あこがれの イタリア旅行 夢の8日間3(ベネチア①)

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ベネチアへのバスからの車窓風景は印象的だ。ベネチアに続く道はずっとアルプスが見えていた。ベネチアが近づくと雪山の向こうはオーストリアになる。次回はスイス、オーストリアに行きたい気持ちも高まる。陽が落ちる頃にベネチアに到着した。ビバリベルタ橋を渡りベネチア島のサンタ・ルチア駅のローマ広場に着く。
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ここからは、貸切の水上バスに乗り込んで運河を進んでいく。ライトアップされた両岸の建物群が美しい。この建物群はベネチア共和国全盛期の15世紀の建物が多い。
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ベネチアの着いた時間がよかった。ライトアップされて幻想的な景色が続く。やはり世界的な観光地だけのことはある。思ったより寒くない。ボートから身を乗りだしカメラを構えては景色を撮りまくる。
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今晩の宿、ボンベッキアーティ、BONVECCIATIの近くの桟橋に到着する。運河が発達しているので、どこかしこに桟橋がある。ここからは路地みたいな迷路を5分ほど歩いて宿に到着した。
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ヨーロッパ風の古風なホテルである。らせん状の階段、ドーム状の柱壁が古風ながら格式を感じる。ロビーの雰囲気がとてもいい。
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部屋の中は少し狭いがとても綺麗である。でも蛇口の水の出が悪い。バスタブ・トイレのドアの施錠が壊れている。そんな小さいなことを気にしたら旅は楽しくない。これがイタリア流と思わなきゃ…。
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ホテルを出ると運河が広がる。小さな橋が一杯ある。確かに車はもちろん自転車も通行できない。この不自由さがいいのだろう。
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夕食は近くのレストランでシーフード料理を頂く。今回のツアーはほとんど3食付である。だから食事メニューをいろいろ考える必要はない。でもこのシーフードスパの貝の身が小さいし、エビも食べづらい。やはり日本人にはあってない。美味しい美味しいと言って食べたけど、今旅行記を書いていると日本の方が美味しい料理が一杯ある、これホント。
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食事が終わるとレストラン前で解散。各自散策後、ホテルに戻るように言われる。足を少し伸ばして、有名なリアルト橋(Ponte Riaito)まで散歩。さすがにこの時間帯には観光客もまばらである。でも、確認したはずのホテルまでのルートを見失い迷子になる。狭いべネチアだから何とかなると思っていたら、なんと1時間も路頭に迷う。これも旅の楽しさ、隅から隅までベネチアを楽しむことができた。
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そしてホテルに戻る。ここのエレベーターはミニサイズ、定員4人程度、こんな小さいエレベーターは見たことなし。まるでマイホーム用のエレベーターみたい。明日はベネチア観光…。寝不足にならないように寝よう。でもイタリアに来てから時差ボケかもしれないが、朝3時に目を覚ましてしまう夜が続いている。今晩はどうかな…?
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ベネチア②に続く…

# by hyocori-hyoutan | 2013-12-07 23:35 | 旅行記

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間2(ミラノ②)

華やかなアーケード「ヴィットリオ・エマヌエレ2世のガレリア」を抜けると広場に出る。そこに広がるのがドゥオモ広場、ドォウモとは教会堂のことで一般名詞化と思えるが、ミラノのドォオモと言えば固有名詞になる。1386年に着工して完成したのは500年後の1900年頃とのこと。気の遠くなるような建築期間である。
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屋上には階段コース10ユーロ(1300円)、エレベーターコース13ユーロ(1700円)である。めちゃ高い。でも、イタリアまで来て登らない手はない。10ユーロ払ってせっせと階段を上る。すごい眺め場。素晴らしい青空に建物が映える。塔の先には無数の聖人の像がそびえている。
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一番高い尖塔の先には黄金のマリア像が街を見下ろしている。この像より高い建物は建てることができないらしい。歴史遺産、キリスト教の教えを大切にしているのだろう。ともかく街全体の調和を考えている。これは、これから訪問したすべてのイタリアの街に言えることだが。
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教会の屋上は下の写真のような感じ。身を乗り出せば下に落ちそう。日本じゃロープを張って安全確保に努めるが、イタリアじゃすべて自己責任で行動することが当たり前なのだ。
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再びドゥオモ広場に降りてくる。街には大道芸人か何もない空中で正座してる。つながっているには一本の棒だけ。それを下の人が手が震えるわけでもなくじっと持っている。このパーフォーマンスはその後、他の都市でも見かけた。大道芸人グッズに売られているのだろう。でも不思議…。
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さてミラノの昼食は、どこにでもあるようなレストランに入る。ミラノ風リゾットとカツレツ、それにデカンターのワイン。量が多い。リゾットは3分の1、カツレツは全部たいらげる。味としては特別美味しいというほどのことはなし。
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昼食は終わるとバスに乗ってミラノの街ともサヨナラをしなければならない。ミラノは半日観光だけだった。観光したのは市販のガイドブックのごく一部だけだ。パック旅行だから仕方なし。
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次の目的地のベネチアだ。約280kmのバスの旅だ。車窓にはアルプスの山々が見渡せる。あの山の向こうはスイスだ。田園風景は日本と違って民家があまりない。ただ気落ちのいい景色が続く。まるでミレーの名作「落穂ひろい」の景色にも似ているかな。
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# by hyocori-hyoutan | 2013-12-06 01:22 | 旅行記

あこがれの イタリア旅行 夢の8日間(ミラノ①)

イタリア旅行に行ってきた。8日間の旅になった。11/23(土)の11:05福岡発のKLMオランダ航空に乗り込む。約12時間のロングフライトである。ちょっと苦痛であるが、心の高まりの方が勝る感じだ。往路はずっと昼間になる。時差は8時間。もちろんシートはエコノミークラス。乗車率80%くらいだったから窓側3席に2人だけだったので、比較的楽だった。ビジネスクラスだと一人往復26万円プラスだもの。とても乗れない…。
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座席の前のフライトのルートを示すモニターをじっと眺める。だんだんと7アムステルダムに近づいてくる。12時間の間には、昼食と夕食の機内食がでてくる。座り続けであるが食欲はある。気持ちよくワインをオーダーする。
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アムステルダムでミラノ行に乗り換える。アムステルダム~ミラノ間は、約1時間40分のフライトだ。ここでも軽めのサンドイッチが機内食で提供される。ミラノ着は現地時間の11/23(土)18:40であった。すぐに郊外のホテル「アタホテル・エクスポフィエラ」に向かう。一泊目は泊まるだけだから、豪華であるが郊外の宿になったのであろう。ミラノは博覧会、見本市がよく開催されるそうだ。だからホテル名にエクスポがついたのかな。
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部屋の中はこんな感じ。今回のツアーは部屋のグレードが高い。ヨーロッパでは乾燥しているせいか、簡単にシャワーで済ませる部屋が多いのに、今回は毎日バスタブ付だ。
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時差の関係で寝つきが悪い。早朝ホテルの周りを散歩する。全く味気ない環境だ。周りは工場や会社ばかりで情緒なし。観光の一番目はスフォルツェスコ(sforzesco)城である。14,15世紀にミラノを支配したヴィスコンティ、スフォルツェスコ家の城塞、居城であり、ナポレオンは攻め込んだ時は、ここを陣営にしたとのこと。
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今回の観光地毎に現地のガイドがつく。ここは、現地在住の日本人ガイドの方、一生懸命に説明をしてくれる。ここは歩いて観光のみ。城内にはミケランジェロの名品を収納している美術館もあるが時間なく入らず。
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遠くに見えるのは「平和の門」で1800年代初頭にナポレオンに敬意を表して建立された凱旋門だ。
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緑が濃く静かな公園で、ヨーロッパらしい情感があった。
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今回の観光バスは中央部に出入り口があった。これがとても使いやすかった。それに20人だからゆったりだった。草々今回のメンバー構成は、新婚カップル6組、熟年夫婦2組、母娘ペア2組の計10組20名、こじんまりと行動もし易く、皆さん品位のある方ばかり、恵まれたツアーであった。
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次に向かったのは、「スカラ座」だ。1778年完成のオペラの殿堂だ。施設の中は撮影禁止だからネットから借用したらこんな感じ。すごい。それぞれのボックス席は富豪、貴族のオーナー席でそれぞれ自分の調度品を持ち込んでいたとのこと。今はとても高いシート席だ。
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中が撮れないなら外観をカメラに収める。
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下の写真はスカラ座の正面。そのまた下は昔のスカラ座の写真の案内プレート。本当に昔と変わっていない。
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ここで危うく迷い子になるところだった。ツアー客全員が耳かけのイアホンガイドをつけている。ガイドの声がいつも鮮明でガイドのそばにいる感覚になる。「サー次に行きましょう」と声で漠然とついて行っていたら全然別のグループについて行っていた。危ない、危ない。幸い添乗員さんが気づいてくれて大事には至らず。次は、ピットリオ・エマヌエレ2世ガレリアだ。スカラ座から横につながっている。1877年完成のアーケード街(200m)だ。天井がガラスで綺麗、建物も趣向を凝らしてある。入店しているのも世界的なブランドばかり。一見の観光客が店内には入れない。
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ミラノ②に続く…

# by hyocori-hyoutan | 2013-12-02 23:36 | 旅行記

気が弱いだけじゃなく 心臓もガタガタ でも長く生きなきゃ

先日、人間ドッグに行ってきた。今までは共済組合だったから結構格安で受けることができたが、退職して今年の4月からは組合けんぽになった。割高になった。それでも例年のことだから、毎年同じ検査を受けないと気持ちが悪い。しかし、今回は心臓でつまずいた。心臓の悪いのは覚悟というか慣れていたが、心電図にP波が表れてないとのこと。そのため、鎮静剤を使う大腸内視鏡、胃カメラは見合わせようとのこと。その代りに循環器内科の紹介状をもらった。その足で循環器内科に受診。再度、心電図検査と24時間ホルダー検査を実施した。その結果を聴きに今日行ってきた。

先生の言では…
昔ならペースメーカを入れないといけないな。でも運動をしているので「スポーツ心臓」から来ているかもしれない。昼間の運動、心臓の使い過ぎで、夜就寝時に副交感神経が活発になって脈がとんだりして最大2.8秒の脈がなくなっている。夜だけ薬を飲んでみましょう。「ロートエキス錠」を飲んでみましょう。2週間後に、また来てください。

そんな訳で、今日から薬を飲み始めた。いっぱい薬を飲むようになったもんだ。血液サラサラ、血圧を下げるもの、インスリンの出が遅いのに合わせて消化を遅くするもの、そして今回の脈拍を速める薬…。年は取りたくないもの。でもその成果、今晩の脈拍は、いつもの40くらいから50に増えた。喜ばなきゃいけないな。自分の体といっても自覚症状がないから面倒なもの。医者の指示に従って養生して行こう。

# by hyocori-hyoutan | 2013-11-22 00:12 | 健康化大作戦

結婚記念日 もう34回目 今年のプレゼントは?7

11月下旬になった。寒い日が続く。平年より寒いとテレビの天気予報が知らせていた。この11月になると思い出すのは、34年前の結婚記念日…。早いものだ。もうそんなに立ってしまった。
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子どもたちからケーキと花を頂いた。確実に夫婦の生活も折り返しは過ぎているであろう。でもなんかいつまでもこの生活が続くみたいな錯覚を持つこともある。有限だからこそ一日一日を大切にしていきたい。でも、知っているようで知らないのも夫婦間の宿命…。わかっていても言葉のやり取りでケンカみたいになることも…。無限ならケンカしてもいいが、有限だからケンカは勿体ない、そう思う今日この頃である。
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今年のプレゼントは何にしようかな。とりあえず食事、あるいは旅行…。メモリアルデーは、毎年だからこそ大切にしよう。

# by hyocori-hyoutan | 2013-11-21 00:46 | 家族

この国って 使えば他人行儀 批判だけかも

新聞等で日本のことを「この国」という表現が使われる。たとえば特集企画で「この国はどこに行こうとしているのか?」みたいな表題だと客観的、あるいは他人事みたいな内容になる傾向かな。

昔から「これ」「それ」「あれ」…の表現は中学校の国語で習った気がする。「これ」は自分の領域を指す言葉だから、この国=日本で正しい。でも「この国」と使うのは、日本人なのにちょっとよそよそしい。「この国」を「我が国」と言い換えれば、日本の中に自分自身が包含される言葉づかいになる。

そうだよね。「この国」と使えば常に批判的な内容につながるが、「我が国」と使えば建設的な内容になるみたい。だから評論家はこの国と使い、本当に日本をよくしたいのであれば、自分自身を日本に包含する「我が国」の言葉を多用する気がする。

我が国と使うことだけで、右翼と間違えられた歴史があったかもしれない。それは本当におかしいことだ。日本の将来を考えるときに「我が国」を主語で話せば、お互いに理解しあえると思う。日本のことを愛せるって当たり前のこと、それが最近やっと自分自身でも理解できてきた気がする。

この国って…てな感じでしゃべり始めると、責任感のない言葉続きそう、日本の将来はないって感じにつながりそうな表現ですね。

# by hyocori-hyoutan | 2013-11-12 19:31 | 世相を斬る

九州一周駅伝 幕閉じても 思い出に感謝

九州一周駅伝大会が本年をもって62年の歴史を閉じる。ちょうどボクの生まれる2年前から始まったことになる。ボクの家が馬出にあったので、最終区の篠栗~福岡間の中間点付近になる。駅伝コースは、箱崎商店街、筥崎宮前を通って千代町に抜けていく大学前通りだった。中央線も引けない狭い道(今もそうであるが…)だった。
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そんな道の両側に人が押し寄せる、どうにか車1台が通り抜けていく、その後ろを選手が必死に走っていく。大きな声援が飛ぶ。「福岡がんばれ」「宮崎がんばれ」と…九州各県の一体感と県民意識が交錯する。何も刺激がなかった昭和30年代の頃には、駅伝応援はハレの日だった。
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そんな子供の時の原体験がランニング熱を生み出していく。遊び場所は道具山神社だった。そこを起点に白山神社を経由する一周コース(350mくらい)が駅伝コース。それぞれ3人くらいで2チームに分かれて駅伝遊びだ。もちろん年齢差もあった遊びだったので、ハンディキャップをつけてレース開始。最初から飛ばす、そしてバテル。最後は歩くような感じで、タスキじゃない手タッチで次の子にリレーをしていく。何も遊び道具が要らないゲームだった。

でも小学校高学年頃からは、体力のなかったボクは、小学校、中学校のマラソン大会でもいい成績は収められなくなった。自分が走ることではなく、応援すること、見ることに熱中し始める。その頃は、花形選手は寺沢徹(クラレ)、中尾隆行(東急)、広島日出国(旭化成)等だった。毎年のように福岡国際マラソンで応援をした。その後、フランクショーターが出てきて、宗兄弟や瀬古の時代がやってきた。

そして、そのあとは自分が走るようになった、マラソンも走るようになった。人と比べて劣っていた体力も長距離だけは別だった。自慢じゃないがフルマラソン、2時間42分まで上り詰めた。今も走ることだけは続けて還暦を迎えてしまった。その原体験というべき「九州一周駅伝」の歴史が消えることは寂しいものだ。

# by hyocori-hyoutan | 2013-11-09 21:48 | スポーツに一言

熱き戦い 女子駅伝 接戦を勝ち抜け

宗像市、福津市で繰り広げられた西日本女子駅伝の応援に行ってきた。車は宮地嶽神社に駐車して徒歩でコース沿道に移動する。応援ポイントは第3区10㎞の中間点付近、前半の重要区間である。有名選手も多く出走している。トップに来たのは九電工の加藤岬選手、2区のチェピエゴ選手の力走でトップ堅持である。
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でも、その後ろ20mには、ダイハツ岡小百合選手が引っ張る4人の集団が追い上げてくる。
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その後ろ100mには、天満屋の重友選手、ご存じの野口選手(シスメックス)の2選手が競ってやってくる。その後方にはワコールの福士選手もやってくる。ちょっと、福士選手は苦しそう。
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そこから急いで同区間の9.5㎞地点に移動する。3区はぐるっと周回するので2回応援できる。
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トップは入れ替わっていた。ダイハツの岡選手が単独トップに躍り出る。
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続いて来たのは大塚製薬の伊東舞選手、独特の横への腕振りで遠くからでも姿がわかる。
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そのあとは2人ほどの選手が走り去り、次に来たのは天満屋とシスメックスの重友、野口のデッドヒート、少し差が開いている。
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それから30秒ほど遅れて福士選手、明らかに体調不十分、世界選手権のあとの練習が十分でないか…。
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応援のあとは久しぶりに宮地嶽神社にお参りに、ちょうど七五三の時期と重なる。多くの親子、晴れ姿の子供たちで賑わっていた。
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これでやる気が出てきた。夕方には走ろうかな。走るイメージがあるうちに頑張ろう!

# by hyocori-hyoutan | 2013-10-29 21:06 | スポーツに一言

秋深まる 九重の紅葉 健脚だけが頼り(2)

昨晩はぐっすり眠れた。本当は朝3時半に起床して、4時から大船山の上り、日の出を見るつもりだった。そのためのヘッドランプも購入していたが、晴れるかどうか怪しい、真っ暗闇の登山は30年ぶりの不安…などで取りやめて、通常通りの登山に切り替えた。朝7時40分から登りはじめる。この法華院温泉に初めて行ったのは、ボクが中学1年生の時、同じクラスの友人のお父さんに連れて行ってもらった時、坊がつるキャンプ場にテントを張って風呂だけ法華院に来たとき…それ以来、ボクのあこがれの地になっている。
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ここは1300m、今から目指す大船山は1800mあまり。今から500mを上る。
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【法華院温泉~大船山:2時間】天気は昨日よりいいが、天気予報の晴れと比べると雲が立ち込めている。でも雨にはならないみたい。坊がつるまでは歩いて7分程度。まだまだ軽快な足取りだ。
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振り返ると北千里浜の辺りは晴れあがっている。今から向かう大船山は雲に中である。何とかなるだろう。
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段原まであと10分くらいのところで、幸いなことに雲が消えてきた。目指す大船山のゴツゴツした山肌が目に飛び込んでくる。上り坂ばかりでくたびれた脚に再び元気を取り戻してくれる。
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中岳、久住山の方を見上げると、ぽっかり浮かんだ雲と山、おして澄み切った青空が素晴らしい景色を演出してくれる。この景色があるから山登りは辞められない。途中、プロカメラマンが三脚を立てていつでもシャッターを押せるようにスタンバイしていた。テーマは、雲と山と空らしい。そのシャッターチャンスを狙って5時間も6時間も待つとのこと。特にガス雲はダメで、綿菓子みたいな雲がいいと教えてくれた。
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そして、1786mの大船山山頂に辿り着いた。風もなく、この季節として最高に恵まれた。
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山頂付近にある水を湛えた御池は紅葉を迎えていた。大きなカメラ、三脚をセットしたカメラマンが多数、シャッターチャンスを狙っていた。
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御池のところまで降りてじっくり紅葉を眺める。風もなく1800mあまり山頂付近にいることを忘れてしまう。とても心が穏やかになる。
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大船山山頂から中岳方面は、すっかり雲もなくなり中岳、天狗ゲ城、久住山の連山が手に取れる。やはり大船山の眺めは何回登っても九重連山の中ではピカイチだ。
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【大船山~法華院:1時間45分】大船山の下山は楽だ。上りより15分早く法華院に戻ってきた。法華院に大きな荷物は置いたままだったので、登山は楽だった。これからは長者原までは雨ヶ池越えで行く。今度は大きなリュックを背中に背負って…
【法華院~雨ヶ池~長者原:2時間10分】法華院から歩いて10分足らずで、雨ヶ池への分岐点がある。そこを左に入って登り坂になる。登り坂といっても三俣山の裾野を廻っていくルートだから、それほど急じゃない。
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その雨ヶ池に入るところで、坊がつるとお別れだ。大船山とその左手に平治岳がそびえている。もう一度景色を目にしっかりと記憶させていく。
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長者原に着いた。湿原の上の遊歩道板を伝っていく。もうあと5分で長者原だ。
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長者原から車で5分足らずの寒の地獄に行く。ハイウェイから奥まったところにある。500円払って入浴する。誰もいないのでのんびりと浴槽を独り占めだ。冷泉と温泉の2つの浴槽がある。交互に入っていると体が芯から温まる。
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浴槽に浸かって1泊2日の山行を反省する。どうも体のバランスが悪く滑ったり、転んだりした。最近愛好者が増えたトレッキングスティックを使った方がいいかもしれない。それといつも同じコースばかり、別のルートも本を読んで考えてみよう。まあ、これだけ歩けたんだから上出来としよう。でもボクを上回る年齢の登山者の一杯、登山人気は続いている。
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# by hyocori-hyoutan | 2013-10-26 22:54 | 山歩き

秋深まる 九重の紅葉 健脚だけが頼り(1)

2年ぶりかな。九重の紅葉を求めて山登り。今年は長者原まではナイトドライブ、長者原に着いたのは深夜12時。デリカ:D5車中でのお泊りだ。ビールに焼酎を飲んで気持ちよくなったところで眠りにつく。酒飲んで体がほてり熱気を帯びてTシャツ、ランパンでシートに横たわる。ところが、深夜から朝方にかけて冷え込んで寝袋を探し回る。その結果、朝には深い睡眠。でも朝6時には起きた。路線バス8時30分には、長者原から牧ノ戸往きの路線バスに乗らなきゃいけない。出発10分間にバス到着。乗り込んだ客は4人のみ。牧ノ戸まで所要タイム10分。バス運賃290円であった。久住山に登るのに、すがもり超えより牧ノ戸出発の方が楽だから、このバス移動は快適だ。
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【牧ノ戸~久住山:2時間30分】牧ノ戸を出発したのは8時50分。今日のリュックはいつもより重い。ゆっくりゆっくり上り始める。
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20分足らずで沓掛山。天気が良ければ久住山のてっぺんを見ることが出来るが、今日はガスのため視界悪く見ることはできず、それでも歩き始めて2時間で避難小屋、久住分かれに到着、あと少しである。相変わらず雲に覆われて視界は悪し。
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山頂に辿り着けばやはり証拠写真が欲しくなる。バックは青空がいいかと思っていたが、霧に覆われた久住山もいいものだ。雲があっても風は吹かず快適だ。
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【久住山~中岳:1時間00分】でも先を急がなきゃ。次に目指すのは中岳だ、久住山の下りの瓦礫道はいつもは滑るが、適当に湿気を含むと滑らずに、すいすいと降りることができる。
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御池の周りを半周して道を見上げると中岳がガスの彼方から浮かび上がる。天気は回復傾向と言いながらも、まだまだ晴れ間は見えない。
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そして1時間余りで中岳山頂に到着。常に北九州のシニア山岳同好会20人くらい(勝手につけた名前?)と一緒だったから、道中もにぎやかなもの。頂上について嬉しいことにガスが晴れてきた。雲海の上に由布岳がくっきりと浮かび上がる。特徴的なツイン山頂だからわかりやすい。
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目を120度ほど西にふると、これも特徴的な阿蘇五岳のシルエットも浮かび上がる。どんなにキツイ山登りでも頂上からの景色で心が和らげられる。この中岳山頂で昼食をとる。菓子パンやゼリー、魚肉ソーセージなどだが、素晴らしい景色と空気があれば全て美味い。
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【中岳~法華院温泉:2時間00分】それから20分ほどで天狗ヶ城の頂上に到着。ここは御池を真上から見下ろせる、その景色が圧巻である。
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久住分かれからガレ場を北千里が浜に降りる。この道中は結構長くてくたびれる。大きな岩、小さな石をかき分けかき分け降りていく。
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疲労と体の固さが原因で何回かつまずく。なんとか体勢を立て直す。でも油断した頃に災いはやって切る。法華院温泉まであと10分足らずの登山道にせせらぎが流れる。飛び越えようと思った後足が蔦に引っかかる。左半身が泥に浸かる。だらしない転び方である。そして着いたのは法華院山荘だ。楽しい夕食タイム。食堂はシニア山岳同好会、山ガール、初老の夫婦ペアであふれる。年齢を超えた賑わいである。好きなことをするときには年齢を感じさせないとは何でも同じ。盛り上がりはすごいし、あと片づけも率先して行うセルフサービス精神が旺盛である。とても楽しい雰囲気は法華院山荘特有だ。
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えでも引けは早い。疲労と明日への英気を養うために、登山者は夜9時にはほぼ寝床についてしまう。ボクは誰もいない温泉に2回目の入浴に行く。誰もいない。持ち込んだカメラで大船山と月影、雲を写真に撮ろうと思いシャッタースピード、絞り、ISO感度を調整をする。でも難しい。なかなか撮れない。20枚以上撮ったが、満足のいく写真はなし。その中でも比較的いいのが、この写真だけ。カメラは難しい。
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さて明日は大船山の紅葉登山だ。晴れてくれたらいいが…  (続く)

# by hyocori-hyoutan | 2013-10-22 22:41 | 山歩き

礼文・利尻 最北の旅 これもご褒美(4)

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泊まったホテルは層雲峡国際ホテル…。朝は散歩、山間のホテル街である。昔は札幌からも遠い場所であったが、今は高速道路のお蔭で短時間で行くことができる。
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ボク自身は、この場所は30年ぶり。大昔に北海道一周、知床までのバスツアー6日間の旅以来の宿泊だった。だから全く記憶はないところ。
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川のせせらぎの中を散歩する。旅行先での散歩は気持ちのいいもの。今日は福岡に帰る日になってしまった。3泊4日の過ぎようとして日々…。とてもよかった。でもあわただしかった。次回来る機会があったらポイントだけをじっくり観光したい。
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今日のメーンはホテルから歩いて5分の黒岳ロープウェイに乗って黒岳5合目まで上ること。もう初冠雪だと…。
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本当にあわただしい。5合目での滞在は30分あまり。すぐに麓駅に降りてくる。
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これで、旅行記は終わり。千歳から福岡までは、バスの中では居眠りばかりだったのに、なぜか目が覚めた機内となった。-終わりー

# by hyocori-hyoutan | 2013-10-10 22:29 | 旅行記

礼文・利尻 最北の旅 これもご褒美(3)

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利尻の宿、北国グランドホテル。朝早く目を覚まして散歩に出かける。歩いて10分のところにある「夕日ヶ丘展望台」に行く。朝陽は見えないけどさわやかな展望台だ。思ったより寒くはない。
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花には詳しくないが、エゾカンゾウかな。
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利尻富士は今日も山頂は雲に覆われている。この島は人口5,000人あまり。最盛期の1万人から半減しているらしい。やはりニシン漁の衰退が島の衰退になったとのこと。今は観光も重要になってきている。
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九州では季節外れであるがアジサイも咲いていた。
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さて、フェリーに乗って稚内に戻る。帰路の航路はベタ凪でラッキーであった。最初に行ったのはショッピング、やはりカニでしょう。タラバ蟹をケースで送る。今回は、バス車内でジャンケン大会があった。そしてなんと、47人の中を勝ち抜いてしまい、ビッグな景品、北国の干し魚セット豪華箱をゲットした。ここでその商品をもらった。
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次は宗谷岬に向かう。最北端の地である。バスも一本道でオホーツクと日本海の境界に大海原が広がる。
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平和記念碑、間宮林蔵の銅像も建っている。間宮海峡で有名であり江戸末期の冒険家である。
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宗谷岬を後にして、猿払(さるふつ)に向かう。ここはホタテで超有名。昼食もホタテ尽くしとなる。確かにうまい。昼からの生ビールは五体に染み渡る。
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そして、今晩の宿泊地、層雲峡に向かう。ハイウェイーは一本道、ひたすら突き進む。途中、ガイドさんから「9人の乙女」の話も聞く。樺太真岡郵便電信局事件である。事件の期日は1945年8月20日である。問題は、第二次大戦、大東亜戦争に日本が降伏、終戦を迎えた後の事件。終戦後のソビエト軍が樺太を攻めて来て、日本人の多くは急いで北海道に逃げ帰ったが、最後まで無線でソビエト軍の状況を伝えるのが任務の彼女らは、結局、樺太の地でソビエト軍侵攻の直前に青酸カリなどの服用で自害した。その物語であった。
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# by hyocori-hyoutan | 2013-10-09 05:19 | 旅行記

礼文・利尻 最北の旅 これもご褒美(2)

半日の礼文島観光を終えると、再び7フェリーに乗って利尻島を目指す。今度は40分間の船旅だから大丈夫かな…と思っていたらガイドさんから「礼文水道はいつも荒れているから船酔いに注意!」とのお達しを頂いた。だから今回も船尾の甲板で横になっておく。
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フェリー上から利尻富士がだんだん大きくなってくる。1721mの高さを誇る。残念ながら中腹から上は雲に隠れている。
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晴れていたらこんな山である。結構頂上付近は厳しい斜面みたいだ。でも一度は上ってみたいもの。
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利尻島観光の最初は仙法志御崎公園…岩がごろごろで波が高い。ここにはアザラシが1頭飼育されている。柵の中に放流されている、一種の自然水族館みたいなものかな。
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この波しぶきは何と東映映画の最初のタイトル映像の荒波の撮影シーンとガイドさんの説明があった。確かにその雰囲気はある。これがわかるのも、50歳以上の年配の人でしょうけど。
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この場所の道路を挟んだ所に利尻昆布の製造直売所があった。昆布の中でも一番の知名度の「利尻昆布」の本家だし、沢山の利尻昆布を買ってしまう。
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次はオタトマリ沼である。ここは逆さ利尻富士が見える名所。ここも残念ながら雲に隠れ全体にどんよりしていたので見ることはできず。ここでツアー客の記念写真一枚。ボクは買わないけど前列のいい場所に座る。
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晴れていたらこんな感じの写真になる。
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2日目の宿は北国グランドホテル、イクラの食べ放題コースだった。食べ放題といっても小鉢3杯が限度、塩分の摂りすぎでした。この宿は温泉で油温泉と言って、油分が含まれている。肌にやさしい感じ。
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北海道、この島、利尻島にもコンビニはある。SEiCOマートという店で北海道どこにもあった。ちょっと変わっていたのは魚や肉やを兼ねている感じのコンビニでした。ということで2日目まで終了。今宵も焼酎飲んでゆっくり休めそう。
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# by hyocori-hyoutan | 2013-10-06 23:06 | 旅行記

おもてなし その語源に 歴史の重みあり 

今日ネットで時間つぶししていたら、東京オリンピック2020の記事の中で、今年の流行語大賞の有力候補である滝川クリステルの一言、「おもてなし」の語源について書いてあった。「表向きでなく本心で…」が「おもてなし」になったとのこと。これって深いですね。「表裏ではなく本心ですよ」…の後半をカットして「表じゃないですよ」が更に簡略化されて「おもてなし」となったらしい。

本心ですよ…を直接的に言うのでなく、表じゃないないですよ…と婉曲的に言うことが日本語の難しいところだな、奥行きのあるところかな。そしてもう一つ言えば、「おもてなし」が最初は本心を指していたが、いつの間にか、相手を心から接待することに転じてしまった。いや良い言葉ですね。

その中でも酒席で、上司のコップの酒の量に気配りをしながら、酌を継ぎ足すのも「おもてなし」の一コマって書いてあった。もちろん、度を越えた気配りは良くないが、これも必要なことと思う。いつも呑み助のボクからみても、空いたコップを継さしてくれなのは周りの人はさみしいものだ。

この文化は江戸時代の軒先が重なるような長屋で暮らしていた、庶民の生活習慣、互いに本気の付き合いをせざるを得ない環境で生まれたものであるとも書いてあった。我々の生活パターンは自分で築いたもの、あるいは親から引き継いだものと考えがちであるが、実はその源は江戸時代、あるいはその前の時代からのものを引き継いであることに歴史の重みを感じる。

「歴史の重み」は、現在も引き継いでいる良き悪しきを含めた生き様であって、今は確定していない生き様、考え方で「歴史の重み」を軽く変えてはいけないということかな。

# by hyocori-hyoutan | 2013-10-06 20:15 | 世相を斬る

礼文・利尻 最北の旅 これもご褒美(1)

北海道の最北端、利尻島・礼文島に行ってきた。千歳空港までは、飛行機で2時間15分。ちょっと長いフライトだが文庫本を読んで、読み疲れた頃にちょうど着陸だった。空港から早速観光バスに乗り込む。バス会社は宗谷バスである。初日はひたすらバス移動、約360㎞の道のりを6時間かけて稚内を目指す。バスは47人のツアー客で満杯であった。途中、2回ほどのトイレ休憩をはさんで、午後8時過ぎに稚内の「ホテル喜登」に着く。風呂は後回しで、遅い夕食となる。
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タコしゃぶ、ズワイガニ、真ホッケが食卓に並ぶ。初日の長旅、バス移動で疲れ瓶ビール1本でほろ酔いとなる。明日も朝6時の出発だし、すぐに寝てしまう。
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翌日(2日目)は礼文島にフェリーで渡る。早朝の出発だが、ツアー客で遅れる人なし。いつも思うことだが、皆さん旅行慣れしてある。5分前行動の励行だ。
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稚内港まではバスで5分、すぐに着いた。添乗員さんからフェリー切符をいただく。礼文の香深(かふか)港までは1時間50分の船旅である。片道2400円の運賃になっていた。天気は上々、でも風強し。案の定船内は揺れる揺れる。船酔い者続出だ。
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このフェリー会社「Heart Land Ferry」は稚内とサハリンを結ぶ航路も営業をしている。もちろん年間通してでなく、春の5月末から9月までだ。何となく「へー、サハリンまで行けるんだ~」と感心してしまう。
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波は高い。ボクは船に弱い、船酔いが怖い。どうしたら酔わないか思案して甲板に出て風にあたりながら長椅子に横たわる。これがよかったのかどうにか船酔いせずに無事に香深港に到着した。
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最初の観光スポットは澄海(スカイ)岬だ。風が強く吹き荒れる。波も岩に当たって白く跳ね返る。まるで絵を描いたような情景が目の目で展開される。
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観光ガイドさんはベテランだった。とてもよく解説してくれた。ガイドの良し悪しで旅の思い出も大きく異なる。せっかく話してくれても居眠りが多く申し訳なかったけどね。
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次に向かったのはスコトン岬、礼文島で最北端の岬だ。風が吹き荒れるこの岬に民宿があったのは驚き。でももう一度来るならば泊まってみたい。
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そして礼文島の最後の観光は猫岩、桃岩を見渡せる桃台猫台展望台。結局自然の雄大さを見て廻るばかりだった。ここ礼文島は花の島らしい。今度来るとき(また来たい)は、6月から7月の花が咲き乱れる頃に再訪したい。また、ここはウォーキング、ハイキングの島。高い山はなく、高くて300m丘陵地で草原ばかり5,6時間かけて歩くコースも一杯だ。
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あっという間の駆け足の礼文島めぐり、昼食はレストランで海鮮丼をごちそうになる。でも多くのツアー客が残していた。まだ大荒れの海に揺られて影響で食欲までは回復していなかったかな。ボクは元気、全部食べれるけど、炭水化物カットダイエットを考えて御飯だけ半分残す。さて次は、50分かけて再び船に乗って利尻島を目指す。

# by hyocori-hyoutan | 2013-10-04 13:43 | 旅行記

国のプライド 言えば他国の プライドと衝突し

隣の国の偉い人が、「D島(日本名T島)を守るのは、国の自尊心を守ること」といったらしい。自尊心とはプライドであり、人間として生きていく上での精神的支柱になるものだろう。でもプライドを国土領有の場合に持ち出すのには違和感を感じる。領土問題は事実関係に基づき冷静に協議、判断すべきこと。それを国民のプライドの次元で話すのは、話し合いに応じることはないとのことであろう。

共産党の支配するC国との紛争でも、同様に泥沼かもしれない。そう考えると、領土問題は冷静に解決するのではなく力関係(経済、軍事力など)が重要であり、それを支えるナショナリズムも必要になるということだろう。上記2国が国のプライドをかけて反日行動を拡大している以上、それに対抗するのは話し合いではなく、日本国民も持っている「プライド」でしか対抗できないと思う。

嘘も100回言えば真実になる。間違いがあっても屁理屈で押し通す。国内と国外のダブルスタンダードを平気に使う。自国の歴史観を他国に押し付ける。力の強いものには従うが弱いものは徹底的にやっつける。

そんな気持ちでなければ外交上の有利な展開はできないもの。これが世界基準であろう。和の精神で話し合おう。阿吽の呼吸…なんて甘い、甘い。そのことは美徳だと思うが心の中に仕舞いこんで、世界基準の対応が外交上必要な場合もあるだろう。

# by hyocori-hyoutan | 2013-09-27 08:21 | 世相を斬る

昼休みラン 快調であるが フルはどうだろうか?

今日の昼休みも頑張った。約4.5㎞の周回コースを走っている。コース上にポイント3か所を設置している。横断歩道とかトンネル入り口とか。そのポイント通過時間は、6分53秒、15分02秒、19分21秒で通過。こうなると、ラストの700mあまりを気持ちは全力で走る。何とか新記録の22分53秒を達成。そのあとも軽くジョグしていく。Tシャツも涼しくなったとはいえ、パンツ姿のランも秋風を受けて気持ちよし、汗もランパンまで浸みてくる。ゴール後は思い切ってTシャツを脱いでジョグ。爽やかな風が肩を冷やす、背中を冷やす。昼休みランも仲間がいれば、もっとスピードがでるかな…と思う。でも、だれもいない単独走の方が体に無理せずいいのかな。

ともかく恵まれた職場環境に感謝しなければいけない。そうそう、久しぶりに申し込んだフルマラソンの当落通知が今日届いた。北九州マラソンは落選、熊本マラソンは当選。でもエントリーをしてもサブ4切りも60歳の大台に乗って厳しさを痛感する。

# by hyocori-hyoutan | 2013-09-26 23:44 | 日々ランの雑感

永遠のゼロ これは面白そう 読書の秋

9月も後半になった。現職を離れて半年、今はフルタイムからパートタイムの仕事に変わった。そのため、仕事が終わってルネサンスに直行して汗を流しても午後6時には家に着く。結構、自由時間は増えたのになかなか個人的な仕事は進まない。過去の膨大な写真の整理、ホームページのリニューアル。この調子じゃいつまでたっても進まない。先に寿命の方がやってきそうだ。

やはり期限を定めて取り組まなければいけない。それと酒の量でしょう。やる気になっていても焼酎が体に入ってしまうと、PC前に座ることなく、スマホで遊んでベッドで読書して終わりになってしまう。
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そうそう最近の読書量は大幅に増えた。今読んでいるのは百田尚樹氏の「永遠のゼロ」分厚い文庫本だが寝転がって読んでも楽しい。楽しいというか興味を持ってページをめくれる。まだ3分の1だ。久しぶりに読書後感想もブログにアップしよう。

# by hyocori-hyoutan | 2013-09-23 07:40 | 読書

東京でのオリンピック 1964年の 感動再び(2)

1964年は昭和39年…この西暦と元号は、ボクと同じ世代ならみんな知っている。それほどインパクトのあった東京オリンピック1964であった。ボクは小学校6年生だった。家のテレビは白黒であったが、初めてのカラー放送したのは東京オリンピックからである。何故か聖火リレーを覚えている。小学校で聖火リレーのコースに連れて行かれた。確か吉塚駅前で五輪旗、あるいは日の丸旗を振って出迎えをした記憶がある。
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斬新なデザインのオリンピックポスターも記憶に残っている。陸上100mのスタート直後の足を蹴りだした瞬間の映像である。こども心にも白人、黒人、黄色人種などがうまく配置されていると思ったもんだ。小学校でも、図書室などでオリンピックのテレビを見た記憶がある。
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そして開会式は自宅のテレビで見た記憶がある。当然テレビのチャンネルはNHKだ。アナウンサーの「世界中の青空をここ東京の国立競技場に集めてきたみたいです」って名アナウンスがあった。大きな国の大選手団は当たり前、でもアフリカや太平洋に浮かぶ小さな国の民族衣装に身を固めた2,3人の少人数の選手団も子どもにとって印象的だった。世界にはたくさんの国が一杯あるんだなと思った。そして最後は開催国の「日本」選手団だ。揃いの赤のブレーザーのユニフォーム、なぜか白黒テレビなのに、赤のイメージであった。後からの写真などのイメージがそうさせたかも…。
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そして競技が始まった。日本の最初の金メダル第1号は、重量挙げの三宅義信選手だった。金メダル候補と言われていたが重圧をものともせずに金メダル、多分圧勝であった気がする。子ども心でも、重量挙げの種目、スナッチ、ジャーク、プレスの種目名も覚えた。今はプレスは行われていないとのこと。(wikipediaの検索で知った)
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金メダル以外でのインパクトがあったのは、柔道無差別級であろう。神永対ヘーシンク(オランダ)の決勝戦、軽中重量級の全てを制覇した日本にとって「無差別級」は無敵ヘーシンクが君臨している難しいクラスだ。一生懸命応援した記憶はあるが、抑え込みで神永の負け。起き上がれずしばらく寝たままで悔しさに耐えていた神永選手がいた。
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そして東京オリンピックで最高の視聴率(80%を超えていたか)を獲得した東洋の魔女、女子バレーボールだ。最後は相手のタッチネット違反で笛が鳴って終わり。セット2-0で勝っていて3セット目もリード、マッチポイント。優勝したのは嬉しかったが、最後はスパイクで決めてもらいたかったと思った。
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そして、マラソンである。当時からマラソンはオリンピックの最終日であった。東京の前のローマ大会で裸足で優勝したアベベ・ビキラ選手(エチオピア)が二連覇した。余裕の独走であった。ゴールした後も余裕綽々で、ストレッチや寝転がって柔軟体操をしていたのが印象的だ。
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このマラソンのテレビ生中継は、世界で初めてのことだった。中継車が先頭を追ってカメラに捉える。しかしテレビカメラ車は1号車のみ、2号車、3号車はなかった。あとはコース上のところどころに設置された固定ポイントで後方の選手をとらえるのみ。もちろん携帯電話もないから、テレビ中継のアナウンサーも正確な順位、ゴール予想タイムもわからない。日本代表は円谷、君原、寺沢の3選手。その順位もわからない。でも終盤の固定ポイントで円谷選手が2位で走っているのがわかる。円谷選手は自衛隊体育学校所属。そのまま国立陸上競技場のゲートを通過する。
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しかし、円谷選手が通過した後、すぐにイギリスのヒートリー選手がやってきた。アナウンサーも絶叫になる。「ツブラヤ、がんばれ!」「円谷、頑張れ」と叫ぶ。しかし徐々に差が縮まって行く。陸上競技場の観客からも悲鳴の声が大きくなる。テレビを見ているボク達も必死に「頑張れ!」と心から叫ぶ。でもラスト300mくらいでヒートリー選手に抜かれてしまう。逆転されたその差は縮まらす徐々に開いていく。夢遊病者のように疲労困憊の円谷選手も必死に足を運ぶ。そしてゴール後は倒れこんでしまった。日本の期待を一身に背負った円谷選手の感動のゴールであった。でもその3年後、メキシコ大会前に、故障と重圧に耐えきれず、自ら命を絶ってしまった。
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そして閉会式を迎える。確か閉会式の入場行進も国毎であったが、選手たちはお互いの健闘を称え、スポーツの素晴らしさを表現しようと自由に気の向くままに行進をする。日本選手団の旗手も様々な国の選手に肩車をされて行進をする。「スポーツは軽く国境を超える」の一コマであった。このような閉会式は東京オリンピックの時に自然発生的に生まれ現在も続いている。

小学6年生(12歳)のボクにとっても忘れえぬ思い出であった。ボクの孫も、今5歳、3歳、1歳だ。今度の2020年東京オリンピックの頃は、12歳、10歳、8歳だ。孫にもボクの味わったスポーツの感動を感じて欲しいものだ。

# by hyocori-hyoutan | 2013-09-12 21:59 | スポーツに一言

東京でのオリンピック 1964年の 感動再び(1)

東京オリンピックの2020年開催が決まった。朝4時頃からベットの上でスマフォのワンセグ放送を聴いていた。時々感度が落ちるので、肝心かなめのロゲ会長の「トッキョ」の瞬間は、静止画であった。その後にワンセグが作動して大きな歓声とアナウンサーの雄叫びに包まれた。東京開催を確信した。
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感動した。東京開催に、プレゼンテーションの心のこもったスピーチに、オールジャパンのまとまりに、そして今から先7年間は、日本全体が共通の目標を持つことに…。

これを契機にスポーツ庁かな省かなもできるだろう。スポーツが街づくり、人々の生きがい、明るい社会、日本の自信につながるものと思う。もっともっと書きたいことはあるが今日はこれまで。

ボクのブログのワード検索で急上昇したのは、「オリンピック」だった。5年前かな。福岡が東京との誘致合戦んに敗れた時のコメントを書いたブログが大当たりになった。お暇ならちょっと訪問してください。

ここですよ。クリックしてね。

# by hyocori-hyoutan | 2013-09-10 07:29 | スポーツに一言

サザンコンサート 今度は映画館で 楽しみなパブリックビュー

サザンオールスターズの茅ヶ崎コンサートが8/31、9/1の土日に開催される。台風の影響で開催が危ぶまれたが、無事に開催されたらしい。ボクも神戸の野外コンサートに行ってそのスケールに圧倒されたばかりだ。その茅ヶ崎コンサートが、全国の東宝シネマズの映画館でパブリックビューで開催される。入場料3500円であるが、早速購入した。申し込んだのは9/1のコンサート、17時30分からの公演開始だ。2週間前の感動をもう一度味わえる。

ポップコーン片手に映画館でサザンの歌とトークを楽しもう。やはり生を見たから映画館でもイメージは限りなく広がるであろう。明日は仕事だがルンルン気分で仕事もできるだろう。

# by hyocori-hyoutan | 2013-08-31 23:59 | 家族

昔ファンラン 今はきつくなったきた キロ6分

秋近し。今日は2回も夕立がやってきたが確実に秋は近づいている。今の職場に来て5か月が過ぎ去った。自分のペースで仕事をさせていただいているのはありがたいものだ。通常の事務処理はなく、施設利用者への訓示(施設の代表者としての挨拶など)が主な役割になっている。往き帰りの通勤も自転車オンリーになってしまった。いつの間にかランニングなしのチャリばかり。片道13kmを走るのはやっぱし苦痛。走るだけではなくリュックを背負うのが嫌になった。

たまに昼休みのランもやっている。これは最高!周回4.5㎞程度をその時の気分で走る。いまのところ23分が最高タイム。㌔換算にすると5分/kmである。結構キツイペースだ。最近テレビでは間かんぺいが1500mを6分05秒で走っていた。㌔4分ペースだ。かんぺいちゃんは64歳…。やはりすごい。ボクも1500m走で4分半/kmは維持できそうだが、それ以上のペースアップは体に堪えるだろう。大学1年生の体育時間で1500m走をしたが多分6分半くらいだった。まあ、18歳と60歳で同程度の走力を維持しているみたいだから、それに満足してもいいのか。日ごろのトレーニングを考えりゃ目標達成してないのか微妙かな。

今申し込みをしているのは北九州マラソン、熊本城マラソンの2本、どちらも抽選だからどうなるかわからない。でも参加しても目標は㌔6分ペースの4時間12分が目標かな。サブ4の目標も60歳の大台突破とともにだんだん遠い目標になってきた。

# by hyocori-hyoutan | 2013-08-29 22:06 | 日々ランの雑感

歴史認識 世につれ所につれ 変わるものかも

歴史認識が問題になっている。まず「歴史」と「歴史認識」をきちんと整理しなければいけない。日本人にとっては学校の教科書に書いてあることが、事実と背景(考え方)の歴史としている。だから、日本人の考える歴史=(狭義の事実としての)歴史+(考え方の)歴史認識であろう。

しかし、隣国では、事実としての歴史を軽んじられ、(考え方の)歴史認識が突出している。だから事実には目をつぶって、「歴史認識」のみ先行をしている。そんな状況なのに、一昔前に歴史認識を普遍化するための教科書問題協議なんて妥結することなんかない。案の定そうなったが…。特に現代の人間にとって都合の良いことだけを歴史認識として強調することは、日本人には承認できない。

しいて言えば、国内ではいいが、国外にまでその認識を強制してほしくない。その唯一のよりどころが大平洋戦争による勝者が全て正しく、敗者が全て悪いという歴史観から来ている。「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉とおりである。でもこれが今の世の中に通用しないことは明らかである。これを認めれば、もう一回戦争をして、勝者にならないとひっくり返しはできない。

そうならないために、国連ができて、戦争での勝者が正しく、敗者が悪いのではなく理に基づいてた解決方法を模索している。なかなか、そうはならないのも現実であるが。「人類に対する罪」「平和に対する罪」で裁こうとしているが、なかなか各国の利害もあって、その罪の普遍化作業も難しい。

それに勝ち負けに関係なく罪があるなら、非戦闘員の中心地に原爆を2回を落とした罪は勝者だから許されるのか、最近そのことを強く思う。隣国も原爆被害者の補償を原爆を落とした国に請求してみたらいい。むかしから「繰り返しません。原爆の悲劇を…」を犠牲者に宣言をしても、その原爆を落とした当事者に言えないのが、敗者の限界か。まだその最高指導者は未だに謝罪もしていない。

# by hyocori-hyoutan | 2013-08-25 23:49 | 世相を斬る

神戸といえば夜景 布引ロープウエィで サザン余韻に浸る

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サザンのコンサートのあとの翌日は日曜日。夜遅くにホテルに戻ってきたので、朝寝坊となった。昼から行動をおこして、夕方より神戸布引ロープウエィに出掛けた。神戸の夜景見学だ。ハーブ園は閉演だったので、ロープウエィ往復料金(800円だったかな)のみで中腹頂上まで行く。
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まだ、本格的に暗闇にはなっていない。ビールやホットドッグ、フランクフルトなどが売っている。当然、」生ビールを飲み干す。
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日曜日の夜であったが、お客さん、観光客も一杯だ。百万ドルの夜景かな。確かにきれいな神戸の街並みが輝いている。
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敢えて神戸までサザンコンサートの遠征にきたが、それだけの価値があった。神戸の街も博多と比べる垢抜けしているのか。特に旧居住地地区の歴史を感じる石造りの建築群は良い、そこに入居しているテナントも見て廻るだけでも楽しかった。
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ロープウエィから降りてくる。新神戸から三ノ宮まで歩いて帰る。ここまでくればホテルもあと少し。明日は新幹線に乗って博多に戻ろう。
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そうそう、サザンのコンサートの次は茅ヶ崎で8/31と9/1に開催される。映画館でもパブリックビューでの公演がある。早速、申し込みをしよう。生で観たからこそ、パブリックビューでも十分に面白く興奮するだろう。先行予約を逃したので、一般予約がとれるかな。

# by hyocori-hyoutan | 2013-08-23 21:18 | 家族

サザンを見に 大遠征 神戸の夜はエキサイト!

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サザンオールスターズの野外コンサートに行ってきた。新幹線で神戸までひとっ跳びである。ユニバ記念の陸上競技場はスタンド&アリーナまで超満員である。6万人くらいかな。ともかくすごい熱気だ。運よく大きな陸上競技場の中でも近い場所に席があった。ステージから30mくらいかな。超幸運である。そして予定より遅れる(会場への誘導がパニック)が、18時15分に始まる。桑田佳祐がステージに登場する。全員総立ちだ。アップテンポのヒット曲を次から次に歌い始める。ステージには大きなスクリーンが5面もある。そうだろうスタンドの最上席ならば150mはステージからン離れている。でも最前列であろうが最後列であろうが盛り上がりは一緒。桑田サウンドが飛び跳ねる。

サービス精神は旺盛、ノリノリリズムも最高、ステージのスクリーンにはサザンメンバーのアップ映像とともに歌詞も表示される。わかっている歌詞であるが、この歌詞も最高。本当にサザンのメロディーだけでなく歌詞も深い。愛、夢、明日…などの心の可憐さ、弱さ、美しさの歌が続く。もちろん社会へのメッセージも一杯盛り込まれている。ステージの後半には、新曲「ピース&ハイライト」の歌声も届けられる。最近のネット上でもいろんな意見が出されているメッセージソング、いろんな意味にとらえられる。だからいいのかもしれない。具体的であれば、右左からの意見が沸騰する。若干オブラートに包んでいる方がいいかも。

約3時間の熱狂的なステージ。世代を超えて人気を集めている歌手、グループの中でも、サザンはピカイチであろう。20歳代から60,70歳代まで幅広くのファンがいる。ボクの隣の席はジジババと孫(小学生)の3人連れであった。おばあちゃんの乗り乗りのスタンディングポジションが印象的であった。もちろんボクもスタンディングであったけど。

ともかく、ヒット曲が多いというのは素晴らしい。うたう歌全部がヒット曲だもん。日本が生んだ国民的大スターであることは間違いなし。問題はコンサートが終わってからの交通手段である。最寄りの運動公園駅までが大渋滞である。ホテル到着は深夜の12時であった。それでも興奮は継続中。遠征してきて本当に良かった。

# by hyocori-hyoutan | 2013-08-23 00:49 | 旅行記

正論ってしらける でも雑誌正論は 面白い

最近はネット検索でニュースを見る機会が格段に増えている。ネット検索だから断片的な知識しか手に入れることができないが、「チリも積もれば山となる」の諺の通り、雑学には強くなった。一つの言葉がキーワードになってネット検索を続けているうちに、1時間、2時間が過ぎていく。その中でも、最近は日本の外交のことに関心、興味が増えた。ネトウヨではないが、中韓の政治指導者の発言に憤り、国内の新聞(朝日、毎日の社説など)、テレビのニュース番組の報道にも頭に血が上る。そんな心境の中で、最近読み始めたのが産経新聞社のオピニオン月刊誌「正論」である。日常上の会話で正論を言えば、堅物として煙たがられ場がしらけるが、この雑誌「正論」は面白い。
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ともかく、今まで「こうなければいけない、こうあるべきだ」と自己規制していた問題から解放された感じだ。日本の国の自虐的歴史観からの脱却、日本文化の長き伝統の素晴らしさを痛感し始めた。また、外交とは駆け引きであり、相手の挑発に乗ることはないが、きちんと挑発に対しても毅然とした態度はとるべきと思う。

経済なんてどうしようもない、だれが首相になっても50歩100歩の出来事かもしれない。でも日本という国をどんな国にしたいのかは、トップに立つ人間は示す義務がある。その方向性に国民が共感をもてば、日本という国は安定をする。言葉は足らないが、これも自分の勉強不足。ぼちぼち勉強をして行こう。

それにしても、日本のニュース番組は酷い。特にテレビ朝日「報道ステーション」、TBS「サンデーモーニング」のコメンテーター、論説委員の体制批判、中韓寄りの発言は許しがたい。でもこの番組はニュース番組として高視聴率なのも解せない。もう一つ言えば、日本はダメ、指導者もダメと言い続ける、元プロレスアナウンサー、元ラジオアナのMM氏の罪も大きい。「体制批判すれば庶民は喜ぶ」と考るのは古いのでは…。

# by hyocori-hyoutan | 2013-08-10 00:01 | 世相を斬る

良いことしゃべれば 上がるのは モチベーション

4月からの新しい職場(青少年宿泊施設)での生活も4か月過ぎ去ろうとしている。次から次と2泊3日や1泊2日の予定で、小学校や中学校、そして青少年団体(こども会や少年スポーツクラブなど)がやってくる。目を輝かしてやってくる。子どもたちにとっては、とても楽しみにしているイベントに違いない。

・ボクはキャンプファイヤーを楽しみにやってきました。
・野外調理でチキンカレーを上手く作りたいです。
・一緒に友達と同じ部屋で寝るのが楽しみです。
・団体での行動、5分前行動を心がけします。
    …などの挨拶、意気込みを最初に発表する。

こっちの挨拶も(施設側)…
・おはよう、こんにちは、ありがとうなどの挨拶を他の団体の人にも積極的にしましょう。
・玄界灘の潮風、松林の野鳥のさえずりなどの自然を満喫してください。
・楽しい思い出というお土産を一杯手に入れてください。
・思い出とは、楽しいだけでは思い出になりません。頑張った上で達成感が思い出です。
・テレビもゲームもない生活ですが、楽しいのは仲間がいるからです。

そんな挨拶をしていると、しゃべっているこっちのほうも気持ちがよくなる。人間って前向きなことをしゃべっているとモチベーションも上がる。そんな環境で仕事をさせてもらっていることに感謝しなきゃいけない。

# by hyocori-hyoutan | 2013-07-28 22:56 | 海の中道海浜公園の思い出

今月も300km さらに500kmバイク 60歳ならやり過ぎだろう

今月も月300kmの走行距離を達成できる感じだ。この暑い中での300kmは立派。昨日も海中公園の外周4.5kmを2周した。海が近くて松林の中を走るのは、暑いのは暑いが都心のコンクリートの灼熱の暑さとは違う。時々吹きわたるさわやかな風、木陰の妙な涼しさもある。それでも9km走れば、パンツまで汗びっしょりとなる。これだけの暑さに耐えて走れば、夏バテもなさそうだ。

でも年齢も60歳になったことだし、あまりの運動過多にならないように注意はしておこう。疲れは残さない。夏場のロング走は控えめに…そんなことを考えておこう。そうそう、この月間走行300kmラン以外にも自転車がある。片道13kmで往復26km、月間では20日間くらいは通勤しているので、26km×20日=520kmになる。これが月間自転車走行距離、月で計算してみるとかなりの運動量である。特に夏場はアップダウンもあるので、職場に着くころには汗びっしょりとなる。

この生活パターンも約4か月経過しようとしている。海の中道バイパスの春のさわやかさも大好きだが、夏場の木陰の涼しさと遮蔽物のないガンガンの日差しの暑さも好きだ。あとは秋の紅葉の美しさ、冬場の過酷の海風も体験しなきゃいけないなあ。

# by hyocori-hyoutan | 2013-07-18 22:52 | 日々ランの雑感

帝釈峡 遊んで2泊3日 心の贅沢

休暇村帝釈峡まで遊びに行ってきた。2泊3日の家族旅行だ。福岡から九州、中国自動車道路を経由して約380kmである。福岡を朝8時半に出て昼1時には帝釈峡近くの東城ICに到着した。もう一方の家族は大阪から約280kmであり、ここの道の駅「東城」で合流だ。道の駅のステーキハウスで奮発した昼食を食べる。そして「帝釈峡」に向かった。
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この休暇村は山中に立地して自然も豊かである。休暇村周回の自然探索路は約3kmもある。夕食前の軽~い運動で歩き回る。
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草スキーも楽しめる。大人が滑るとスピードが上がりちょっと怖い。小さな子供がちょうどいい。何度も登っては滑り降り、また昇る。汗がにじみ出てくるが、高原のためさわやかな風が吹き抜ける。梅雨時であるが、この2泊3日は雨に合わないみたい。ラッキーである。
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夕食は久しぶりの会食で盛り上がる。夕食後は近くの山郷まで10分ほどマイクロバスで移動してホタル見学に出かける。飛んでいるホタルの淡い、しかしはっきりとした閃光は自然の豊かさを感じさせる。そしてぐっすりと眠りにつく。翌朝は朝ランののち、白雲洞、雄橋(おんばし)見学に出かける。まずは白雲洞である。鍾乳洞の洞窟の中は涼しい。めちゃくちゃ涼しい。何百万年をかけて石灰岩が水に溶け込んでできた自然のすごさに驚愕。約300mほど進むが、そのあとは未踏の地だという。どこまで続く…この洞窟である。
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続いて雄橋である。これも自然の造形物である。あまりにの迫力に写真のフィルダーに収まりきれない。自然の浸食作用のあとに陸地が隆起してできたド迫力の橋だ。
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ダムの遊覧船に乗る。このダムは「帝釈川ダム」で、できた湖は「神竜湖」という。船上で大きなトンボを見つけて捕まえた。こどもはちょっと怖いみたい。もちろんそのあとは放って自由に飛んで行った。
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観光を終えて休暇村に戻ると、もう一つの家族がやってきた。これでフル家族となった。施設内でグラウンドゴルフを楽しむ。ここでも運動センスのなさを痛感。第一打は小心でショート、第二打はホームラン…。あとは穴を行ったり来たり…。旅行と言ったらあわただしい場合が多いが、休暇村の場合はゆっくり楽しまなきゃ損だ。
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2泊3日の最後の日、広島で高速を降りて、お好み村のビルに向かう。一番並んでいたお好み焼きの店でスペシャル焼きを食べる。もう別に広島で食べなくても、十分に福岡でも本場の広島風は食べられるけどね。
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そのまま、宮島に行って厳島神社にわたる。
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これで2泊3日の旅は終わり、走行距離は850km‥…。
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# by hyocori-hyoutan | 2013-07-09 23:57 | 家族

平均122脈拍 これって楽ペース 1時間ラン

月曜日はルネは休み。仕事を終えて16時過ぎから家の周りを11km走る。心拍数を計りながらのランである。すぐに100を超えるが、そのあとは徐々にしか心拍数は上がらない。それでも走って10分経過すると120近くまで上がる。120まで上がるとキロ6分を切るスピードかな。

5km過ぎには、かもめ大橋の登り坂になる。ここで脈拍を上げようと坂道なのに腕を振って、ペースを上げて一生懸命走る。最高脈拍142を達成した。一度脈拍を上げると@130付近で一定してくる。呼吸は楽でありランニングハイ状態。

貝塚ジャンクション下に到着。48分くらいで通過。あとは新記録を目指して、ペースを少し上げる。つま先から足全体で着地、そして蹴り上げるフォーム、腕もリズミカルに振っていく。デオデオ角のゴールまであと少し…1時間1分15秒。結構いいタイム。これもフォームを変えた成果であろう。

その間の最大脈拍数は142(84%)、平均脈拍は122(72%)だった。85%以上が強度の運動負荷、70-85が中度の運動との定義である。だから全体としては余裕のあるランニングペースであった。汗の出方もやっと夏本番という感じだ。

# by hyocori-hyoutan | 2013-07-01 22:51 | 日々ランの雑感