ひょっこりひょうたんの日誌

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もう止めた 野球の応援 自己ランに勝るものなし

昭和38年だったかな。1963年のことだ。今から47年前…。ボクは小学校6年生だった。西鉄ライオンズは奇跡の逆転優勝をした。外人の助っ人、ロイ、バーマー、ウィルソンの3人が活躍をして、オールスターまでは10ゲーム以上話されていた南海ホークースを逆転してリーグ優勝をした。

リーグ戦の最後の戦いは、今は「兵が夢のあと…」の平和台野球場だ。対戦相手は近鉄バファローズ相手、しかも日曜日のダブルへッターだ。当時のボクの住まいは福岡市東区であった。平和台までは3kmあまりの距離に過ぎない。でも小学校6年生のボクにとっては、3kmの距離は長すぎてテレビ観戦するしかなかった。近鉄との戦いは4連戦で全部勝たなければ南海に逆転することはできない。既に2勝をして、最後に迎えたのは日曜日のダブルヘッターであった。一試合目は4時半プレーボールの薄暮ナイターであった。たまたまテレビ中継をしていた。

試合は近鉄が勝ち越しをしていて、これで終わりというゲームであった。しかし。7回ぐらいに外人のロイが打った逆転スリーランで息を吹き返した。それで一試合目をものにした。勢いのついたダブルヘッターの2試合目は、そのまま稲尾と安部のリリーフで完勝をした。奇跡の逆転優勝だった。ボクは夜になった2試合目は小さなラジオを布団の中に持ち込み、小さなラジオに耳を押し当てて、優勝の瞬間を聴いていて感激をした。もちろん、小さな時からの昭和38年以前からの西鉄ライオンズファンであったが、物心ついて始めての優勝であった。

野球のファンというのは、なかなか勝手に変えることは出来ない。西鉄ライオンズから西武ライオンズに移り、そして宿命のライバルであった南海ホークスが福岡に移転してからは、福岡ダイエーホークスのファンになったのは当たり前、そしてソフトバンクにチーム名は変わっても応援、ファンの一人であった。

でも勝負事のファンを継続することは精神的にキツイものがある。ジャイアンツの名物オーナーの実力者、渡辺恒雄氏も言っていた…「この世にプロ野球がなければ一年が平穏に暮らせる。仮に優勝したとしても80勝60敗になる。80回喜んでも60回も気持ちが落ち込む。世の中にプロ野球がなければ、平穏に暮らせるのに…」ボクもそう思う。世の中に贔屓のチームがなければ平穏なのに、贔屓のチームがあれば毎日が息が詰まる日々だ。

このことを痛感した今日であった。もう止めよう!プロ野球のチームの応援は…虚しさが残るだけだ。自分で運動をして汗をかいたほうがどれだけ素晴らしいか。誰の目にも明らかである。今日はスポーツニュースも見ないつもりだったが、少し見ただけになった。もうこれ以上は見ない、見てもむなしさだけが残る、明日からは自分のランニングに熱を入れよう!
by hyocori-hyoutan | 2010-10-19 23:22 | HAWKS

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan