ひょっこりひょうたんの日誌

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贈る言葉 母へのバラード 懐かしき青春の一ページ

武田鉄也の「贈る言葉」の秘話がインターネットMSNニュースに掲載されていた…贈る言葉は失恋ソングであるとのこと。確かに歌詞を口ずさんでみれば失恋ソング、でも失恋の情感を卒業式という場を借りてオブラートに包んだように淡いメロディーが歌詞の意味するものを抽象化して、悲しさや苦しさを美しい思い出に昇華しているように感じた。

武田のコメント…別れを告げられた「その人が去っていく後ろ姿をじっと見つめた。何十年かたつと、みじめな思い出が美しい歌詞になっていました。人生とは、そういう味わい深い物語であります」というのが作詞の原点だったみたいだ。

武田とボクとは同郷であり、武田が5歳くらい上かな。だから時代背景はなんとなくわかる。モテない自分との共通点もある。愛の告白をして振られて、未練がましく立ち去る彼女を見送る。もしかして振り返ってくれたらすぐに走って行こう。そんな思いも叶わず彼女は足を速めてその場を立ち去る。そんな自分を慰めるために繰り返し頭の中で唱える。みじめな気持にならないで前を向こう。悲しむなよ、相手が幸せをつかめばいいんだから。俺には俺の道がある。幸せを掴めと贈ってやればいい。痩せ我慢だけどそんなことを考えていた自分がいた。

♪♪光と影の中 去り行くあなたへ 贈る言葉 …悲しみこらえて ほほえむよりも 涙かれるまで 泣くほうがいい 人は悲しみが 多いほど 人には優しく できるのだから~♪ さよならだけでは さびしすぎるから 愛するあなたへ 贈る言葉~♪ ♪

もう一つの武田の思い出。ボクの大学2年生頃、場末の学生相手の居酒屋、熊本上通りの「正六」でクラブのみんなと飲んでいた。そこに流れてきた歌が「母に捧げるバラード」であった。こら鉄也!なんばしょうとな、はよ、学校にいってこんか…
歌の中の語りが懐かしい「博多弁」に気持ちが揺さぶられる。そして、親元を離れて大学生活を謳歌しているように思える我が身でも将来への不安は隠し切れない。その不安さを母の言葉で語られると一層さみしくなる。もう40年前のことであるが鮮明に覚えている。

一人わびしい下宿、自分の将来と結びつかない授業、苦しさばかりで直向きさを理解できない部活、結局は自分一人で悶々としていた学生時代、そんな時代で聴いた「母に捧げるバラード」は今も忘れられない。
by hyocori-hyoutan | 2013-01-11 23:38 | わが半生記

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan