切もたず、常に自分に刺激を与える対象として、全ての人に接していた。

ボクなんか今も学問で身を立てることなく、日々の駆け引きの中で生きている人間にしか過ぎないが、18歳から22歳までの多感な時代に、俗世間を超越した素晴らしい人に会えただけでも、大学に行く価値があったと今も思う。その時から、僕は全ての人に対して敬語を使うこと、年齢がボクより若くても敬語を使う…そんなことを実践している。

言葉遣いはその人の人格だ。今もそのことを肝に銘じている。

by hyocori-hyoutan | 2010-08-09 23:18 | わが半生記

下駄を鳴らして奴が来る ボクの青春 今思い出す(30)

大学2年の秋頃から、応援団仲間で、上通りにあった居酒屋「正六」に通い始めた。カウンター10席に小さなテーブル6,7人くらいしか収容できない小さな居酒屋だった。熊大学生、それも体育会系ご用達の居酒屋だった。一人1000円~1200円くらいの飲み代であったのだろう。満員ならば、店のおばちゃんが住んでいる奥の畳の部屋にも案内してくれた。

「今日は満員だから、奥の部屋に上がってね」そんな一言で奥の部屋に上がり電気コタツの中で酒を飲んでいた。おばちゃんとその娘二人が店の切り盛りをしていた。それでも2週間に一回くらいの間隔でのみに行っていたかな…。飲む酒は瓶ビールのあとは焼酎のお湯割り、ツマミはおでん、モズクくらいしか思い出せない。今考えれば、貧乏学生相手でよく商売になっていたもんだ。

そして、いつも赤提灯のネオンが消える時間までいた。「もう店じまいよ!」その一言で、みんなで下宿に向かう。もちろんタクシーじゃなく歩いて黒髪町、立田町の下宿まで歩いていく。道はいつも子飼商店街の中を肩を組んで歌を歌いながらに帰宅である。酔っ払った勢いで閉まっているシャッターに体当たりをして、狭い商店街を我がもの顔で通り過ぎていく。でも。それ以上は深酒をせずに自宅に戻った。当時はコンビニもなく夜中10時を過ぎると本当に真っ暗だった。

そんな思い出深い「正六」ではあったは、10年くらい前にその場所に行ってみると更地になっていた。噂によると娘2人にうちの姉は大学体育会サークルの人と結婚したとか…ただそれ以上は何も知らない。だんだんと遠くなっていくボクの学生時代の記憶とともに、「正六」の思い出も遠く消えていく。

by hyocori-hyoutan | 2010-08-08 22:19 | わが半生記

下駄を鳴らして奴が来る ボクの青春 今思い出す(29)

秋という季節のわびしさ、色合いの美しさ、人恋しさは誰でも感じる。ボクにとっては、大学4年間の秋のイメージは強烈である。ボクは熊本市から阿蘇に向かう国道57号線沿いの黒髪町のアパートに住んでいた。下宿の窓を開ければ白川がとうとうと流れている。見上げれば阿蘇の外輪が見渡せる。自然環境は素晴らしかった。大学の仲間環境も素晴らしかったし、ボク自身の心の寂しさも今思えば、寂しさが充満しているからこそ素晴らしかった。

人間なんて全てに充足していたら、何らの感動や思いでも残らない。心の中に閉塞感や、やりきれなさがあってこそ充実もしている。常に自分自身の現況に対して問いかけることが大切だ。応援団活動以外は時間が十分にあった。100%は自分の時間であった。ボクはその有り余った時間を行動せずに自分の内面と戦っていた、対話していたように思う。

周りの友人や学生が全て優秀であり、自分自身は閉塞感や劣等感で支配されていた。だから秋の寂しさが自分の心の中と共感を感じていた。夜な夜な友を求めて彷徨ったり、一人寂しく下宿で本を読んでいた。友と一緒にワイワイ騒ぐのは、週に一回くらいで、後は秋の夜長の時間をもてあましていた。

そして、秋が深まっていくと恒例の「阿蘇遠歩60km」の練習も始まった。一年の時は60kmを11時間あまりかかって、応援団最長タイムを更新した。椎間板ヘルニア術後の回復も順調であり。今年こそは…思っていたが、幹部(三回生)からは、「無理するな」の一声で出場できなかった。応援団の練習が第一であり、阿蘇遠歩みたいなイベントは欠場しろ!ということになった。これは残念なことだったが、逆にボク以外の2回生同僚の活躍が大きな刺激になった。

by hyocori-hyoutan | 2010-08-08 22:16 | わが半生記

ビーチバレー 若さの特権 ジャンプに感嘆!

ビーチバレー大会に行ってきた。会場はももち浜の「福岡市海浜公園」内の海辺である。「えっ、ビーチバレーするんですか」という質問はないだろうけど、ボクは走ること以外は全部ダメ。もちろん砂浜でジャンプを繰り返すなんて出来ない、出来ない。あくまでも運営のお手伝いだ。
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参加している選手の平均年齢は若い。とても若い。勝負にこだわらず夏の砂浜でスポーツを楽しんでいる感じであり好印象だ。それにしても、一日中夏の海辺にいるなんて久しぶりのことである。幸い昨日の大雨警報が出るくらいの激しい夕立のお陰で砂浜が比較的涼しかったのはラッキーだ。それと、この暑い中であるが、海浜公園をジョギングするランナーの多さにもびっくりだ。いつも暑い夏場は運動控えめのボクであるが、若者のエネルギッシュなプレーを見て感じるのは、若いって素晴らしい…その一言である。


出来るだけテントの中にいたが、暑い中の審判や記録係への差し入れのおすそ分けももらう。かき氷やアイスキャンディー、日頃あまり食べないものであったが、サーと喉越しに胃袋に収まる。それでも真夏の海岸では、体が水分を欲しがる…。ホントはビールが欲しいが、かき氷とアクエリアスで我慢して終日を過ごす。そして帰路も往路と同じように自転車だ。往復28kmをチャリで漕いだ。まあ、自転車3kmを1kmランに換算して、今日はランを9kmにしておこう。明日の日曜日も今日と同じビーチバレー大会だ。頑張ろう!

by hyocori-hyoutan | 2010-08-07 21:34 | 生活の知恵と愚痴