ひょっこりひょうたんの日誌

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福岡国際マラソン 駅伝栄え マラソンは昔話に

福岡国際マラソンである。恒例の応援に出かけた。天気も良く応援日和、風もあまり強くなく気温も10度の大会日和である。でも日本人選手は少なく、アフリカ勢のゲべデ選手(エチオピア)等の圧勝が感じられた。日本人を招待しようにもサブ10ランナーの有資格者は少なく、若手の有望株は正月の実業団駅伝に出場するために、福岡国際には出てきていない。一時期、福岡国際の危機はあったが、出場枠の拡大や有力外人選手の出場で延命していたが、国内選手からソッポを向かれたらおしまいになってしまう。
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そんなことは、後で書くとして……17km地点(護国神社前)の先頭集団と第2集団の写真である。ともにペースメーカがリードをしている。特に右写真の第2集団は、5キロ15分を堅持しているのに第2集団である。すでに第一集団は150mくらいの前方であるいた。第2集団のペースメーカーはトヨタ九州の三津谷選手である。ロンドンマラソンの選考会には必ず出てくる日本期待の星だ。このペースーメーカーの経験が吉になることを願わずを得ない。
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先頭集団が過ぎていくと次々と集団でやってくる。上記左写真の中央付近には日本人最高9位になった下森選手(安川電機)の姿も見える。そのあとはしばらく空白の時が流れて、一般参加やBグループ出場の選手が大集団でやってくる。この大会のトップランナーを見ていると遅いように見えるが、本当は走るのに長けた俊足市民ランナーばかりである。ボクの全盛期にこのBグループがあったら、出場できたのに……いつも叶わぬ昔話をしてしまう。
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17km地点の選手が通過したら、平和台陸上競技場に急いで戻るために、城内の遊歩道を歩いていく。まだ銀杏の落葉せずに黄金色を保っていた。もちろん、道端にはそれ以上の落葉で覆われていたが、それも綺麗であった。平和台の大型スクリーンに映し出されていたのは、モグス選手のリタイア寸前の映像だった。箱根駅伝の影響は大きい、モグス選手には沿道からも大きな声援が寄せられていた。
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次は少年文化会館前の40km関門に移動する。ここが最終関門だ。地獄と極楽(通過しても地獄かもしれないが)の分岐点だ。ここはスタート後2時間37分で関門閉鎖みたいだ。早いランナーよりも遅く来るランナーの方が目が輝いているような印象を受けた。自己記録更新、来年の出場記録確保……、ただただ完走。腕を降る選手の勢いも増してくる。こっちも応援の拍手、声援もだんだん大きくなる。それぞれの思いが40km通過するランナーに胸の中にある。日本人一位の下森選手も歯を食いしばりながら通過していく。
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そして関門時間がくると、颯爽と係員が道路上に飛び出して、後続の選手を止める。それを降り切って走る選手はいない。全力を出し切って余力なし。国際大会だから未練がましいことはできない。関門閉鎖になってもプライドがルール遵守に導く。翌日の新聞を見ると、日本人1位の下森選手のタイムは2時間14分台。45年前の寺沢徹選手の優勝タイムと同じらしい。時が昔に向かって流れている。「駅伝栄えてマラソン滅ぶ」何とかいい方法はないかな。
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最後に、最高のレースとして名高い1983年(37回大会)の千鳥橋手前(38km付近)の熱き戦いの写真だ。先行するのはイカンガー(タンザニア)、それを横目で覗き相手の力を確認する瀬古利彦(SB食品)、その後は必死に食らいつこうとするサラザール(アメリカ)と宗猛(旭化成)、そのまた後の頭だけ見えるのが伊藤国光(カネボウ)だ。写真には写っていないが、その後方には宗茂も2,3m後ろに控えていた。そして競技場内では、瀬古とイカンガーのラスト100mの勝負、後方では宗茂の驚きの粘りでの3位でのゴール。ゴール後放心したように平和台陸上競技場の芝生の上で毛布にくるまった、当時世界一位の実力者のサラザール……。すべてが画になっていった。そして、ラスト100mの戦いを制して優勝した瀬古選手であったが、常に相手に先行させるレース展開が、巷でいう「せこい(瀬古い)」や「セコル」という造語も生み出した。もう一度写真を見てほしい。沿道の熱気のすごいこと。この熱気を取り戻すことが大切だ。
by hyocori-hyoutan | 2009-12-07 21:27 | スポーツに一言

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan