D7100 構えてパチリ 満足の一瞬

早速、マンションのベランダに出てニコンのD7100の描写力を確かめる。夕焼けのビルは美しい。夕焼けがビルの窓で反射している。昼間なら見逃してしまうただの雲も夕暮れ時は、立体的な陰影をつけて生き物みたいに見えてくる。
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ついでにアップしてどこまで窓枠をとらえているかを確認する。素晴らしいね。ぼけることなくきちんと表現している。何となく嬉しくなる。
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とりあえず、マニュアル本を読破して、更に撮影の仕方も勉強しよう。こうなると列車、野鳥、花火などなどの被写体の画像が浮かんでくる。ガイド本の指示のままに撮ってみよう。

# by hyocori-hyoutan | 2014-07-24 07:21 | HP&ブログ

ニコンのカメラ 買ってしまった ルンルン気分

念願の一眼レフカメラを購入した。今まではsonyであったが、ワンランク上を目指すにはcanonかnikonしかない。当初はcanonに傾きかけていたが、ネットで検索を繰り返すたびに段々とnikonに傾いてくる。canonは多機能、nikonは技術へのこだわりがある。やっぱしnikonに惹かれてしまう。
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購入したD7100の評判は良い。スマホでもコンデジでも写真は撮れるが、何となく達成感がない。絞りやシャッタースピードの調整、シャッター音の惹かれてしまうし、本体の持つ重厚さがカメラ好きにはたまらない。この梱包物を開く緊張感やドキドキ感はとても好きだ。
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外箱を開けると中箱がある。後々に収納するときのため、備忘録的に品物の梱包の様子も写真にとらえる。
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D7100はフルサイズではなくAPSサイズだ。でもこれで十分だ。これをこなすことさえ大変だ。もう一度カメラの勉強を始めよう。
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いいね。このスタイルがいい。軽いだけではなく重さも必要だ。
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実は40年前のnikonのカメラも持っている、当時7万円くらいだった。ズームじゃないから被写体に合わせて体を移動して前や後ろにはねていた。わが子の幼い写真も、この古いニコマート撮影した。ついそのころを思い出す。そしてズーム全盛から、今は「単焦点レンズ」のレンズの明るさが脚光を浴びている。
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# by hyocori-hyoutan | 2014-07-21 22:18 | HP&ブログ

近況報告 まだまだ元気 明日も元気

一か月のご無沙汰でした。いろんなことがあったが、時期を逃したらどうでも良い話題になってしまう。つい更新が面倒臭くなってしまった。そこで、ここ1か月に主な出来事を振り返ってみよう。

①福岡マラソンの申し込んだら当選してしまった。まったく落選と思っていたら見事当選、諦めの気持ちが福を招いた。とりあえず、トレに励んでサブ4を目指そう。
②大阪在住の長男嫁ならびにその孫息子(6歳)としまなみ海道で遊ぶ。尾道、大久野島を中心とする2泊3日の旅。ロングドライブにもまだまだ適応しているじゃない。
③車を買い替えた。D:5から再びD:5に‥。でも下取りの出した価格145万円であったのが、230万円で売りに出されたのはビックリ、ちょっと販売店が儲けすぎでしょう。
④個別的か集団的かはどうでもいい。日本の国が危機が生じたときに、的確な速やかな判断を下すのは、その時の内閣。選挙で選ばれたのだから一任するしかない。それを国民の声を反映してないという朝日新聞は売国奴。早くつぶれてしまえ。これほど日本人を貶める新聞はない。
⑤退職金を手に入れたが、退職金の利殖法がわからず、普通預金通帳に入れたまま。株で大損するより、通帳に入れているだけの方がいいかな。でも今日は東京株式市場は16000円を超えて17000円に株価が上昇気流とのこと。何とか活用方法を考えよう。
⑥現場ばかりの生活、天神に向かうことが稀になった。昔の仲間と飲みたいのは山々だが、なんとなく面倒なのは歳のせいかな。
⑦月一の高血圧、糖尿病予備軍の検診は継続中。その日が今日であった。看護婦さんからほめられる。血圧90/55、食後1時間の血糖値133、そして骨密度検査もしたら、なんと21歳の骨密度だった。これで骨租粗鬆症から逃れることが出来る。

そんなことが最近起こったことです。まあ、61歳になっても元気です。

# by hyocori-hyoutan | 2014-07-02 22:41 | 生活の知恵と愚痴

知覧から長島、そして天草の旅…思い出深き旅(3)

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翌朝も散歩。歩いて20分で折り返し、約40分の目覚ましウォークであった。見知らぬ土地での朝ウォークは楽しいものだ。
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蔵乃元港から車ごとフェリー乗船。約13分で天草牛深港に辿り着く。
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写真の左上のデリカD:5がボクの愛車だ。
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牛深に着いてからはまず大江天主堂を見学する。江戸時代の苦難の禁教時代260年を耐え抜いたキリスト教は明治以降に信者を増やしていく。そして最初の大江聖堂は明治10年頃に建立され、現在の聖堂は昭和8年に建てられた。
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今晩の宿は、天草五橋の第三橋の近くにあるなかむら荘に着いた。ネット上の大人気の夕食、期待を裏切らない超ごちそうである。魚づくし料理は昨晩以上だ。
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余興も楽し、旅館の女将さん以下総出演のおもてなしだ。泊まって価値のある宿だった。
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# by hyocori-hyoutan | 2014-06-03 22:21 | 家族

知覧から長島、そして天草の旅…思い出深き旅(2)

知覧を後にして長島に向かう。昭和49年の完成した約500mの黒之瀬戸大橋を渡りきると長島町に着いた。そこから本日の宿のサンセット長島までは40分ほどのドライブになった。思ったより大きな島である。着いてすぐに風呂を浴びて夕食タイムになる。宿の名前が「サンセット長島」というから、やはり夕焼けは綺麗であった。
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夕食は、やはり魚が中心である。一人前の刺身の量が多い。当然、酒の量も増える。
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日頃は、熊本、鹿児島市内のルートしか行けないが、今回の「長島ルート」はお勧めである。何たってのんびりしている。魚も美味い。九州は広いな…って実感する。
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夜も更けてもう一回風呂に行こうかな‥って思ったけど、部屋に戻るとそのまま熟睡になってしまった。

# by hyocori-hyoutan | 2014-06-03 21:46 | 家族

穴澤大尉 恋人、国のために自分は戦う その思いに感謝

youtubeで検索してたら、穴澤特攻隊員の恋人宛の遺書が掲載されていた。何度読み返しても心が切なくなる。このように若者を追い詰める戦争は絶対だめだ。でも日本が戦後も力強く生き抜くように、必死に戦った特攻隊員の国を思う気持ちは忘れたらいけない。その志を我々は持ち続けなければいけない。戦争に負けたといっても「国のあり方」は維持していかないといけない。ぜひとも皆さんもかみしめながら読んでほしい。
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# by hyocori-hyoutan | 2014-05-17 01:44 | 家族

知覧から長島、そして天草の旅…思い出深き旅(1)

鹿児島に行ってきた。九州地区研究大会があったため、鹿児島市内のホテルで開催された。夜は同ホテルでの懇親会が開かれる。地元焼酎の有名銘柄が多数並べられていた。乾杯のビールは2,3杯にして、珍しい焼酎ブランドの飲み比べをする。どうせ飲むならロックで、グイグイと…。気持ちよく酔っ払いそのまま部屋へ、そしてベットでいつの間にか寝てしまう。
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でも翌日は朝6時に起きてホテル近くの防波堤を散歩に行く。約1時間のコース。これで酒も体から抜けていく。見上げれば桜島が雲に覆われている。朝は曇りだがその後は晴れという予想だ。今度の旅行も天気に恵まれるみたい。
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朝10時半には、研究大会も終了、早速、鹿児島市から約40㎞南に位置する知覧町に出掛ける。そのルートは山越えであった。知覧茶でも有名な町だ。美味しいお茶ができるには朝晩に冷え込みが必要だとのことであり、知覧は山の中でその条件に合致するみたい。まず最初に訪問したのが「知覧武家屋敷」である。江戸時代、薩摩を治める島津家、その分家の佐多氏が治めていた知覧の武家屋敷が200年以上の時空を超えて美しい姿(石垣の街並みと庭園)を見せている。
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近くの矢びつ橋で記念写真に納まる。
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次に向かったのは今回の旅行で是非行きたかった「知覧特攻平和会館」である。
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知覧飛行場は昭和16年陸軍のパイロット養成学校とした開設されたが、戦火が厳しくなる中で最後の戦況を有利にする作戦として特攻の基地となった。沖縄戦に向かう特攻隊員、1036人が戦死した。そのうち402人が知覧から飛び立った。館内は撮影禁止だった。遺言がきちんと整理されてあった。明日は特攻として命を落とすことがわかっていながら冷静に家族や両親への気持ちを伝える。追い詰められた状況で気が狂いそうな中でも、筆は冷静に、でも感情を込めた言葉が続く。冷静だからこそ心の葛藤を考えるととても苦しい。17歳から30歳までの若者、気が狂った若者でなく、日本の将来を見据えた行動、薄々日本が負けることに感じていたが、それでも少しでも戦況を変えたい。自分の特攻によって少しでも日本が有利な戦争終結に持っていきたい…。そんな気持ちが伝わってくる。
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戦後を平和の中で過ごすことができたボクにとっては、ただ言えるのは「ありがとうございます、日本の平和を守るために皆様の死を無駄にしません。日本が平和に過ごせること、日本が世界の平和に貢献すること、世界の人から尊敬される日本であり続けること誓います」…と心に呟いた。
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その会館を出ると石碑が立っていった。映画「俺は君のためにこそ死ににいく」の石碑だ。特攻隊員の遺言の中でも、もちろん「天皇陛下万歳」もある。それは否定できないが、恋人宛の遺言もあった。「俺のことは忘れて、自分の人生を大切に戦争が終わっても生きてほしい。でももう一度君に逢いたい」そんな遺書もあった。これについては別途ブログに掲載したい。
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そして特攻記念会館から2㎞離れた知覧の街中に今日の宿「富谷旅館」に到着した。昭和20年頃は「富谷食堂」であり陸軍指定の食堂であった。多くのパイロット練習生、特攻隊員が出入りしていた。経営者は鳥濱トメさんで、特攻隊員から「母」と呼ばれるほどの親交があった。戦後は死亡した特攻隊員の家族にも積極的に手紙などを書いて最後の姿を伝えていった。本日は、富屋旅館別館に宿泊した。
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次の日の朝も知覧の街中を散歩した。気持ちが乗ったせいか少し飲みすぎた。目が晴れてしまった。やはりランニングなしに飲んでばかりいたら体調が狂う。知覧の街は早朝は静かである。
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朝食会場は、富屋旅館本館の座敷であった。畳替えはされ改修はされているが、廊下や柱は昭和20年そのままである。特攻隊員が食事を摂った部屋である。泊まった客はボク達夫婦2人だけであった。おかみさんから昔の話を聞かせてくれる。
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部屋の外には縁側の廊下が広がる。ここに特攻隊員と鳥濱トメさんとの笑顔の写真が飾ってあった。この縁側で撮った写真だ。死を覚悟した若者とは思えない笑顔が心に響く。
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# by hyocori-hyoutan | 2014-05-13 23:07 | 家族

孫の入園式 成長は楽しみ 自分も老いに負けないぞ!

孫の幼稚園入園式に参加してきた。たまたま休みだったから参加できた。入園式に参加している親は、ほとんど正装に近い。聴いたところによると、「幼稚園のセレモニーはきちんとした服装で来てください」との連絡があったらしい。いいですね。雰囲気が凛々しい。やはりセレモニーはこうでなきゃいけない。3歳の孫も嬉しそうな気持と不安な気持ちで、ちいちゃな心が揺れているみたい。でも、1か月も経てば元気になるだろう。
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園長の挨拶も立派だった。これからは親の愛情を注ぐことも大切だが、できるだけ自分自身でできるように仕向けないといけない。必要以上に手を差し伸べないこと、社会生活の中でわがままを言うときはキチンと怒ること…それを父親に望む。その通りでだと思う。

その状況の中で、いつのまにかジジの立場になった自分がいた。父親と比べて気持ちは楽だ。でもこの孫が成人式を迎える頃まで生きてられるか考えると、ちょっと寂しくなった。寂しい分は優しくしようと思うなら、さっきの園長先生の話と違ってくる。子どもをキチンと怒りなさいとは、ジジが受ける言葉かな。

# by hyocori-hyoutan | 2014-04-15 00:54 | ああ無常

熊本城マラソン 術後1か月半 こんなもん

古い話であるが、2月16日に熊本城マラソン大会に出てきた。整列したのはスタートラインの後方200mくらいだった。鎖骨骨折手術後1か月半だし無理しないよう完走目的での参加であった。ゆっくり走りはじめる。最初は㌔6分をちょっと超えるペース。でも10㎞過ぎには㌔5分くらいに上がるかな…と思っていた。

でも全然上がらなかった。上がったのはトイレの回数。3㎞付近から小用をもよおし、3km置きに仮設トイレに駆け込む。これじゃピッチは上がらない。結局20㎞地点くらいまでで6回ほど駆け込む。以後はトイレにはいかなくなったが、エイドステーションでは黒砂糖やバナナを手にするために立ち止まる。

結局、4時間30分を超えるタイムだった。若い頃の2時間台のタイムはさておき、マラソンを復活した12年前のホノルルマラソンのタイム4時間40分台とほぼ同じになった。12年前のタイムを維持したのが素晴らしいのか、年相応のタイムに落ちて来たのか捉え方はいろいろだ。これからも、健康維持のためにはしり続けよう。

# by hyocori-hyoutan | 2014-03-30 00:25 | ランニング大会奮闘記

個々の違いより 共通点を見出す その歳になりました

約1か月ぶりの投稿だ。何となく億劫になってブログ更新をしていなかった。どうしても写真付ブログにしようと思っていると写真を整理してから投稿になるもので、写真を整理しなければ、自ずと更新をしないままになる。だから今日は写真なしの雑感のみ。

ボクは酒は好きだけど、自分から企画して飲み会をするほど積極的じゃない。でもどうしても企画したい飲み会が出てきた。誰もしないから自分がするしかない。長く務めた会社の同期生会だ。昔々はよく飲んでいたが、いつの間にか疎遠になってしまった。

新規採用時(約38年前)に同じような勤務に従事していた11人だ。でも、最初の職場が同じでも、そのあとはバラバラ…。出世の仕方もバラバラ…、人生の考えもバラバラ…。そして疎遠になっていた。でも、感性が鋭い20歳台を同じ環境で過ごしたこと、社会の動きを同じように体験したことは同じ。時が過ぎれば、お互いの違い点よりも共通点に仲間意識のウェイトが移ってくる。これって年を重ねた成果かな。11人の同期生といっても、1人は死亡、自宅療養中で欠席のもの1人などで、結局8人が参加する返事をもらった。同期会が楽しみだ。

そこで昨日、欠席通知があった自宅療養中の友人の自宅に行ってきた。肺の病気で常に酸素チューブを鼻に挿入している状態でなかなか外出が困難であったが、家で安静にしていれば特に問題ないとのこと。早めに退職して自宅寮生活に入っていたので3年ぶりに再会であった。1時間ほどの他愛のない話であったが、とても喜んでくれた。最後に、ハンド録音機を持参していたので、メッセージをお願いした。とても喜んでメッセージを入れてくれた。これで、同期会も盛り上がるだろう。酒と欠席者のメッセージがあれば、相乗効果で楽しん飲み会になること間違いなし。

無事に楽しい飲み会も終わり写真も整理できたのでアップしておこう!
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# by hyocori-hyoutan | 2014-03-16 22:58 | ああ無常

誕生日には いつでもお祝い また1年頑張ろう!

ボクの誕生日を迎えた。貴重な60歳台の1年を経過した、残りは60歳台も残り9年になった。人間の寿命なんてわからないから自分の年齢に一喜一憂しても仕方なし。日々楽しく有意義に過ごせばいいものだ‥とわかっていても気になるもの。今日は子ども、孫、義理の父母が一堂に会して祝ってくれた。
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あと何年、今の健康な状態が続くかはわからないが、いつまでも元気にランニングや趣味に没頭していたいものだ。子どもたちからは、4月の博多座鑑賞券2枚を頂いた。ありがたいものだ。OB生活も1年を経過しようとしている。まだまだ頑張ろう!

# by hyocori-hyoutan | 2014-03-15 23:07 | ああ無常

久住高原コテージ いつも泊まっても 毎回嬉し楽し

行った宿は久住高原コテージだ。別府を出たのは16時30分過ぎ…。ナビを目的地に設定すると到着時間は18時40分になった。急いでアクセルを踏み込んで飛ばす、それでも宿に着いたのは18時20分過ぎ。早速露天風呂に入って19時からの夕食タイムに間に合うように行動をする。せっかくのリゾートホテルであるが18時過ぎにチェックインは勿体ないと思う。これも仕方なし。
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でも夕食タイムは楽しい。今回はプレミアム料理、プラス2050円の特別メニューだ。ビールに熱燗、そしてカクテルを飲んでしまった。
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豊後牛も出て来たよ。
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刺身盛り合わせも出て来たよ。
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創作料理も美味かったよ。
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そばも美味かった。写真はないけど釜飯も美味かった。
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そして、部屋に戻って持ち込みの焼酎を飲んで更にいい気分。そのまま熟睡。でも翌朝は、当然のごとく朝のウォーク&ちょいランを行う。戻っての朝風呂は気持ちよし。あいにく今日も霧で,阿蘇五岳は見えないけど十分に満足。
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朝走ったから美味い朝食、フレッシュジュースも美味い、ジャムも美味い、新鮮な卵かけご飯も美味い。
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十分満足して宿を出る。その帰路では、朝食バイキングの後で、昼食には久住の名物のケーキ屋さんでケーキセットもいただく。いつものコースを履行していくのも楽しみの一つ。また明日からの気力を養う事ができた。

# by hyocori-hyoutan | 2014-02-10 22:31 | 旅行記

別大マラソン 応援にきたぞ 霧を吹き飛ばせ 

別大マラソンの応援に行ってきた。あいにくの濃霧の天候。でもマラソンにとっては風も弱く気温もそれほど高くない。マアマアの天気。第一応援地点は別府駅付近4㎞地点、まだまだ大集団である。DeNAの上野選手53番がペースメーカーを務めている。
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その集団の2分後に猫ひろしがやってきた。ピッチ走法でまだまだ余裕がありそう。2時間30分切が目標らしい。
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次のポイントは24㎞地点である。まだ上野選手が引っ張る。日本人期待の前田選手(九電工)、今井選手(トヨタ九州)も集団の中で推移する。
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そして、35㎞付近の橋の上では状況は一変。ウガンダの選手が今井選手を約80m引き離している。ピッチもリズミカル…勝負あった感じ。
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でも、今井選手がやってきた。まだ諦めていない。必死の形相で追いかける。こっちも先回りして競技場入り口に移動する。
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ラスト500mの競技場入り口で待ち構える。ラジオの生中継によると最大18秒差から6秒差に今井選手が追い上げていた。その6秒差を生で見るとかなりの距離…無理か。
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やはり、ウガンダの選手もラストスパートして差は縮まらず。そのままゴールへ。それでも今井選手は2時間9分台、次につながる健闘だった。
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そのゴールの23分後に猫ひろしがやって来た。目標の30分切はできなかったが、33分台の記録だ。立派なものだ。並外れた身体能力がなければ出せない記録だ。
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ただ単に別大マラソン応援のために別府、大分までやってきた。このまま帰るのは勿体ない。どこかに一泊して帰ろう。

# by hyocori-hyoutan | 2014-02-10 22:00 | スポーツに一言

鎖骨骨折 術後1か月半 もう元気

先日、リハビリに行った。右肩周辺をマッサージ、そして可動域を広げるトレーニングなどで30分間、お世話になる。その結果、トレーナーからリハビリ終了の通知をもらう。もう、ほぼ健常者と変わらないとのこと。また一つ前進した。

当面の目標は、今週末の熊本城マラソンである。といっても、練習は最大13㎞止まり。加齢と練習不足で結果は期待できない。それでも、最後の調整で帰宅ラン17kmを行った。リュックを背負ってのランであったが、6分ちょっとのペースで気持ちよく走れた。目標は4時間12分くらいで走りたい。

# by hyocori-hyoutan | 2014-02-10 20:49 | 日々ランの雑感

鎖骨骨折 術後1か月 順調なのが第一

12/25に鎖骨骨折手術して1か月が経過した。今日は病院に行ってリハビリ30分、レントゲン検査、主治医との問診を行った。リハビリの経過は群を抜く回復具合。よほど手術がうまくいったのかな。主治医もレントゲン写真を見て、鎖骨はまだ縫合していないが、鎖骨結合のプレート等の異常なし。あとは時間経過で回復するのみ。

本人の感覚としても違和感が少しある程度で、特に気にすることもなく仕事に、ランニングに勤しんでいる。今日も13㎞の帰宅ランを実施した。ランニングリュックの肩掛けベルトが鎖骨にあたるのが嫌だから、ベルトだけは上腕部にずらして走る。でもランは途中で空腹感に襲われて途中の自販機でジュースをゲットして栄養補給。

帰宅してからビール補給。今週も一週間が過ぎ去ろうとしている。ともかく走ることに慣らす日々…。スピード練習もなし。まあ、目標4時間半くらいで熊本城マラソンをゴールできればいい。だから焦る気持ち無し。

# by hyocori-hyoutan | 2014-01-24 22:13 | 健康化大作戦

鎖骨骨折 術後26日 違和感的にはなし

鎖骨骨折、正確には骨折手術後26日経過した。まだ自転車に乗るのは怖い。でも日常生活への影響はほとんどなし。ランニング生活でも支障なし。この調子で行くと2月16日の熊本城マラソンも参加(もちろん完走)可能かな…、的な回復である。ルネサンスのトレーナーにも驚異的な回復を褒められた。和白病院のリハビリトレーナーにも褒められた。あとは調子に乗りすぎないこと。

ラン後の肩甲骨の違和感、しこりも解消中である。痛々しい手術の傷口にも慣れたせいか、気にならなくなった。それにリュックを背負った時の鎖骨のあたり具合も気にならなくなった。全部が全部いい方向だが、何回も言うように自戒の気持ちは忘れないようにしよう。下手すれば頸椎損傷や頭部強打の障害になったかもしれないからね。日々注意深くが今年のモットー。

# by hyocori-hyoutan | 2014-01-19 21:15 | 健康化大作戦

鎖骨骨折 術後19日 ラン10km達成

土曜、日曜とスポーツクラブに行ってトレッドミルと向かい合う。無理しないように傾斜ウォークから始めたが、特に異常も感じられなかったのでラン開始。そのまま10㎞を1時間15分くらいで走った。その後は右肩周辺、鎖骨付近を十分にストレッチ、肩甲骨の可動域も確認をする。

サウナに入るときは、やっぱし痛々しい傷口はタオルで隠す。徐々にではあるが、健康化への階段は着実に上っている。今のところ、運転時のシートベルトが妙に鎖骨に触れるのが気にかかる程度かな。

# by hyocori-hyoutan | 2014-01-12 15:41 | 健康化大作戦

鎖骨骨折 術後15日 経過良好

今日は退院後の初外来。レントゲンを撮った後、30分のリハビリ、そして主治医との面談。経過良好、折れた鎖骨も縫合し始めている。レントゲン写真を見ると骨折部に白いもやもやができている。これが融合し始めている兆しらしい。まあ還暦を迎えたが骨年齢は少し若いかな。

気を良くして、職場の帰りはラン&ウォークの13㎞とする。用心深く走り、ちょっとのウォークも取り入れる。外気温は5度くらい。寒いけどゆっくりランで壮快な気持ち。結局1時間38分で我が家に辿り着く。思ったより体力は残っていた。このまま順調に回復したいものだ。ラン後の鎖骨の状況は"Very Good"

# by hyocori-hyoutan | 2014-01-10 21:22 | 健康化大作戦

退院し 即職場復帰 目指すはラン復帰

仕事始めの日にやっと退院した。約2週間の入院であった。幸い入院期間は年末年始の休みと合致した。退院した翌日から仕事復帰。鎖骨周辺に違和感は残るが痛みもなく順調な回復具合だ。今日も昼休みに運動不足解消に30分ほどの散歩と軽いジョグを繰り返し行った。あとは時の経過を気長に待っていれば回復に向かうだろう。焦って運動を急ピッチにしてもよくない。とりあえず術後1か月は自重しておこう。

自転車通勤からJR通勤に切り替えたが、JR通勤も慣れれば楽である。JR通勤といっても、自宅から香椎駅、西戸崎から職場の歩く距離合計は3.5㎞になる。往復7㎞になるのだから、この距離を活用しないのは勿体ない。走りを取り入れよう。気持ちは、ランスタイル復帰に燃えている。

# by hyocori-hyoutan | 2014-01-09 22:48 | 健康化大作戦

あけましておめでとうございます

ボクの今年の年賀状です。ことしもよろしく。
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# by hyocori-hyoutan | 2014-01-01 08:20 | わが半生記

不注意で 年末年始吹っ飛ぶぶ 鎖骨折れ

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明けましておめでとうございます。今年は年末から年始にかけては、不注意から災難に見舞われた。鎖骨骨折、鎖骨縫合手術で現在も入院中。どうにか仕事始めには間に合ううかどうかというところ。転倒して折れた瞬間は全くわからなかったが、痛みが続く鎖骨に手をあて背中に向けて手を滑らしていくと、途中にでポッコリと段差ができていた。ヤバイと思い、自分で救急車119に緊急電話をして救急車要請。5分後に救急車到着。近くの病院に搬送をしてもらう。

時は、12/21(土)午後5時頃…。早速レントゲン撮影。右鎖骨がポッキリ。しかし問題はそこからであった。運び込まれた病院は年内は手術予約で一杯である、年内無理…ということは年明けの6日以降になる。冗談じゃない、固定バンドを装着したままで今から2週間は過ごせない。

そこで、別の病院を紹介してもらう。それでも3連休だから12/21~23までは自宅安静だ。骨折箇所が痛む。起き上がれない、顔が洗えない、服が着ることができない。楽なのは横になった時だけ…、それでも妙な動きで痛み出す。苦痛の3泊4日の自宅安静だった。12/24(火)、朝一番で和白病院に出掛ける。

緊急病院での紹介状を差し出す。その後主治医と問診。レントゲンを見て、即決定。本日入院、12/25のクリスマス手術。ホッとする。その後、CTスキャン、心電図、血液検査、胸エコー検査などを実施する。ただし整形外科の病室は満杯のため、特別個室となる。部屋代は毎日〇〇千円だが、入院が優先事項だし即了解。ということで念願の入院となる。

# by hyocori-hyoutan | 2014-01-01 07:55 | 健康化大作戦

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間11(ローマ⑤)完

朝8時過ぎにはホテルを出発。終日自由行動だ。知らない場所をマップ片手に歩くのは楽しい。それもローマの街なみだ。観光地の位置関係は歩いてみないとわからない。歩いて何分、この先の角を曲がればトレヴィの泉など…空想力と地図の読む力を頼りに歩いていく。しかし、早速ボルゲーゼ公園内で道に迷う。通勤の若い女性に道を尋ねる。やさしく答えてくれる。イタリア語がわからなくても何とかなる。やっと公園を抜けてポポロ広場に出て来る。
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狭い道の両側に教会が2つ。右がサンタ・マリア・ディ・ミラコリ教会、左がサンタ・マリア・モンテサント教会という。広場の中央には、紀元前1世紀に皇帝アウグストゥスがエジプトから持ち帰ったオベリスクが立っている。
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その間の道を歩いていく。朝の通勤時間帯であるが観光客は少なく朝の冷気が漂っている。
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朝の爽やかなスペイン広場に到着、早速階段を上る。スペイン広場前のロータリーは工事中。工事用シートはサムソンの広告幕になっていた。ちょっと目障りだ。
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更に2㎞ほど歩くとヴェネツア広場に面しているヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂前に出てくる。この王様がイタリア統一した初代国王、建国の父だ、1861年建国だからイタリアの歴史は浅い。悠久の歴史があるにも関わらず、その後はルネサンス期は都市国家の小共和国時代、その後もオーストリアやナポレオン遠征の支配下だった。今のイタリアの原型は150年前に出来たに過ぎない。
ところで、この広場は大きいし道路も広い。道路を横断するのが怖い。車は止まらない。横断歩道信号が青でも横から車は突入する。じっとしていたら、いつまでも渡れない。手を挙げて車を止めて強引に渡る。ローマは怖い。
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余談だが、この車も路上駐車、街中だろうと関係ない。それに車間距離、ぶつかっていないが距離は2~3cm。バンパーをぶつけて出るらしい。
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更に500mほど川沿いに向かうと、人通りのない教会に出会う。鉄格子の中をのぞく。ありました「真実の口」…古代の井戸の蓋らしいが、「ローマ休日」での名場面が超有名である。並ばずに意外なほどあっさり真実の口に出会った。もちろん、手を入れて驚いた表情で記念写真も撮った。
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しばらく歩くと、フォロ・ロマーノの世界遺産に辿り着く。規模がすごい。紀元前6世紀から紀元後5世紀までの1200年間、ローマの政治経済の中心地の遺跡だ。ルネサンス期には石切り場になって荒廃していた時期もあったらしい。フォロとは公共広場の意味らしい。遺跡の下を歩くちいちゃな人間を見ると、いかに遺跡が大きいかわかるだろう。
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そして、昨日来たコロッセオに再びやってきた。今日は中をゆっくり見学だ。壮大だ。5万人の観客が収容できた。現在復旧工事中であるが見学には支障なし。4階建てで各階ごとに建築様式が違う。観客席は崩れ落ちているが、昔の剣闘士と猛獣の戦いを想像してみる。むき出しのアリーナ下の柱石群も、その昔はどうなっていたのか。猛獣が待機していたのか…傷ついた兵士が横たわっていたのか…なんか想像すると時空を超えてしまう。
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ローマ観光の最後は、再びトレヴィの泉にやってきた。昨日後ろ向きにコインを投げたから、その翌日に再び来ることができた。ここでローマのお土産を一杯購入した。そのあとローマ三越に出掛けたが、思ったより小さな店で思うように買い物できず。バス移動中のドライブショップで買い物をしていたら良かったのにとちょっと後悔した。
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ローマ最後の夜はカンツォーネを聴きながらでのディナーにした。これはオプションパックだった。楽しかった。でも最終日はハプニングもあった。スペイン広場で買った焼栗が食あたりを起こした。夕食までの少しの時間にホテルに戻るも嘔吐して最悪の体調になっていた。でも2時間ほどでどうにか回復したのは立派。無事にカンツォーネと食事を楽しめた。ワインもたらふく飲んだ。
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翌朝はローマからアムステルダムに、乗り換えて福岡直行で帰路に着いた。アムステルダムまでアルプス越えの飛行ルートである。アルプスの山々が飛行機から見えた。アルプスの規模のでかいこと。それにしても、天候に恵まれた8日間の旅だった。ヴェネチアで早朝ちょっと小雨以外は晴天、晴天。4つの都市のどこが良いって考えても比較できない。どこもよかった。北イタリアの古都トリノの静かな街並み、水の都ヴェネチアの繁栄の歴史と教会群、古都のフィレンチェの街と川、ウフィツィ美術館美術館の絵画、そしてローマ…古代の遺跡群、教王のサンピエトロととヴァチカンの凄さ(凄さ意外に言葉なし)。もちろんローマの休日の名場面も印象的だった。またいつか再訪したいイタリアだ。ヨーロッパの伝統、重みに触れた気がする。
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(終わり)

# by hyocori-hyoutan | 2013-12-16 12:19 | 旅行記

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間10(ローマ④)

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サン・ピエトロ広場を後にして次の観光地へ…コロッセオに到着した。世界遺産であり、教科書に必ず載っている写真だ、コロッセオ…昔はコロセウムと名乗っていたと思うが、今はコロッセオ。夕暮れ近くになったが観光客は一杯。やはり記念写真を撮っておこう。駆け足観光だから中に入らず、明日また来よう。」
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そしてトレヴィの泉に到着。ローマの晩秋の陽は早く落ちる。暗くなってきたが、すごい人出である。トレヴィとは三叉路の意味、確かに道路が三叉路みたいに伸びている。世界的な観光地だが、すり注意をガイドから言われる。
「トレヴィの泉の前で財布を開けないこと。バスの中で小銭を用意して、それを握りしめてバスから降りて、後ろ向きにコインを投げてください」
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すっかり暗くなってスペイン広場に到着。階段を上がってオードリヘップバーンが「ローマの休日」でジェラードを食べたところを探し出す。『ここかな、この辺かな』考えるだけで楽しくなる。スペイン広場の上まで階段を上がる。夜景がきれい。なぜスペイン広場っていうか…近くにスペイン大使館があったからだと。単純な命名だ。ここも夜で不十分、また明日来よう。
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今夜のローマの宿に着いた。"パルコ ディ プリンチピグランドホテル"に到着。郊外のボルゲーゼ公園の一角にあり静かなところ。格調高さは、今回のツアーの中では最高位レベル。
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夕食は街に出る。パスタと肉はワンパターン、でもこれしかないから食べるしかない。さあ、明日はローマの最終日、一日自由行動だ。ローマの街をマップ片手に楽しもう。
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# by hyocori-hyoutan | 2013-12-16 10:32 | 旅行記

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間9(ローマ③)

ローマ教王が毎週一回謁見するサン・ピエトロロ広場に来た。さすがに広い。今年即位した266代フランシスコ教王は人気が高いとガイドさんから聞いた。先代のベネディクト教王の時と比べて庶民的なのが大きな要因らしい。謁見の人数も数倍(約6万人)と言っていた。
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正面の建物サンピエトロ大聖堂からカメラを右に振る。するとローマ教王が窓から顔を出し、この広場の市民に手を振り祝福の十字を切る窓が見えてくる。建物の最上階の写真右から2番目の窓らしい。ガイドの説明によると…。
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この広場の中央にそびえるオベリスクだ。紀元前20世紀にエジプトで建立されて、紀元1世紀にこの地に運ばれ建立されたらしい。
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中央の柵の右側がイタリアローマ市で左側がヴァチカ小国になる。歩いて国境をまたぐ。
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同じように向こうはヴァチカン小国である。
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サン・ピエトロ大聖堂の両側柱廊の上にはカトリックの聖人像が140体が整然と並んでいる。
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この下の写真だけが大聖堂側から広場、オベリスクを見た写真である。
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# by hyocori-hyoutan | 2013-12-14 22:02 | 旅行記

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間8(ローマ②)

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とてつもなく大きなヴァチカン美術館に行った。最初はピーニャーの中庭、巨大なまつぼっくりの前で記念写真。
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そこから2階に上がりタベストリーギャラリー、地図のギャラリーを歩く。ここは撮影OKだった。押すな、押すなで見学者は多い。通常は何時間待ちになるらしいが、ツアー用事前予約していたために、ほとんど待たされなくて入場した。両側にはタペストリーが無数掲げてある。タベストリーなのに立体的に見えるのが不思議である。
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このギャラリーは幅6m、長さは何と120mである。教会の歴史や聖人の生涯を描いた壁画が円天井を飾っている。
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このあとは撮影禁止、何たってシスティーナ礼拝堂がすごかった。堂内は15世紀後半の著名な画家が描いた大壁画12枚、そして16世紀に入ってミケランジェロは、天井画(創世記を描いた)や、入り口壁の「最後の審判」も描いた。これもネットから借用、最後の審判の壁画であるが、実物の迫力は出ない。本物は14.4m×13.3mの寸法だ。
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次にサン・ピエトロ大聖堂の中に入った。ここは撮影OKだ。ここもめちゃくちゃ広い。見学の目玉はやはりミケランジェロの「ピエタ像」だ。この作は23歳の時に作った。やわらかい体の線、優しいまなざしなど圧倒される。昔観光客のいたずらがあったので、ガラス越しにしか見学できない。ミケランジェロは絵画、彫刻、そして建築家な多彩な才能の持ち主と実感する。作品の素晴らしさは凡人はうなづくのみ。
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聖ピエトロ像である、キリスト教徒は足元にキッスをするという。観光客は足に触れる。幸せが訪れるのだろうか。
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ここも素晴らしいの一言。この大聖堂を抜けると約30万人が収容できるサン・ピエトロ広場が広がる。

# by hyocori-hyoutan | 2013-12-14 15:34 | 旅行記

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間8(ローマ①)

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フィレンチェのホテルの横にバスが横付けされる。今からローマに向かう。ホテルの横に建っている大きな煉瓦つくりの柱は、昔のフィレンチェの街を守った城壁の一部である。街のところどころに残っている。
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最初にフィレンチェ郊外のミケランジェロ広場に立ち寄る。ちょっとした高台であり、フィレンチェ市内を一望できる。本当に美しい街だった。もう一度来てみたい気持が強まる。手前に流れる川がアルノ川(fiume arno)、高くそびえる建物、左からヴェッキオ宮殿、ジェットの鐘楼とドゥオモである。
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そして、ローマに向けてバスに乗り込む。約300kmの道のりだ。でもこのバスの車窓の景色は大好きだ。眠るのは勿体ない。じっと眺める。
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イタリアの高速道路にはパーキングが少ない。途中眠たくなっても休憩できない。すぐに運転中に眠たくなるボクはとても運転できない。それでも何とか休憩所があったので、バスも休止だ。たまたまガソリンスタンドもある。ガソリンは1.63ユーロ(約210円)、軽油は1.73ユーロ(約223円)だ。とても高い。これじゃ燃費のいい車しか乗れない。
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ローマ市内も路上駐車がすごい。道路の両側はマイカーだらけ。辛うじて中央に一車線の道だけ通行可。高度なドライバー技術がいるみたい。
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ローマに着いてまずは昼食、店の名前は"Grotta Azzurra"(青の洞窟って意味)だ。イタリアンレストラン、前菜生ハムとピザが出て来る。
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馬鹿でかいピザ、味は取り立て美味いって感じじゃない。大きいだけ、でも店内には、松岡修三や中田英寿の来店時の写真やサインが飾ってあった。日本人観光客向けのレストランかな。
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この料理とワイン2杯を完食する。腹いっぱいとなる。

# by hyocori-hyoutan | 2013-12-14 14:06 | 旅行記

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間7(フィレンチェ②)

最初にサン・ジョヴァンニ洗礼堂の中を見学する。11世紀の建築物であり、八角形という特徴的である。
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このフィレンチェ観光の案内人はフィレンチェ在住の日本人の方。美術へのすごい知識がある方、説明に吸い込まれていく。これは、この洗礼堂の3つの門のうちの東門、初期ルネサンス(15世紀)の金細工師ギベルティ作の「天国の門」の説明を丁寧に受ける。ただ消化できないほどの詳しさだ。
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この広場には、他にジェットの鐘楼と、花の都のシンボル「ドゥオモ」がある。鐘楼とドゥオモはそれぞれ頂上まで登れる。高さは106mと85mであるが二つとも制覇した。
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登る、登る、急坂を手すりを伝わり登って行く。残念なことに落書きは世界共通の品のない仕業…。いろんな言語がある。日本語ももちろんあり。落書きによって自分がこの世に存在したことを示しても何になるのか。気持ちがわからない。
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そして頂上に辿り着く。頂上からの眺めは格別だ。この赤い煉瓦屋根と教会群…世界遺産に登録されている理由がよくわかる
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ドゥオモ広場を後に午後は自由行動となる。ヴェッキオ橋に向かう。1345年に建てられた上下2層の橋、金細工や宝石店が多数あり。美しい眺めとアルノ川である。
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一度、ホテルに歩いて戻る。夜は再び食事のためにドゥオモ広場に出掛ける。時間があったので、美しい建物群を白黒写真で撮ってみる。なかなか味わいがある。
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ここでは記載しなかったが、世界最大規模ルネサンス期の名画コレクションのUffizi(ウッフィッツィ)美術館も見学した。ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」やミケランジェロの「聖家族」の本物もみた。ルネサンス期だけではないが、ヨーロッパにおけるキリスト教と絵画、彫刻などの深い結びつきを再確認した。参考までにネットから名作を借用しておこう。
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# by hyocori-hyoutan | 2013-12-12 23:50 | 旅行記

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間6(フィレンチェ①)

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フィレンチェのホテルは、スターホテル・ミケランジェロ…ここに2泊する。フィレンチェの中心部から約1㎞西側のアルノ川に近いホテル。交通の便はイマイチかな。
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ホテルの中は清楚でいい感じ.部屋の中もgood!ホテルには冷蔵庫完備だけれども、今回のツアー会社のJTBから毎日ミネラルウォーター1本づつもらえるので冷蔵庫のドリンクは使わない。困ったのはコンセントが少ないこと。イタリア仕様の変換プラグを3本持参したが、コンセント口が少ない。スマホ、デジカメのバッテーリー充電に苦労した。
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イタリアのトイレにも一苦労。バスタブ内の便器までは理解できるが、日本人にとってどこを押したら流すことができるかわからない。答えは便器の上の大きプラスティクの壁掛けのもの。これを押すと便器に水が流れる。レバーの方がわかりやすいのに、何でこんな大きいものが必要なの…と思ってしまう。
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着いた日の夕食はホテル内でステーキを頂く。ここでは同じテーブルに添乗員さんも同席した。この添乗員さんのキャリアがすごい。超ベテランの方であった。添乗員の裏話をこってりと聞かせていただく。日本ではVIPの有名人の機内ファーストクラスの座席指定の仕方。超リッチな顧客と1対1で3か月一緒に旅した裏話など…やはり添乗員さんの仕事の大変さ、健康管理の大切さを痛感する。
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翌朝は散歩、競輪場方面に歩いて1時間。ちょっとした穴窪には氷が張っている。ここフィレンチェも寒い。路面電車も急カーブを曲がっていく。車両を短くして連結しているので小回りが利くみたい。
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フィレンチェ市内は全て歴史建造物みたい。路上駐車も凄い。イタリア全般にいえるのだが、新車購入に車庫証明が要らないから結果路駐が増える。また歴史建造物ばかりだから地下駐車場も作れない。その悪循環が交通渋滞を招く。
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ホテルから街の中心部、シニョリーア広場までバス移動。この広場に隣接しているヴェッキオ宮(Palazzo vecchio)である。昔のフィレンチェ共和国の中心地で、執政官の館あった。1314年完成だ。日本の時代では鎌倉末期の時代に相当する。
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この広場の周りには、彫刻像が一杯である。ダンテの像ほかすごい数である。詳細な説明は忘れてしまった。もちろんレプリカが中心である。
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そしてウフィツィ美術館に向かう。ここの至宝は一杯である。ミケジャンジェロ、ラファエロなどなど。もちろん撮影禁止のため写真は無。16世紀頃にフィレンチェを治めていたメディチ家が建立したもの。そこの2階から眺めるポンティヴェッキオ橋の優雅さは見事である。
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そして、500mほど歩いていくとルネサンス文化が結集する「花の都・フレンチェ」のドゥオモが見えてきた。
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# by hyocori-hyoutan | 2013-12-10 22:43 | 旅行記

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間5(ベネチア③)

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ベネチアといえばゴンドラ遊覧。20人のツアー客が4艇に分散して約40分のベネチア運河遊覧だ。そのうちの一艇にはアコーディオン奏者とカンツォーネ歌手が乗り込み歌ってくれる。日本人にはとても受ける観光プログラムだ。
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大運河からドゥカーレ宮殿横の小運河に入り込む。この小運河はドゥカーレ宮殿と牢獄との懸け橋になっている。宮殿内には裁判所もあり罪が確定した者はこの運河の反対側にある牢獄に連れて行かれる。その牢獄に向かう者の専用橋が目の前に見えてきた。「ため息橋」というらしい。
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ここから見えるベネチアの運河、青い空の見納めである。終身刑は死刑よりも残酷かもしれない。牢獄に入れられる出てくることもない。この世の見納めである。そこで囚人はため息をついたという謂れの橋である。この橋もドゥカーレ宮殿の見学コースになっていたので橋から運河を眺めた。そんな橋と思えば、なんとなく気が重い気もした。
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運河の中は迷路みたいだが、ゴンドリエーデ(漕ぐ人)は巧みに漕いで行く。建物を蹴ってうまく離合もする。このゴンドラは漕ぎ手が一人のため、重心もヅラしてある。左右非対称だ。本当にカンツォーネの歌声とマッチする。降りるときはチップ2ユーロをチップ集めの帽子の中に放り込んだ。
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ゴンドラ遊覧も終わって桟橋に戻ってくる。海の向こうに浮かぶ綺麗な教会が目に入る。サン・ジョルジュ・マッジョレー教会と説明を受けた。1550年ころの建立された教会とのこと。いっぱい教会がありすぎて名前も覚えきれない。
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昼食は自由行動で食べることになっていた。添乗員さんから紹介を受けたBar(バール)に入る。喫茶軽食と酒が飲める店だ。イタリアではコンビニがないから、このBarが気軽に利用できる。でも本当にイタリアは物価が高いが、ベネチアは観光で成り立っているから一層高い。
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カプチーノ2杯にトーストピザ、ピザ生地の巻物みたいなものをオーダーした合わせて19ユーロ(約2500円)だった。参った、参った。味は大したことなし。我が家のトーストピザの方が格段に美味い。
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昼食が終わり小一時間のフリータイムが終わるとベネチアとサヨナラである。さすがに世界の観光地ベネチアであった。本当はココだけで3日間くらいはゆっくりした気持であった。
リアルト橋(ponte di Rialto)近くの桟橋から再びボートに乗って次の観光地フィレンツェに向かう。
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# by hyocori-hyoutan | 2013-12-09 21:36 | 旅行記

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間4(ベネチア②)

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ベネチアのホテルの朝食バイキング、必ずチーズとハム、それにパンは付く。またケーキも朝から食べ放題だし、瓶入りのジャムやチョコレートも食べ放題。もちろん朝からはそんなに食べられない。フレッシュジュースも美味い。
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朝食後は時間もあったので歩いて5分のサン・マルコ広場まで探索に出掛ける。昼間は大勢の観光客で大賑わいのこの広場も早朝は誰一人いない。これもベネチア本島に泊まった価値があるところ。
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午前中はベネチア観光を早足で半日で飛び回る。最初はドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)である。ベネチア共和国の総督の公邸であったところ。外部からの賓客はこの階段「巨人の階段」を上って総督と会見する。威厳を保つように両側には海に大神…みたいな巨像が2体そびえている。ガイドさんがその像に対する説明があったが忘れてしまった。
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その上の階段の天井には、黄金の壁画が描かれている。ベネチアの15世紀頃の繁栄を象徴している。ずっと見上げていると首が痛くなる感じ。このあとの諸室はは撮影禁止で残念。すごい数の油絵、宗教画が描かれていた。
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その中でも印象的だったのは大評議室だ。ベネチアルネサンスの巨匠ティントレットの大作「天国」が正面に飾られていた。ここも撮影禁止だからネットから借用。この正面が「天国」の壁画。確か世界最大の油絵だと…。もちろん天井もすごい、黄金色に飾られた絵が張り巡っていた。この大きな評議員室の柱はなし。釣り天井だとのこと。また周りには歴代総督の肖像画が飾られていた。その中に一枚だけ黒く塗りつぶされている肖像画があった。犯罪行為をして処罰された総督だったとか。総督は原則名誉職で終身だったのにたった一人だけが抹消されたみたい。ベネチアは共和国という名があるように、住民の中から約400人の評議員が一堂に集まり、この部屋で政ごとを行っていたらしい。15世紀頃の出来事…歴史があると再認識だ。
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サン・マルコ広場も運河側にも小広場がある。ここの桟橋に他国の賓客は到着して、この2つ円柱の間を通ってドゥカーレ宮殿に向かう。共和国の玄関にあたる。その円柱の上に飾ってあるのが守護聖人テオロール、左側が共和国を象徴する獅子の像だ。
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サン・マルコ寺院の西側には時計台があり今も時を刻んでいる。定刻になると鐘を打ち鳴らす。ガイドさんの説明によると、向かって右側が若者で若干は早めに鐘を打ち、左側の老人がきちんと定刻に鐘を打つ。若者のはやる心と老人の落ち着いた振る舞いを表しているとのこと。これも16世紀初頭の建造物。日本でいえば関ヶ原の決戦の時代である。ここのガイドさんは日本での時代背景と合わせて説明してくれるので、時の流れを感じながらの見学ができる。
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サン・マルコ広場の全景はをドゥカーレ宮殿のの2階から見渡す。両側に広がるのがベネチア共和国の行政長官府の建物、左側が休館で15世紀の建物、右が16世紀建立の新館。そして正面の修復中の建物が18世紀ナポレオンが征服した時の建物だ。せっかくの歴史建造物だが、工事中とはいえ韓国の家電メーカーLGの広告幕は目障りこの上ない。
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隣接してそびえるのが96.8mの高さの鐘楼である。ここもエレベーターに乗って展望できるのだが、時間がなくて登れず残念!
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次に行ったのがベネチアングラス工房の見学、華麗な腕裁きであっという間に馬のガラス置物が出来上がった。結構高額な品物が多かった、新婚さん6組が購入するかと思ったが誰も買わなかった。今も若者は堅実派が多いのかな。
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そして再びサン・マルコ広場に…。Tシャツや装飾品を売っているワゴンが一杯、偽物のブランドバックの路上販売も一杯。ガイドさんから騙されないように注意を受けて、目を合わせずに素通りを心がける。
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次はベネチア観光のメーンのゴンドラ遊覧だ。

# by hyocori-hyoutan | 2013-12-08 22:48 | 旅行記