ひょっこりひょうたんの日誌

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またまた狭い家の話…。狭いキッチン兼リビングでは、座り込んだ生活がメーンになる。食事もしゃぶ台の上で済ませる。家具付きのウィークリーマンションといっても、ちいちゃな四角い座卓が一個あるだけだ。座り込んでしまうと正座もアグラも苦手だから、壁にもたれて足を伸ばしたままの行儀の悪い食事風景になってしまう。そうなると、立ち上がらずに手を伸ばして、必要なものを手に入れようとする。無理に手を伸ばして物を取ろうとしたらひっくり返すハメになる。

備付きの冷蔵庫も小ちゃな2ドア冷蔵庫だ。今までの450リットル冷蔵庫とは収納量が違う。缶ビールのスペースは1本だけになった。毎晩ビールを1本飲むと、冷蔵庫横のビール箱から500ccの缶ビールを取り出して明日用として冷蔵庫に入れて冷やす。このことだけは忘れないで実施している。晩酌のビールへの執念だ。

食事が終わるとそのまま備付きのTVを見るが、このTVの画面も小さく映像もクリアではない。まあ、備付きだからあまり文句は言えない。それでも、日本人同士のプロボクシング世界タイトルマッチは面白かった。リフォーム中の我が家にあるレグザの大画面で見たかった。

さあ、そろそろ寝ようか。寝室は2階だ。2階には2部屋ある。エアコンのついている部屋がボクの部屋。寝る前にノートPCを開いてメール等をチェックする。そのノートPCを置いているのも丸椅子の上だ。必要な作業をしたらPCも閉じる。仮の住まいだから暇だろう…暇な時間に写真の整理もしようと持ち込んだデーターは一杯あるが、作業テーブルがないとやる気はでない。なにもしないままで仮の住まい生活が続くであろう。そう自分に言い聞かせて卓上スタンドの電灯を消す。
by hyocori-hyoutan | 2012-06-21 22:05 | ああ無常
狭い家の話しの続き…エアコンの電気代も契約の中に入っているので自己負担なしだから、ついエアコンのスイッチをいれてしまう。昨晩も台風通過したあとの涼しさは十分で気温だったが、エアコンのスイッチはONへ‥‥。しかしあまりにの涼しさ、いや寒さに夜中に目を覚ましてエアコンをOFFにする。するとそれから熟睡してしまった。変な話だ。

こんな借り住まいも、あと1ヶ月は続く。部屋の掃除は狭いので楽、コンパクトな生活は結構気軽である。またマンションでは味わえない2階建ての階段のある生活は面白い。でも、そう思っているのはボクだけみたい。同じ住人のオクさんや娘は狭いのが嫌みたい。そうそう、もう一人の住人がいた、娘の子どもである2歳の孫である。この孫は環境に影響されず、すくすくと大きな声、大きな鳴き声、笑い声を発しながら元気そのものである。環境に影響されないのは、ボクことジジと、可愛い孫の二人だけだ。


朝も微妙な時間帯、出かけるジジと、起きてくる孫娘‥いつも朝はすれ違い。簡単な朝の挨拶をしてボクは13kmのクロスバイクに乗って職場までの道程を漕ぎだす。手を振って見送ってくれた孫娘ともしばしの別れである。帰宅すると、狭い家だから玄関のドアを開けると、必ず孫娘の顔が目に飛び込む。狭い借り住まいであるが、それなりの楽しさを見つける生活は続く。
by hyocori-hyoutan | 2012-06-20 22:25 | ああ無常
ただ今、仮住まい中である。23年居住しているマンションはリフォーム中である。そのため約6㎞離れた田舎のレオパレスウィークリーマンションに住んでいる。まあ、エアコンや洗濯機、冷蔵庫などが備付で、しかも光熱水費コミコミの契約だから、通勤が遠いことと家が狭いことを除けば快適なものである。

必要最小限のものだけを持っていこうと思っていたのだが、やはりそれなりの身の周りの品々を運びこんだ。しかし、すぐに必要以上のものを持ち込んだことに気が付いた。さっそく、使わないものは段ボールに詰め込んで押入れの隅っこに収めた。すると、必要なものだけを身の回りにおいたことになり、快適な生活をすることができている。下着も数枚でいい。日曜日の遊び着を数枚でいい。通勤用の靴や遊び用の靴は一足づつ。他にはノートPCと読みかけの本、雑誌少々だけで十分だ。これだけあればあと一か月の生活は大丈夫だ。

いつもは、物にあふれた生活、必要以上のものを買い込む生活、万が一を考えて予備の品物もおいてしまう生活…いらないもの、時々いるもの、毎日いるものが混在している生活は、現代病みたいな気がする。そんな生活は、本当に必要なものが必要な時に見つからない惑わしさをを感じさせる。

これを契機に、自分の身の回りの整理を徹底して行いたい。整理をすればするほど、人生の先が見えてくる。いらない過去を捨て去れば、その空間に未来への希望の空間が生まれる。ちょっと話の飛躍しすぎかな…
by hyocori-hyoutan | 2012-06-19 23:46 | ああ無常
【80-90km】
ともかく84km関門まで頑張る。走らないと関門までの貯金はあっという間に使い果たす。周りのランナーから抜かれることはどうでもいい。自分との戦いに集中する。絶好調の前半、リタイアを覚悟した70km付近、そして、今は必死に踏ん張っている。何のためわからないが、50歳代最後のチャレンジのためか、多くの仲間とツアーを組んで参加して勇気をもらっているためか、完走証に添付される自分のゴール写真が欲しいためか、完走メダルが欲しいためか…いろんなことが浮かんでは消えて次の考えが浮かんでくる。
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牧場の中に入ってダラダラ上りは続くが、走りと歩きでキロ9分くらいのペースは維持している。何とか84km関門閉鎖は通過できそうだ。ここを通過すれば、目標の92km地点までは走れる。すると不思議と笑顔をこぼれ始めた。厳しいのは続いているが、完走確率5%から40%くらいに上がってきた喜びかもしれない。

84km関門通過、閉鎖の12分前である。距離にして1.4kmくらいしかない。もうトイレ休憩の時間ももったいない。エイドステーション休憩ももったいない。ひたすら走るのみである。92kmまでは400m近い急坂下りが待っている。不得手な下りをどう克服するのか。歩いたら92kmで閉鎖だ。この頃になると92kmでレースを終える美学が吹っ飛んで、狙いはゴールに移っていた。抜かれ抜かれていく下りであるが、ボクもそれなりに走り続ける。走らないと終わりになるから…。すると、この下りの廃道をサイレンを鳴らした救急車が上ってくる。疲労困憊したランナーが急坂に脚を取られ転倒して頭から血を流してる。こっちは横目で見るだけでひたすら転ばないように下を見て進む。

【90-100km】
木立が切れて視界が開ける。92km地点だ。コース上の最終関門だ。関門閉鎖6分前で通過。笑顔がこぼれる。でも走らないとゴール地点に戻ってもゴールテープは切れない。力は出ないが脚は一歩一歩前に向かって進む。
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沿道からも声援が聞こえる。

「歩かなければ完走できるぞ。あと5km頑張れ!」

軽く手を振ってこたえる。こっちも関門カードをしきりと見ているから感覚は分かる。歩かなければゴールできる。5分走って1分歩くことを考える。でも5分走れない。3分走って1分歩くパターンで最後の道を進める。周りのランナーも無言である。各ランナーともに思いは同じ、ただただ時間内にゴールしたいだけだ。

ラスト2kmの信号機にかかる。ここで時間内ゴールの可能性は95%になる。でも油断は禁物だ。痛い足を引きづり走り続ける。ラスト500mのカーブを右折する。もう大丈夫だ。ゴール閉鎖まで10分ある。足を緩めても大丈夫だ。少し目に熱いものがこぼれてくる。 ゴールが見えてくる。レーンは2つあり、50㎞と100kmのレーンがあった。ボクは躊躇なく100km完走者のレーンを選ぶ。両手を上げてガッツポーズでゴールだ。ゴール閉鎖4分20秒前のゴールだ。トップでゴールした選手から5時間以上も遅れてのゴールだ。でも走った時間はボクの方が多い分は感激も大きい。
by hyocori-hyoutan | 2012-06-16 22:10 | 阿蘇カルデラスーパーマラソン
【50.8-60km】
波野支所で大休憩をしても気持ちは高まらないまま、歩いたり走ったりを繰り返す。とりあえず後半に突入したので、しばらくスピードダウンのままで走っていたら、そのうち元気がでるだろうと安易な発想である。52.5kmのスイカポイント前で、50kmのトップ集団に抜かれ始める。当たり前だが元気の度合いが全く違う。55km付近では国道57号線とクロスをしている。運悪く信号が青になったので、そのまま横断歩道を渡っていく。渡った後はしばらく歩く。道の両側は杉の大木が連なっている。単調な道が続く、上り下りも嫌だが、平坦な道も嫌だ。そんな心境になってくる。比較的下りが多いこの区間を1時間22分の時間を費やした。完走した直近の3年前と比べて9分遅くなった。

【60-70km】
後半戦の最初の関門は64.4km地点の産山支所である。ここを7時間45分で通過。関門は8時間35分で余裕は50分もある。実はこの地点から目標タイム(関門タイム)カードをウエストバックから取り出して確認をし始める。産山では熱いコーンスープを飲んで元気回復を図る。この頃より右肩に鈍痛が生じて腕を振れなくなる。左手や右手で右肩をマッサージしながら走り続ける悪戦苦闘だ。
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産山を過ぎてもダラダラ上りが続く。だんだんと戦闘モードが消滅し始める。歩いている時間が長くなる。抜かれ放しである。そんな中でもバテタランナーを抜くこともある。同年輩のランナーと並走して歩き始める。戦意喪失ぎみだったから仲間を求める気持ちで話しかけた。

「完走が危なくなりましたね」
「とんでもない、歩く続けたらダメだが少しでも走りを入れていけば完走できるよ」

…と少し声を荒げて並走のランナーは答えた。ボクは返す言葉が出なかった。甘いボクの考えを一言で跳ね返された。そのあとは、離れ離れになってお互いにバラバラになったが、ボクにとって、厳しいその一言がなければ安易なリタイアの道を選んだかもしれない。恩人である。70km地点、8時間40分で通過、60-70km区間は1時間36分もかかった。何と1km9分半のペースまで落ちてしまった。
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【70-80km】
70km過ぎもやまなみハイウェーとぶつかる73km地点までは、永遠に続くと思われるだらだら上りだ。速歩やちょこちょこ走りで上りつめる。とりあえず先ほどの怒りの一言が、あきらめないで全力を出し切る自分に変わろうとしている。72.5km関門(やまなみハイウェー直前)では関門閉鎖まで35分を残して通過する。何年か前のリタイアしたポイントである。その時は関門閉鎖20分前に到着したが、このあとどんなに頑張っても完走できないと計算して白旗を上げた地点だ。今回は35分の余裕が次の関門まで足を進める勇気をくれた。

73kmで「やまなみ」を越えると下り坂や平坦な道が続く。次の関門は84km地点のミルクロードとクロスする地点だ。そこまで関門閉鎖まで余裕があれば、もしかしたら完走できるかもしれない。ただし自分の残りの脚力次第だから全く計算はできない。また、完走できなくてもレースを終える方法、リタイアの自分なりの美学も考えるようになった。とりあえず、あと20km走って山を下って内牧に入る地点まで頑張ろう。そこで関門閉鎖に引っかかっても仕方ない。残り8kmで終末を迎えるのも何となくかっこいい…そんなことも考えた。ピッチを上げたつもりの70-80km区間であったが、やはり1時間38分費やし、貯金を食いつぶす走りは続く。
by hyocori-hyoutan | 2012-06-16 21:27 | 阿蘇カルデラスーパーマラソン
【30-40km】
この区間は試走した区間でなじみ深い。このカーブを曲がれば下り坂だ、いつもの集落を通過した、このバス停は週3日しかバスが運行していない、この幼稚園は何人通っているのかな、中学校の廃校になったんだ…ってなことを考えながら走る。いつもの峰の宿(37km)で小用を足して気分一新だ。考えると最初のトイレ休憩だ。そして、このコースの最高地点、高森ゴルフ場も無事に通過だ。まだ流れに乗っている。半分で5時間半切りも可能な状態が続く。この区間も71分で、3年前と比べて1分弱のスピードを維持している。
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【40-50km、波野中間点50.8km】
40km過ぎからは木立の中に入る。下り坂で道幅が狭いからスピード感が味わえる。40km-42.125km区間のタイムを図る13分で通過。昨年は18分かかっていたから脚の残っている力はある。ちなみに40-45kmは31分でクリア。でも調子が良かったのはココまで…。50m間隔での単独走が続くが、追いつかれては離されていく展開が多くなる。ペースが上がらない。45-50kmは38分もかかってしまう。道理で抜かれ放しの訳だ。トレッドミル坂道ランでの脚力は向上したが、長い距離の持久走ラン練習の欠如が現れてきた。何といっても最高は26kmランしかないのだから、脚が悲鳴を上げて前に進まない。

50km地点の記録計測赤絨毯の上も急坂のため歩いてしまう。波野支所の歓声の声も段々と大きくなってくるが、疲労感も歓声以上に大きくなる。くたびれているから声援が元気を取り戻すまでには至らない。といいながらも、波野支所前の下り坂だけは駆け抜ける元気が出てくる。やっと辿り着いた。波野支所5時間38分で到着だ。ここの関門閉鎖は6時間45分だ。だから、ここで1時間07分の余裕がある。この時間余裕を活用しながらゴールを目指すことになる。でもゴールで、そこまで追いつめられるとは、この時点では想像もしない。

波野支所では、スイカ5切れ、わんこそば2杯、バナナ2切れを口に含んで後半に突入した。休んだつもりはなかったが、8分も休憩した。この頃には、コムラ返しの後遺症も忘れて足全体の痛みに変わってしまった。
by hyocori-hyoutan | 2012-06-16 10:15 | 阿蘇カルデラスーパーマラソン
今回の100kmでボクの50歳代の阿蘇100kmのチャレンジは3勝2敗の一つ勝ち越しで終わった。来年からは60歳代に突入するから一つのケジメの大会になった。そして、どんなに練習するより、若さが一番の完走への条件だということも痛感させられた。その若さを年々失っていくのは仕方のないことである…

スタートの雰囲気はいつもと同じであるが、食事の摂取方法は全く違う。レース前日の昨晩も炭水化物カット療法は継続中である。選手待機場所にはパンや飴、バナナなどが置いてあるがあまり食べない。食べるより出す方が大切である。万全の準備でスタート地点に立つ。ウエストポーチには、小銭とティッシュ、アミノバイタル数袋を押し込む。それと3年前に作った10km毎の通過予定タイムと関門時間を明示したラミネート加工したカードも入れておく。このカードはあまり今まで頼りにしたことはなかったが、今回は大活躍であった。
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【0-10km】
昨年は64kmリタイアの反省は、出足をゆっくり走りすぎた。今回はとりあえず22km付近(急坂に差し掛かる手前)までは、気持ちよく自分のリズムで走ることに決めていた。ところが、走り始めて500mでアクシデント発生した。スタート直後の急坂を走っていて、ちょっとリズムを変える走りをした途端、左脚のふくらはぎがケイレンを起こし、ツリそうになった。ヤバイ!完走なんて出来ない。実はレース3日前の就寝中に「こむら返り」を起こして目を覚ました。その再発である。以後3kmほどペースを落として走る。でも違和感がなかなか消えない。100kmへの不安が高まるものの、何とかだましだまし走れそうである。5km30分で通過、アクシデントの割には快調だ。昨年トイレ休憩5分ロスした9.5km地点もトイレに駆け込むことなく快調、10kmも60分を切る。

【10-20km】
久木野を過ぎてランナーの集団はバラけてくる。やっと10分の1を走ったなどと余分なことを考えないようにしようともつい考えてしまう。10-20のポイントは18kmくらいからのダラダラ上り坂で抜かれずに集団の中でペースを維持すること。それが前半戦の余裕があるかどうかの見極めだ。幸いにも、集団の中で抜きも抜かれもせずに足を運ぶ。中には、かなりペースダウンをしているランナーも見受けられた。ここで目に見えるようなペースダウンなら完走は難しい…自分のことだけ考えればいいものを、つい周りの選手のことも考えてしまう。20km通過…この区間も60分を切った。過去5回のレースの中では最速だ。スポーツクラブでのトレッドミル傾斜ランの成果がはっきりと表れる。脚の蹴りは健在だ。

【20-30km】
ここまで3年前の完走時と比べて10分貯金ができた。上出来だ。そして22km付近からの清栄山の上りが始まった。2時間あまり走ったあとだから歩けるのは嬉しい。リズムよく歩く。余裕があるから、ちょっとした平坦に近い道ではちょこちょこ走りも取り入れる。今日の山越えは風もなく、太陽も出ず曇りの上天候だ。予定通りの走りに50km5時間半切りをちょっと意識する。山越えのあとは急坂下りが続く。この区間はいかにピッチ走法で、上りで費やした時間を取り戻せるかどうかだ。ここで、ボクの今回のランニングの特徴がつかめた。上りは強いが、下りは走っていても圧倒的に抜かれてしまう。上りで抜いて下りで抜かれるボクの100km伴走の友が生まれてきた。この区間も3年前より1分半早い75分で乗りきった。
by hyocori-hyoutan | 2012-06-16 08:02 | 阿蘇カルデラスーパーマラソン
阿蘇カルデラスーパーマラソンも終わった。朝5時から走り始めて制限時間13時間30分を目一杯活用して13時間25分の午後6時25分にゴールすることが出来た。今回は天候(曇り&小雨)に恵まれてコンディションは良かったが、それを生かせるのも自分自身のコンディションである。

全体の流れとしたら、絶好調から始まり、中間点過ぎて途中リタイア間違いなしまで追い詰められて、そこから自分自身と必死に対話して、どのような形でレースを終了させるのか一歩一歩足を運びながら考えた。抜かれ放しの状況で前向きの考えはなかなか出てこない。それでも自分のペースを冷静に見通して、関門時間を一つ一つクリアする事だけを考えてゴールを目指した。

関門時間内にゴールを確信したのは、ラスト1.5kmであった。本当に苦しかった。前のブログで"阿蘇100kmはお祭りだ"と書いていたが、こんな苦しさを伴うものは祭りとは違うもので、ずっと襲う苦痛、心の弱さをカバーする少しの闘争心、「ゴール」という大きな目標ではなく目の前の関門を通過する小さな目標を突破していくだけに精魂を尽くす。

そして、今は思うと走馬灯のように次から次に状況が浮かび上がる。完走したからこその感動も一杯である。明日から完走記を書き始めたいが、今回は特に心の動きや、いかに自分の気持ちを高めていったか書き留めていきたい。まだ、阿蘇から福岡に帰ってランニングはゼロではあるが、体のあちこちの痛みからも解放されてきたので、体のダメージからも立ち直ってきた。レースは終わったが完走記まで書かないとレースは終わらない。今度はマイペースでブログを書こう。
by hyocori-hyoutan | 2012-06-06 00:32 | 阿蘇カルデラスーパーマラソン

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan