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昭和から 平成の思い出 懐かしく

昔、懐かしい江村クンから掲示板にメッセージをもらった。嬉しい気持ちになったから、江村クンのことを書いてみたくなった。

江村クンとは昭和63年(1988年)から平成元年(1989年)の間、たったの2年間の付き合いだが、中味の濃い思い出になっている。舞台は教育委員会社会体育課である。昭和から平成への激動の2年間であった。当時、ボクは35歳、江村クンは24歳くらいだったかな。立場は、職員と社会教育指導員であり、二人が中心でシティマラソンを創り上げた。

彼は、陸上の長距離選手、九州では強豪のF大学陸上競技部出身でフルマラソンも2時間20分台の記録を持つランナーであった。真面目な性格で、しゃべり始める時は必ず「自分は……です。」というしゃべり方をしていた。少し真面目すぎて不器用な生き方であったかもしれないが、それが彼の魅力であり、憎めない可愛がられる性格であった。

当時のメモ帳をみると、彼と一緒にランニングもしていたが、彼は必ず、ボクにペースを合わせてくれた。必ず半歩、後にさがってボクのペースを乱すことはなかった。ボクはボクで、半歩引いた彼が欲求不満になってはいけないと思い一生懸命走った。彼と一緒に走るときは、いつも自己新記録がでたような気がする。

そして、仕事上でも一緒に、ひとつのイベントを作り上げた。当時、無の状態からマラソンイベントを作り上げるので、ボク自身、一つひとつの仕事をこなしていくことで精一杯で、ボクの仕事を補佐してくれる彼の持っている専門性を生かしきれなかったという気持ちもあるが、彼の波長と妙にあっていた。基本的には、彼みたいな真面目な人間は大好きだった。
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そして、もう一つの思い出は、春日公園であった職場の駅伝大会……。社会体育課は「打倒!S体育館!」を目標に取り組んで行った。その時が江村クンという超エースを得てやってきた。作戦は、アンカーに江村、アンカー前にボクという布陣で後半重視型を組んだ。

【写真は翌年の駅伝大会、1区江村、2区ボクで1位通過のたすきリレー】

ボクで先頭を行くS体育館(やはりスポーツマンが一杯いた)を射程距離内に捉えて、アンカーの江村クンで逆転トップを狙う予定であった。実際は、前半の頑張りで、ボクがタスキを受ける時は射程距離内だったので、30mほど先行する1位、2位を捉え1位に躍り出た。おいしい所はボクが取ってしまった。快心のレースだった。1600mを4分57秒で走破した。

たった、2年間であったが、仕事上でキツイ事も言ったし、毎日楽しく過ごしていた訳ではない。でも、ひとつの目標に向かって本気でつきあっていたからこそ、今、本当に懐かしく会いたいと思うものである。そんな彼もY県の中学体育の先生として、今も頑張っている。いつまでもお互いにパワーをもらえる間柄でいたいもんだ。
by hyocori-hyoutan | 2007-06-15 23:11