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小室直樹著「国民のための戦争と平和」を読んだ。昭和56年発行(1981年)発行の本で、今から37年前の本であるが、日本を取り巻く諸情勢や国際情勢の分析に古さは全く感じない。以下、僕自身の備忘録的に書き込んでみる。
・平和を愛した結果が第二次世界大戦になった…ヒットラーの小さな侵略も第一世界大戦後の平和主義(もう戦争を起こしたくない)に陥ったイギリス、フランスがドイツの侵略に対抗する手段を躊躇した。
・平和主義者は念仏主義者か…台風の上陸を防ぐことはできないが、来るな来るなと唱える人も多い。平和主義者は戦争をするなするな唱えていれば平和な状態が続くと思っているのか。台風は自然の産物であり、平和は人間が作りだすもの、だから人間は努力しなければいけない、念仏を唱えていても平和は潰される。
・戦争と喧嘩は違う…喧嘩は動物でも行う。戦争を行うのは人間だけ。戦争の目的は相手を殺すことではなく、お互いのもめ事、紛争を自分の有利なように解決する手段である。だから、この紛争の原因が解決するために戦争以外のものを見つけなければならない。ただ、まだ戦争を超える解決方法が見つかっていない。戦争の火種を棚上げ、じっと我慢しているに過ぎない。
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・国連は150の主権国家の集まりにしか過ぎない…今の世界で法体系や社会規範を取りまとめているのは主権国家であり、国連は主権国家を罰する等の権限はなく、上部組織にはなっていない。
・国連の常任理事国(安全保障理事会)の拒否権をなくせば国連は良い組織になるのか?いや違う…拒否権を取り上げて多数決で国連決議ができるのか、実態を伴うのか?多数決で決められるほど国家間の争いは単純でない。拒否権がなくしても主権国家(150か国)の全員の賛成がなければ結果として執行されない。つまり、5か国の拒否権を取り上げたら加盟国150国に拒否権を与えるようなもの。国の利害を代表している今の国連では無理。
・日本人は国連を自然界のものと考えている。だから無条件に従いがち…国連の構成は主権国家であり日本も一票持ってるのであり、権利を発言すべき。
・この世には正義が150ある。主権国家ごとに利権、国土、文化がことなる、だから正義の名のもとに争いが生じる…正義を上にある規範はまだ見つかっていないが、それを見つける努力は必要である。

by hyocori-hyoutan | 2018-12-21 23:19 | 読書

「日本国民に告ぐ」を読み終えた。難しい箇所もあったが、うんうんと頷く箇所も多数あり。戦後のGHQによるWGIP(戦争の責任が日本にある罪悪感を日本人の心の中に植え付けるプログラム)War Guilt Information Programがもたらした弊害が、今日の日本に深く残っている。特にマスメディア(特に新聞)の責任は大きい。戦前は言論統制下であっても戦争遂行の気運を盛り上げ、戦後は上記のWGIPのルールに従い、戦争の責任を日本軍国主義の言葉に集約して世論をまとめた。
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この本は、マスメディアがなぜそうなったのか分析をしている。戦後の日本を覆った無秩序、無規範状態での日本人の全てを受け入れる弱さ、良し悪しの吟味なく過去の行動を繰り返す伝統主義などを素因にしている。また、印象的なことは、マッカーサーが戦後の秩序崩壊の推進役として共産主義者に寛容な姿勢を示し、当時の知識層に深く共産主義が浸透をしていた。しかし共産主義が思ったより浸透しなかったので、その流れが人材がそのまま、WGIPの推進役、反日精神としてメディアの中の中枢部を築いてしまったことを原因としている。
もう一つ、挙証責任についての考えが曖昧な日本人についても述べている。争いが生じたときに、裁判で言えば原告、被告のどちらに挙証責任があるのか。相手を責める一方であればダメ、誰が証明する責任があるのか。言葉を強く言えば相手に挙証を押し付けられるのかどうか…。なんでも阿吽の呼吸で曖昧にしてしまってはいけない。考えさせられることがテンコ盛りの本だった。



by hyocori-hyoutan | 2018-12-20 10:20 | 読書

森喜朗著「遺書」-東京五輪への覚悟-を読んだ。無給で献身的にオリンピックに向けて、組織委員会会長として尽力している森喜朗氏の自伝兼オリンピック活動の暴露本である。第一に著者が取り上げたのは、化けの皮がはがれた小池百合子東京都知事への痛烈な批判である。当時のマスメディアの小池氏へのヨイショぶりは僕も感じていたし、攻める相手をターゲットにした悪魔のレッテル化はおかしかった。もう忘れかけているけど「希望の党」のプロモーションビデオのイメージ戦略は、ずっこけたから今見ても面白い。そしてもう少しで総理大臣の椅子を狙う自信家であったが、「排除」の言葉で奈落の底に落ちた。馬鹿なジャーナリストtorigoeのオンゴールにも助けられたけど。
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話は戻して、森さんは、IOCや国際競技団体との協議を重ねた上の施設決定などを進めてきたが、小池さんんの過去の経緯を無視して、自分がお山の大将で変革しようとしたこと全てが暗礁に乗り上げ、元の鞘に収まったが、言い訳をして素直に謝らない小池さんの非難が掲載されている。
この本を通して、マスコミでは悪いイメージでしか語られない森さんが実は、包容力と政治家の信念を持ち合わせていることを初めて知った。がんと闘いながら組織委員会会長として、残りの命を東京オリンピック開催に捧げている森さんに最敬礼である。


by hyocori-hyoutan | 2018-12-14 00:29 | 読書

「数学を使わない数学の講義」小室直樹著を図書館から借りて読んだ。数学書というより、数学からみた社会、政治、国際的に行動規範みたいなことを書いてあった。日本が諸外国と違う行動をするのは何故か。ただし日本の行動を非難するのではなく、その分析に鋭さがある。総合雑誌の書籍コーナーに「小室直樹」さんの紹介があった、もうすでに小室さんは他界されているし、本著を18年前の著作であるが、全然色あせていない。
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一つ紹介…
「存在問題」というものがある。「存在しないものに関しては何を言っても正しい」という数学的論理がある。だから議論する前に、そのものが存在するかどうかが大きな問題だ。例えば、「僕の妹は美人だ。今度紹介するね」と言った。そう言われた知人は楽しみにしていた。ところが、後日その妹は存在していないことが分かった。知人は怒った。これは、嘘をついたが、数学的論理から正しいということになる。存在しないものに対して何を言っても正しいのだから。でたらめでも論理の非を指摘できない。同じように、「真の社会主義」について議論しても、「真の社会主義」というものは存在していない。だから、どんなに「真の社会主義」に向けて素晴らしい論を張っても正しいことになる。逆に「真の社会主義」に向けて非の論を張っても正しいことになる。実りのない議論になる。論理を、存在を、定義を明確にしてからでないと実りがないということか。
国会でも不毛な議論が何となくわかってきた。お互いに言いたい放題であり、何を言っても正しい、あるいは悪い状態だ。議論ができない。モリカケ問題などは存在しない、客観的な証拠もない状態での追及では解決するわけがない。
唯一、共通項は「日本の未来を良くする」を「存在」として定義すれば議論できるかもしれないが、やはり無理か。日本の将来の青写真がバラバラだものね。

by hyocori-hyoutan | 2018-12-12 23:27 | 読書

上沼恵美子のM-1での事件では、「相手方の謝罪なんかしなくていい、全く興味ありません、説教をする愛がありません」と門前払いをした。真面に争う相手ではないから喧嘩もしない、芸人の世界に身を置いていたのは同じでも、格が違うしこれまでの交流もなかったから妥当な判断かなという気がした。
それと同じではないが、元貴乃花が「暴力を働いた貴ノ岩の電話には出なかった、今後10年くらいは合わない、苦労をしたほうがいい」という発言には違和感を感じた。モンゴルから親がいない少年を弟子入りし相撲界で育ててきたのだからこそ、相撲界の在籍の有無にかかわらず、貴ノ岩のことを気に掛けるのが元貴乃花の仕事じゃないかと思う。だって日本での親代わりであるから。だからこそ日馬富士の件では相撲協会と争い、そして自分(元貴乃花)は退職という形になった。起因したのが貴ノ岩だったかもしれないが、部屋の解散という形で貴ノ岩にも迷惑をかけた。相撲協会から身を離れた今だからこそ、引退後の貴ノ岩の相談に乗るべきだと思う。説教をする愛が今こそ発揮しなければならない。実の親のように突き放すのは良くない。今のままだと、10年後の貴ノ岩が社会人として見事復活していたら貴ノ岩は元貴乃花に合う必要もない。10年後の貴ノ岩が不遇な環境なっていたら、その時は元貴乃花は、今以上に何もできないだろう。所詮血のつながっていない親方-弟子の関係ならば、お互いに相撲界を離れた今こそ契りを結ばなければいけない。ここで突き放せば、一連の事件は己のパーフォーマンスに過ぎなかったと思われる。

by hyocori-hyoutan | 2018-12-11 10:54 | 世相を斬る

家のそばの国道3号線沿いにベルコ会館(葬祭場)の内覧会に行ってきた。オープンして2か月目かな。この年齢になれば万が一に備えての準備が必要だ。ある意味では、終活の第一歩は、葬儀場を事前に決めておくことだろう。
会館内にはセレモニーホールは3つ。そのうちの一つは家族葬用であった。家族葬には通夜の時に使用する宿泊施設も充実していた。模擬葬儀のあとに会場案内、そして個別相談と続いた。一口2000円で10年積み立てて24万円の祭壇が一番安い。生花を一杯取り入れるなら二口で48万円…。これまで漠然の葬儀代で200万、300万円と考えていたが具体的な話を聞けて良かった。
いざとなって、葬祭場に駆け込んでも値段がわからないし相手の言いなりになるかもしれない。事前に葬儀レベルなどを決めておくことも子どもたちに迷惑を掛けない第一歩であろう。積立会員となって少し気が楽になった。

by hyocori-hyoutan | 2018-12-10 23:46 | 我が半生記

日帰りで熊本に行ってきた。往復割引バスで3700円。月2ペースでの熊本行きだ。大学時代は熊本で過ごした。部活は応援団に入部、卒業して40年以上経っているが、まだ付き合いがある。OB会の事務局、特に広報をずっと担当をしている。
だから現役とのコミュニケーションも取っている。この応援団も、平成の初めの頃に8年ほど団員ゼロで休部状態が続いた。それ以後も数人での運営で最近は1人状態だった。
そのため、昔からの応援団演武は引き継がれず休眠状態だった。でも、今年(2018年度)の4月に部員が3人入部して4人体制になった。
やっと応援団演武(昔から引き継いだもの…)を伝達する機会が生まれた。毎回5人ほどのOBが、熊本大学のグラウンド(武夫原)に集合して大声をだしている。全部で16演目ほどあるが、まだ8演目くらいしか伝達していない。何とか来年3月にはすべてを伝達したい。
昔々に汗を流したグラウンドで、若き現役(年齢差40以上)と一緒に大声を出すのは、最高に気持ちが良い。長い星霜を経ての素晴らしい経験をしている。ところで、現役4人のうち3人が女子である。長い星霜の中で大学生の考え、男女の考えも間違いなく大きく変わってきている。


by hyocori-hyoutan | 2018-12-09 00:05 | 我が半生記

少し前ですが、12/2日曜日に天神の東宝シネマズで桑田佳祐の一人紅白のライブビューイングを奥さんと二人で見に行った。3500円であったが、その価値は十分にあり。桑田佳祐の日本の歌謡曲、和製ホップなどへの造詣が深いことに感激した。ジャンルが違う歌を55曲も歌い上げた。それも全部桑田節にして、でも原曲の良さも残して。美空ひばりに「愛燦燦」は特におおとりとして素晴らしい出来栄え、個人的にはテレサテンの「つぐない」も聞かせてくれた。
途中、桑田が書き留めたメッセージも流れた。日本の歌が世相とともに、しかも常に国民の支援を得ながら歩んできた。その表現者としての自分は今後も歩き続けるだろうというメッセージであった。誰もがなかなか表せないこと、それも第一線で40年引っ張るサザン(桑田)が言うのだから説得力がある。
ネット上でも、桑田のステージを称えるコメントがあふれていた。通常のサザンコンサートとは違う何かがあった。多分、桑田の音楽に取り組む原点が見えた気がした。

by hyocori-hyoutan | 2018-12-08 00:43 | movie

毎月、PC21という月刊パソコン雑誌を愛読している。今日も午前中に読んでいるとスマホとPCを連動するために「マイクロソフトランチャー」をスマホのホーム画面にしてください…とのこと。素直に作業していたら、スマホの画面が一変した。当たり前のことですが、僕はdocomo Live UXをホーム画面にしていたから一変したのです。皆さんも使い慣れたスマホのホーム画面が見慣れないものになれば慌てますね。結局もとに戻すのにスマホとネット検索で1時間も費やしてしまった。
結局、スポーツクラブには12時に出かけて、帰宅は16時…いつもと同じになった。

by hyocori-hyoutan | 2018-12-06 22:42 | HP&ブログ

1年半ぶりの投稿。HPページ管理費は毎月納めていたが、記事の投稿はご無沙汰でした。やはり、走りを止めてからは書くこともなく何となく遠のいてしまった。
生活で言えば、2018年4月から完全フリーの生活に入った。つまり年金生活という訳…。日々スポーツクラブで汗をかき、パソコンのスキル向上の本を読む。
それ以外では、市民図書館からネットでオーダーした本(つまり貸本…無料)を読み漁っている。
それで一日が過ぎていく。やはり結構な身分である。せっかく再開したブログだし、出来るだけ継続的に投稿していきます。
よろしく、と言っても長きにわたるブランク…誰も立ち寄っていないだろうけど。

by hyocori-hyoutan | 2018-12-06 00:14 | ああ無常