ひょっこりひょうたんの日誌

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2007年 07月 14日 ( 1 )

出ました」と「出しました」の違いが大きく新聞に取り上げられた。もちろん、メジャーリーグオールスターでのイチロー選手のコメントだった。インタビュアーが「ヒットが3本出ましたね」と言うと、即座に「出ましたじゃないです。出しましたですよ。大きな違いがありますよ」と応えた。

偶然とか出会い頭でヒットが出たら「出ました」で、相手のピッチャーの投球を考えてコースの狙い撃ちで予想とおりであれば「出しました」になる。「出ました」が他力本願ならば「出しました」は自力本願と言うところであろう。テレビのコメンテーターもべた誉めで「さすがイチロー!イチローの言葉には求道者だけが持っている哲学を感じますね」ってなことを言っていた。

でも、この言葉を協栄ジムの亀田コウキがしゃべったとしよう。インタビューアー「すごいKOパンチが出ましたね」、すると亀田コウキが「たまたまみたいにパンチが出ました じゃないちゃう!俺はKOしてやろうと思って出したパンチだぜ」そんなことを亀田コウキが言ったら、多くの人は「やっぱし、鼻柱の高い奴だ。しょうがない奴だ」と思うだろう。ボクも一番最初に思うだろう。

やはり、言葉には、その人の生きざまが反映をするものである。使う人が異なれば、全く逆の意味や評価になってしまうものだ。だから言葉は面白い。面白いと思う人は言葉を大切にする。言葉に深い意味を考えない人は、短絡的なことば、私的感情を吐き出す言葉しか使えない。そう考えると、先ほどの亀田コウキには、「出ました」と「出しました」の違いを述べる会話はないだろう。

じゃ、ボクにあてはめると……
「調子が良かったですね。最高のマラソン記録が出ましたね
「出ましたじゃないよ。予定通りの記録を計算通りに出しましたですよ
と言ったら周りはどんな評価するかな……
by hyocori-hyoutan | 2007-07-14 23:28 | 生活の知恵と愚痴

マラソン雑学は一流、記録は二流、そしてランニングフォームは自己流の三流、しかし、マラソンと人生を結びつける哲学は特級です。飲む時は年を忘れて、酒なら何でも来い!飲んだ分だけ走らゃいいと思っています。


by hyocori-hyoutan