ひょっこりひょうたんの日誌

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2007年 03月 03日 ( 1 )

ランナーのゴールは健康でない。最大限の結果を生むのに必要なフィットネスこそが目標だ。
(ジョージ・シーハン)

まず「ジョージ・シーハン」という名前は、ボクの記憶にあるが、名前だけでどんな人かは記憶していない。だから、googleで検索で調べてみると、ジョージ・シーハンは医学博士で、フィットネスムーブメントの推進役として尊敬を集め,『ランニング人間学』『ランニング実践学』などの著書がある人だ。存命なら89歳である。多分、今も愛読している月刊誌「ランナーズ」で知っていた名前であり記憶の片隅に残っていた名前である。

その人の名言が、「ランナーのゴールは健康でない」である。「ランナーのゴールはタイムでない」と言っていたら納得であるが、「ゴールが健康でない」と言われたら戸惑ってしまう。

ここで、「健康」という言葉について語らねばいけない。この名言は、1987年以前の名言であり、当時の時代背景で言葉の意味を考えなければいけない。多分、私見に過ぎないが、「健康」は「病気」の反対語に過ぎなく、病気ではなく健やかに暮らしているという意味程度であったのだろう。だから、標記の名言は、「ランナーは健やかに暮らしているだけではいけない」と言う意味かな。

後段の「最大限の結果を生むのに必要なフィットネスこそが目標だ。」で言っている。「フィットネス」は「目的を持った健康づくり」あるいは「より豊かな生活を楽しむための基礎体力の養成」と言っていいのかな。つまり、「健康」は健やかな状態であり、「フィットネス」は健康づくりのための努力を継続している進行形かな。

この違いが考えながら今晩も走った。単なる健康を獲得するだけでなく、心も体もより充実した生活を送るためにフィットネスが必要のなってきたのだろう。今は、走ることを通して人生の生き甲斐を感じることが必要になったのだろう。
by hyocori-hyoutan | 2007-03-03 00:03 | マラソン名言

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


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