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阿蘇カルデラ完走 何回走っても 感激は増すのみ①

どうにか完走を果たした。今までも中でもかなり苦しい100kmマラソンになった。朝3時半のスタート地点行きバスに乗り込み、おにぎり2個を食べる。夜中でもおにぎりを食べることが出来るのも、100kmマラソン前の高揚感がもたらしたもの。
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スタート地点の「南阿蘇村総合福祉センター」には毎年のように多くのランナーが集っていた。脚に腰にレース前のおまじないのように塗り薬を塗り捲る。天気は曇り空みたいで何とかなると思っていたのだが……。
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そして、これまた恒例のレース前のトイレの行列である。朝4時過ぎだから、まだ空は真っ暗、キラリと光る靴がランナーの足に彩りを添える。

さて、朝4時50分にスタート地点に並びだす。今回は無理をしない気持ちだから、後方に位置取りをする。すると、パラパラと雨が降り出した。ランナーの中には準備万端な人もいる。早速、ポシェットから雨具、ゴミ袋に穴を開けたもの、簡易雨具を取り出す。ボクも用意していたが、雨は降らないと思いゴール後の着替え袋に入れたままで荷物預かり係に渡してしまった。だから、「春雨じゃ濡れていこう」の気持ちで泰然と構える。横のオクさんは準備よく雨具を取り出していた。

スタートとなる。最初は上り坂……ゆっくりとした出足であるが、雨脚はゆっくりから徐々に早足になっていく。10キロ通過64分程度で上々の滑り出し。でも雨脚はスピードを上げて滝のような雨になる。これじゃ雨具をかぶってもずぶ濡れだ。足元の靴は水に浸かって重みを増す。どうにか気持ちが切れないのは、年に一度のお祭り100kmレースに出ているという気持ちだけだ。

清栄山の上りまでは順調なペース、順調な体感疲労度で通過する。上りはピッチピッチの傾斜ウォーキングで先行するランナーを抜いていく。頂上や霧の中である。気温が高いより雨に濡れた方がいい、と思っていたが、雨に濡れ放しだと体力は消耗するものだ。徐々に体力は失われていく。幸い25km過ぎからは雨は上がり曇り空になった。これはラッキーだった。ずぶ濡れのシューズもいつの間にか乾いて軽~いシューズになった。足は重くなってきたが……。

100km走る間に何を考えているのか……大したことは考えていない。何故こんなキツイ大会に参加したのか、来年はもう出ない、あのランナーはフォームは悪いのに何故速いのか……そんなことばかりだ。そして、レース中もゴール後も印象に残っていることはエイドステーションの「食」のことが多い。今回はいつもに増してエイドステーションにはお世話になった。20kmまではあまり給水や食事をしなくても走れるが、30km過ぎからは2.5km毎の水、5km毎のエイドなしには走れない。30km通過、40km通過……予定通りの展開である。問題は後半の粘れる脚を残しているかどうかだ。
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50.8kmの波野大休憩所に到着だ。ここでは休憩所に飛び込むと同時に、高校生ボランティアが大休憩所に預けた荷物袋を持ってくるのに、今年は現場大混乱で、自分の荷物を見つけるのに2分も費やしたのには、ちょっと残念だった……。でも食欲は元気だ。そば2杯、おにぎり2個、梅干、バナナ、スイカを次から次に口に入れる。そして手には飴玉を数個ポシェットに入れて後半に突入である。

後半すぐに豊肥線単線の踏み切りがある。それをわたってしばらく行くと保育園がある。昨年は園児の熱烈なる応援を受けながら、走ることが出来ず歩いてしまった。だから、この区間は絶対に走ろうと思っていた区間だ。今年は走れる、園児の応援に応えよう!と思っていたら今年は応援無しだった。がっかりである。でも走ることにがっかりはしない。引き続き頑張る。

さて毎年の苦しみの連続の後半だ。とりあえず走れる。もうスピードは関係ない。心を無にして走るだけだ……というものの苦しさから考えるのは愚痴が多い。それでも、このブログに完走記を書かなければいけないという使命感(?)も気持ちも支えの一つだった。

50-60kmは約100m下るから少し楽だったが、60-70kmは約200m上りになる。キツクなる。朝5時スタートして、60km地点では昼の12時になり、天気は雨から曇り、そして晴れになる。気温も25度を越えてくる。耐暑マラソンに近くなる。救いは冷たい風だけである。走っているのに頭がボーとしてくる。「これはいけない」と思いゆっくり歩いて回復を待つ。しばらく歩くと産山村役場(65km地点)のエイドステーションが見えてくる。助かった、早速、係員の人にお願いして、給水ホースから冷たい水を頭にかけてもらう。こんなに気持ちのいいとは思わなかった。生き返った。ここでは、冷たいシャワーに熱いポタージュスープを頂く。

後半に入るとトラブルが次から次に起こってくる。左足親指に異常発生。昨年も親指の爪が剥がれたが、今年も同じ状況になってきた。70kmの給水所の椅子に座りシューズを脱ぎ、靴下も脱ぐ。圧迫感を取るために脱いだ靴下はポシェットに入れて、裸足のままシューズを履く。風が通って足元が涼しくなった、親指の周りにゆとりが出来た。これで、残り30kmを乗り切ろう。

72.5km地点。昨年リタイアをして座り込んだ地点、ここでは「熊本走ろう会」の私設エイドステーションにお世話になる。公設エイドにはない「フルーツポンチ」の美味しかったこと。スプーンが添えてあったが、スプーンはほとんど使わず、そのまま口の中にフルーツポンチを流し込み元気を頂く。そのせいか今年はこの坂道もラン&ウォークで乗り切る。やっと気持ちの上で第一関門通過である。何とか完走できる希望が出てくる。フルマラソンの場合は通過予想タイムと残りの体内エネルギーでゴール予想タイムを作成できるが、100kmマラソンの場合は、70kmを越えてもまだまだ予想タイムも完走有無も予想できない。いつ脚が腰がパンクするか分からないのだから予想は立てられない。

コースの中でも一番美しい牧場の中に入って来る。80km地点通過。最後の急坂である。ここはひたすら歩く。頂上と思える所には遠くからでも給水テントが見えているが、本当の苦しさはその先のダラダラのぼりである。ここからは腕を大きく早く振る。それに連れて脚も動かすという走り方である。足は蹴らずに大腿部の筋肉だけを使って前に進む。抜いていく3人連れの若い女性50kmの部参加のランナーに声を掛けられる。

「すごいですね。さすが100kmランナーですね。やはり脚が綺麗ですね。」
「そんなことないよ。速歩で走っているように見えるだけだよ。」

でも「脚が綺麗」と言われて悪気はしない。ずっと綺麗な脚を見せてやりたいけど先を急がなければいけない。更にピッチを増して抜き去り離していく。ゴールまであと20kmだ。体の限界と弱気な心を騙し騙し前に一歩づつ進むしかない。

                       (あと続く)
by hyocori-hyoutan | 2009-06-07 20:44 | 阿蘇カルデラスーパーマラソン