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荒川市民マラソンに出場したのは、今年の3月18日だった。あれから、もう3ヶ月以上も過ぎてしまった。寒く風の吹き荒れる一日だったが、もう遠い昔のことのように思われる。大会前日に受付に行き出展ブースを見学する。モデルチェンジになったシューズやウェアを物色して買いだめをする。するとランナーズのブースの中に夜久弘さんを見つけた。昔、ランナーズの本を隅から隅まで読んでいた時に、よく寄稿されていたスポーツライターだ。早速、近くによってお話をさせてもらい、積み上げられた夜久弘さんの執筆の本を一冊購入する。
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「福岡から来ました。夫婦でマラソンに参加します」
「そうですか。福岡にも時々行きますよ。最近はウルトラマラソンの仲間と天神近くの居酒屋”二升瓶”で痛飲しましたよ。」
「夜久さんのホームページも見させてもらっています。サロマには毎年参加されておられるのですね。」
「そうですよ。ホームページを見ているなら是非書き込みをしてくださいよ。」
「わかりました……ありがとうございます。」

表紙の裏にボクの名前とサイン、そして格言を書いてもらった。
”レースは努力の晴れ舞台” ……なかなかいい言葉だ。感心しながら本を受取り、お礼を言って立ち去ろうとした。すると、夜久さんから声を掛けられた。
「ゴメンなさい。本の代金をもらっていないかな……」
あわてて……
「すいません、払ってません。すいません」
といって急いで代金を払い、会釈してその場を立ち去った。
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そして家に戻り、その著書「ラブリーロード」を読み終えた。遅くなったが、その本の中から、印象に残った文章を下記の通り引用させていただいた。そしてその感想も少し書かせていただきボクの心の中の記憶にとどめておきたい。

ぼくが一日も休まずジョギングに出掛けていたのは、性格が変わったせいではなかった。意志薄弱な人間がある日突然、意志強固な人間に変るはずがなかった。ぼくは意志の弱さを自覚しているからこそ毎日走りに出掛けるのだ。意志の強靭なひとなら適当に休みを入れてもどうということはないだろう。けれでも自分のように意志の弱い人間は、一度休んでしまうとズルズルと休み始め、やがてなしくずしに走らなくなってしまうのは目にみえていた。休まないのではなく、休めなかったのだ。

全く同感、ランニングを休むと日々が過ぎ去るのが早いこと限りなし。あっという間に一週間、二週間が過ぎ去る。そして、あれだけ几帳面に築きあげたランニングライフが消えてなくなる。そして、また一からそのランニングライフを築き上げるのは、大きなエネルギーが必要になり面倒なものである。だから、ランニングは、夜久さんが言うように「意志が弱い」ことと、「面倒くさがりや」の性格が継続の力になっていると思う。

37年間を生きてきて、”一生懸命”ということばを何度口にしたかわからなかった。だが、一生懸命を実感したことはほとんどなかった。ぼくの”一生懸命”は方便と自己欺瞞のためのことばだった。「一生懸命やる」とは、とらえどころのないイメージのなかに逃避することだった。
そんなぼくが、走っているときは、紛れもなく一生懸命だった。ペースダウンをすれば苦しさから解放されるとわかっていても歯をくいしばって耐えている自分がいる、走れば、確実にそんな自分に会えるのが楽しかった。実人生では味わえない快感があったのだ。


当時、この本の原著を書いた夜久氏は37歳であった。ボクも37歳のころは、走ることが楽しくてたまらない年齢であった。ボクも一生懸命に走っていた、頑張っていた。その時の写真は輝いている。だから、マラソン大会の時の写真は苦しさに悶えていても美しい。写真館で撮った写真よりも、悶えている自分の写真が好きだ。ランナーはみんな同じと思う、だからマラソン大会に出張する写真屋さんは大もうけだ。そして、マラソンを人生にたとえる人は多い。「マラソンは人生みたいなもの……山あり谷あり、でも諦めなければ必ずゴールが来る」と言われる。ボクもそれは真実だと思う。しかし人生と同じじゃ面白くも何もない。人生を越える快感……それがマラソン、ランニングにはある。同感だ。生きるためと割り切れば人生は欲望と打算……。マラソンは趣味、生き甲斐と考えれば、純粋と共感だ。社会の中の役職も資産も関係なく、ランナー仲間はランナーという共通項だけで仲良く気持ちを共有できる。
by hyocori-hyoutan | 2007-06-26 23:58 | 読書